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#66 ある名もない旅人達の物語4





◆◇◆◇◆





 緑が生い茂り木々が日差しを遮る森の中、一台の馬車がゆっくりと歩みを進めていた。その馬車は何やら騒がしく、森に住む小動物達は小首を傾げてそれを見送る。

 御者台に座る青年は我関せずと涼しい笑みを浮かべ、馬車を引く馬に何やら話し掛けている様だ。



「うーん、平和だねぇ。こういう旅路が好ましいと僕は思う訳なんだけど、君はどうかな?」


「ヴルルルッ」


「うん? 少し煩いって? これも一つの楽しみじゃないか。静かで会話もない旅路より、騒がしくて賑やかな方が余程いいものだよ」


「ちょっ、リードさんっ!? 現実から目を背けず、早く助けて下さいよっ!? どうしてお馬さんと会話が成立しているのですかっ!」


「あははっ、ごめんねマリーちゃん。僕は今、手綱を握るという大役がだね」


「薄情者っ!? リードさんは薄情者ですっ······ひゃあっ!?」



 幌の付いた荷車から御者台へとひょっこりと顔を出していたマリーの頭がふっ、と再び荷車へと消え去る。そして、再びああでもないという女性の声が荷車より響き渡る。



「うん。平和だなぁ」



 御者台へと座り手綱を握る青年、リードはとてもいい笑顔で空を仰ぎ見て一人呟く。



「ちょっ、いい話風に終わらせようとしないで下さいよっ!? た、助け」


「さぁ、マリーさん次は此方の服を試着してみて下さい。私は此方の方がマリーさんの神聖な雰囲気に合うと確信を持っていますのです」


「なーに言ってんのよ。それは完全にあんたの趣味でしょうが、私の選んだこっちの服のが動き安いし機能的なの。さ、マリーちゃん、こっちに着替えましょうねー」


「リードさぁぁぁん、助けっ」


「······うん、平和だねぇ。君もそう思わないかい?」


「ヴルルッ」



 馬車を引く馬に何やら言われた気がしたが、後ろの騒ぎ同様聞こえないふりをして手綱を握るリード。


 事の始まりは少し前へと遡り、朝と昼の真ん中程の刻の出来事だった······。



「マリーちゃん、この木の実も食べてみなさい。甘くて美味しいわよ?」


「はいっ! ······んんー、程よく酸味が効いていてとっても甘いですっ!」


「でしょ? この辺の森にはよく生っているのよねー。丁度時期だから美味しいわよー」


「貴女は昔からよく鼻が効きますね。流石は野生児です」


「有り難う。でも、そのお陰で戦後の私達の国は食糧難を乗り切ったのよ? 食べられる木の実や動物達を毎日適度に獲ってさ。結構頑張ってたんだから私だって。文句あるなら食べなくていいわよ?」



 それとこれとは話は別。と言いつつ、リエメルもまた上品に森の恵みを堪能している。リエメルとエミリーに挟まれる様に座るマリーは、小動物の様に木の実や果実をちまちまと忙しく口に運んでいたが、エミリーの話を聞いてその輝く眼差しを向ける。



「紅蓮の拳姫亭っ! ですよねっ!?」


「あら、よく知ってるわねーマリーちゃん。そう、リードが建国してから私が最初に取り組んだ食糧難を救済する政策の一環でね? 自分で言うのも何だけど、結構人気あったのよ」


「結構どころではありませんよっ! 今でもしっかりと残っていますよっ、エミリーさんのあのお店!」


「え、嘘っ。あれから何百年も経ってるのにまだ残ってるのっ?」


「はいっ! あ、けど私は行けませんでしたけど······」



 そこでマリーはリードの背中へと無言の念を送る。すると、何かを察したリードはもそもそと身を捩りいい天気だと呟いている。


 そこに、決して出してはいけない話題をリエメルがぽつりと呟いた。



「貴女のお店は現世に於いても大繁盛ですよ。味も《名前》も当時のままです。良かったですね、エミリー」


「へぇー、何だか嬉し······ん? 名前? 名前って何、ひょっとしてなんだけど」


「ええ、当時のままですよ。ご丁寧にしっかりと《姫》では無く《鬼》に丸を付けたあのままです」


「んな······、何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


「ひゃああっ!? お、おち、落ち着いて下さいエミリーさぁん! ······あっ」



 看板の話に激昂したエミリーは勢いよく立ち上がり、リエメルを睨み付ける。そして、その反動で自身の膝の上に置いていた果実や木の実が宙を舞い、隣に座るマリーの衣服を染めてしまう。


 その事実にマリーは少し残念そうな顔を浮かべ、エミリーは先程までの怒りは消え失せおろおろとし始める。



「あっ、ご、ごめんねマリーちゃん? 違うの、これはそのー」


「何をしているのですかエミリー。過ちを直ぐに謝罪出来ない人間ほど、情けなく見苦しいものはありませんね全く。マリーさん大丈夫ですよ、私にお任せを。さ、お早くお脱ぎになって下さい」


「え、あ、はいっ」


「ちょい待ち! リード、こっち見るの禁止っ! 幌下ろすから何かあったら直ぐ言って、メルはそっちの幌下ろして」


「見ないってば。だから言っただろう、僕にとっては娘や孫達に近い存在だって。覗いても僕には何の利益も無いじゃないか。あ、マリーちゃんの着替えはその大きな荷物袋に入っているからね。途中で立ち寄った町でも買ってあるから」


「分かったわ。兎に角、あんたは馬と戯れてなさいっ」


「元はと言えばエミリーのせいじゃ······いや、何でもないよ」



 リードは決して振り向かず気配のみを察して言い淀む。その直ぐ後に幌が降りる布擦れの音が聞こえ安堵の溜め息を漏らした。そして、その閉じられた荷車の中から何やら賑やかな声が上がり始める。



「直ぐに汚れを浮かせてやれば染みにはなりませんよ。······水よ」


「わぁぁ、凄いですっ。みるみる染みが落ちていきます」


「うっ、ごめんねマリーちゃん。取り合えずこの中から適当に······って、何よこれ。こんなに沢山マリーちゃんの服があるの? あ、ふぅーん? なぁんだ、リードも何だかんだ言いつつも、マリーちゃんをしっかりと可愛がっているのねぇー?」


「え、どうかしましたかエミリーさん?」


「ううん、何でも無いわよー? おお、これはマリーちゃんに似合いそう。あ、こっちも中々。流石はリード、いい仕事するわね」


「はい、この通り綺麗になりましたよ。後は······エミリー? 貴女の責任なのですから、せめて服を乾かす程度の仕事位はしなさいな。一体何をしているのですか?」



 染みのすっかり落ちた衣服を見て、マリーは瞳を輝かせつつ、二人はそこで未だ荷物をごそごそと漁るエミリーに視線を移す。



「ほーほー、これも中々······ねぇマリーちゃん? ちょっとこの服を着てみてくれる?」


「え? あ、はい。分かりました」


「貴女は先程から何を······ああ、マリーさんの衣服ですか。リードちゃんが色々と買い揃えていた様ですが······成る程、こういうセンスは悪くはありません。後で褒めて上げましょうか」


「あのー、こんな感じでいいのですかね? こういう服は普段着たことが無くて」


「······いい、いいわマリーちゃん! 良く似合ってるじゃない! よぉし。んじゃ、次はこの服を」


「待ちなさい、その前に此方の方が先です。さ、マリーさん。此方に着替えて下さい」


「え、あの、今着たばかりで」


「さぁ、お早く。お手伝いは必要ですか?」


「い、いいえ! 一人で大丈夫······って、大丈夫って言いましたよねっ!? 待って下さいぃぃ!」



 そうして着せ替え人形宜しく、マリーは次々とリエメルとエミリーの手により試着されて今に至る。

 そんな後ろの騒動をききながら、それらの衣服をついつい買い過ぎた張本人であるリードは涼しげな笑顔を浮かべて小さく呟く。



「ああ、本当に平和だなぁ」



 行く先々の立ち寄る町で、ついついマリーへの贈り物として買い過ぎた事は棚に上げ、リードは優しく吹き抜ける風と森の香りに包まれて、とても充実した晴れやかな笑顔を浮かべ手綱を握る。


 そんな騒がしくて平和な馬車は、緑の豊富な森の中をゆっくりと進んで行くのであった······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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