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#65 ある名もない旅人達の物語3





 湯槽に浸かり旅の疲れを癒す三人。

 夜空を見上げて瞳を輝かせるマリー。そのマリーを自身の膝の上で抱き抱えるエミリー。ゆったりと湯を堪能するリエメル。そのリエメルへとエミリーは疑問を投げ掛ける。



「ねぇ、その《原初の森》ってのは何処にあるのよ? あんたが親交深いって言う位だし、東の国の何処かなの?」


「ええ、その通りです。《聖地》と呼ばれる場所《原初の森》。我々亜人種達が統治し、管理をしている《楽園》とも呼ばれる場所です」


「ふーん。じゃあ、元々の目的地の《魔法都市グラメル》と同じ方向ね。良いじゃない、手間が無くて。けどさ、あの森ってば確か······」


「はい、その懸念の通りです。普段は我々限られた亜人達しか立ち入る事の許されない神聖なる場所。しかし、先日死神様が言われた様に、恐らくは話は通っている筈です。まぁ、通っていなくとも私が共にいる限り全く問題は無いと断言出来ますが」


「そりゃそうか。あんた確かその《聖地》で崇められてるんでしょ? なら何の問題も無さそうね」



 ゆったりと湯槽へと浸かり一時の安息を満喫する中、次なる目的地の話をするエミリーとリエメル。そんな中、未だエミリーの腕の中で二人の会話を興味深そうに聞き入るマリー。

 その視線に気付き、リエメルは笑顔で手招きをしてマリーを招き入れた。



「さ、その綺麗な髪を洗いましょうか。私にお任せ下さい」


「ありがとうございます。何と言うか、お二人のお話はお伽噺の後日談の様に聞こえてとてもわくわくしますね」


「あら、その中心にいるのはあなたじゃない。マリーちゃんが主役よ?」


「そうですよ、マリーさん。今の私達の中心に居るのは間違いなく貴女です。これは貴女の物語なのですよ?」


「私の······? そ、そんな大それた物ではない様な」


「なーに言ってるのよ。充分大それた事じゃない。神様から選ばれてる時点で既に大それた事よ? 大体、あの時の私達だって最初から世界を救う様な冒険をするなんて思ってもみなかったわよ。ねぇ?」


「ふふっ、懐かしいですね。行く先々で魔物を倒しながら旅を続けていたら、いつの間にか救世の旅人などと呼ばれていたのですよね。それからは本当に色々と大忙しで······本当に色々ありましたね」


「そうね。何だかんだで大騒ぎで、それでも毎日が楽しくて。沢山の人と出会って別れて、色んなものを見て聞いて······。本当に沢山の思い出が詰まった日々だったわね」


「何と言うか、本当に凄いです。私が憧れて夢見た物語に立ち会っている様な、そんな夢の世界に居る様な感覚です」



 二人の英雄が昔を懐かしみ物思いにふけるその様を、それ自体がまるでお伽噺の一頁の様に見えて感激するマリー。

 その瞳はきらきらと輝き、憧れと尊敬の念を抱き二人を見詰めていた。その憧れの人物に自身の髪を丁寧に洗われている事をすっかりと忘れたままに。



「でも、私達の物語は既に終わったのよマリーちゃん。これは間違いなくあなたの物語、あなたが紡ぐ物語なのよ? それも、私達の物語よりも更に凄いとびきりの物語」


「ええ、その通りです。私の長く退屈な人生に於いて、再びこの様な旅路に就ける事を幸せに思います。恐らく、これも主神様の御導きというものなのでしょうね」


「そんな、此方こそありがとうございます。私一人では何も出来ず何も分からないままでした。それに、こんな大事になるなんて思ってもみませんでしたし」


「そんなものよ。いつ、何処で、何が起きるかなんて誰にも分からないんだから。だからこそ、その瞬間を大切にしなきゃね? えいっ」


「ひゃぁ!? くす、くすぐったいですっ! ちょっ、エミリーさぁん!」


「んふふ、マリーちゃんは少ーし背伸びし過ぎなのよ。もっと肩の力を抜きなさい、そんなんじゃすぐ皺が増えるわよー?」


「皺っ!? だ、大丈夫ですぅ! だって、私はもう死んでいるのですよっ!? 増えません!」


「じゃあもう成長しないのかしら? ずっと小さなまま? いいわねそれ! ずっとこのままでいてね、マリーちゃん」


「エミリー、ついでなのでマリーさんの御身体を洗って差し上げなさいな。私はこの金糸の様に美しい髪を洗うのに手一杯なので」


「りょーかい。んふふ、覚悟しなさいマリーちゃん? お姉さんが綺麗にしてあげるからー」


「顔が、顔が恐いですエミリーさぁん! リエメルさん助け、助けて下さい······ひゃぁぁぁぁっ!?」



 リエメルの豊満な胸に埋まり二人に良いようにされるマリーは、本当に久し振りに心の底から笑っているという事にふと気付く。

 これ程に楽しくて幸せな時間が少しでも長く続けばいいと満天の星空の元に願い、優しい母の様であり頼もしい姉の様な二人の温もりに触れて笑う。そして、自身の心も満たされていく事を実感し涙が溢れる。

 その涙は湯槽に紛れて隠れ、今はただただその二人の温もりに目一杯甘えるのであった······。





◆◇◆◇◆





「あーっ、満喫したわぁ。留守番ありがと、リード」


「お帰り。あれ、マリーちゃんは眠っちゃったの?」


「このまま眠らせてあげましょう。最近は特に張り詰めていた様ですし。少しでも休ませてあげませんと、この小さな身体が保ちません」


「そうだね。もう寝床の準備は出来ているよ、寝かせてあげようか」


「いい仕事です。褒めてあげましょう」



 寝息をたてるマリーを起こさぬ様に、リエメルは静かにその小さく軽い身体を寝かせてそっと毛布を掛ける。その寝顔を見て、愛おし気に髪を撫でて小さく微笑む。



「こうして居ると、本当に年頃の少女に見えますね」


「そうね。その年で既に人生を終えているだなんてね。もしも大人になっていたら、間違いなく絶世の美人になっていたでしょうね」


「そうだね。でも······」


「ええ、そうは成らなかった。もし、マリーさんが再び人としての命を取り戻す事が出来るのならば、私のこの無駄に長い命を差し上げても何ら惜しくは無いのですが」


「そうも出来ない。だからこそ命は輝きを放つんだよ。有限だからこそ夢を抱き、有限だからこそ必死になる事が出来るんだ」


「だからこそ、人とは美しく残酷な生き物なのです。必死になればなる程に、様々なものを失い見失う。それら全ては失った時に気付き、後悔し打ち拉しがれる」


「だからこその私達、でしょ? 確かにマリーちゃんは一度その命を全うしたわ。けど、こうして再びこの世に降り立って私達を呼び寄せた」


「うん。だこらこそ、この小さな女の子が道に迷わぬ様に手を引いて、守り、導いてあげるのが先駆者である僕らの役目だ」


「ええ。その為ならば、例え相手が神だろうと真正面から抗ってみせましょう。私の命を掛けてでも」


「それは最後の手段。先に逝くのは私達よ。だって、既に私達は死んでる訳だしね? だから、あんたは残ってしっかりマリーちゃんを支えてあげなさいよ?」


「全く、また私だけを残して逝く気ですか? 少しは此方の身にもなりなさい。大切な人達を見送るのは辛いのですよ?」


「ごめんメル。けど、君にしか頼めないんだよ。僕らもいつまでこの世界にいられるか分からない以上、君だけが頼りなんだ。辛いとは思うけど、どうかしっかりと見守ってあげて欲しい」


「······分かりました、分かりましたよ。ええ、言われるまでもありません。しかし、貴方達も再びこの地に呼ばれた以上しっかりと働いて貰いますからね。覚悟しておいて下さいね?」



 小さく寝息をたてる少女の行く末を見据え、三人の英雄達は笑顔を浮かべる。この先に待ち受けるこの少女の物語を思い浮かべ、嘗ての自身達の旅路を重ね見る。再び集い始まったこの旅路の果てに何があろうと、この少女だけは守ってみせると強い決意を胸に秘めて······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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