#64 ある名もない旅人達の物語2
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「じゃ、頼んだわよメル。私は丁度いい大きさの岩を探してくるわ」
「はいはい。全く、貴女の風呂好きは死んでも治らないのですね。まぁ、マリーさんの為でもある訳ですから文句はありませんが」
「あの、何かすみませんリエメルさん」
「マリーさんが謝る必要は何一つありません。全てあの駄馬が悪いのです。あれは少し躾の必要がありますね。······まぁいいでしょう、では参ります。大地よ、我が声を聞け」
リエメルが川の浅瀬にて手を翳し言葉を紡いでゆく。すると、浅瀬の一部がその姿を徐々に変えてゆく。その光景を見詰めるマリーは小さく驚嘆の声を上げる。
そうして、大小様々な形状の岩や石が積み重なり出来上がった見事な浴槽を前に、マリーは拍手をしながら賛辞を贈る。
「おおー。凄いです、本当に出来てしまいました。魔法とはこの様な事すらも可能とするのですね」
「魔法とは何も戦闘行為だけに用いられるものではありません。使い方を少し変えれば、この様に非常に便利な活用法が多数あります。ですが、それを行うには魔力量や素質等の様々な要素が必要になりますが」
「余りその破壊神を基準に考えちゃダメよ? そこに居るのは間違いなく世界一の魔法師なんだから。世間の魔法師に同じ事頼んでも絶対に出来ないから。きっとこの光景を見たら卒倒するわよっと。ふぅ、重たかった」
「素質と才能の差を言われても仕方のない事です。そもそも、最近の魔法師は魔法というものを全く理解していません。なのに、ほんの少し魔力を操作出来るという程度で魔法師を名乗るとは全くもって片腹痛い事です」
「だから、あんたを基準に考えちゃダメでしょうに。もしも、あんたみたいな魔法師ばかり居たならとっくに世界が滅びてるわよ。さってと、んじゃやりましょうかね。炎よ、宿れ」
エミリーが片手で鷲掴みで持ってきた岩に手を翳し言葉を紡ぐと、岩が真っ赤に赤熱を始める。そして、その赤熱した一抱え程の岩をそのまま浴槽の中へと放り投げる。
大きく飛沫と水蒸気を巻き上げ、浴槽中に残る水は一気にその水温を上げて立派な露天風呂へと姿を変える。
その湯槽へとエミリーが手を差し入れ温度を確かめ丁度いい水温へと調整する。
「ん、これ位でいいでしょ。それじゃあ早速······」
「え、え? ここでいきなり脱ぐのですかっ? 幾ら誰も居ないとは言え」
「はいはい、マリーちゃんもちゃっちゃと脱ぐの。はい、ばんざーい」
「ひゃあっ!? ひ、一人で脱げますからっ!? 大丈夫、大丈夫ですってば! リエメルさん、助けて下さいっ!」
「はぁ······。エミリー、少しはマリーさんを敬いなさい。大丈夫ですよ、周囲に怪しい反応はありません。既に探知魔法で確認済みです」
「そういう問題ではなく······、ひゃっ!? エミリーさん、な、何を」
「はいはい、それじゃあ入りましょうね」
素早く服を脱いだと思いきや、マリーすらも素早く裸にし、小脇に抱えて湯槽へと歩いてゆくエミリー。その背中を頭を振りながら脱ぎ捨てられた二人の衣服を綺麗に畳むリエメル。先の二人が湯槽へと消える頃、漸くリエメルも衣服を脱ぎ、石鹸とタオルを人数分携えて湯槽へと向かう。
「エミリー、湯槽に浸かる前にしっかりとかけ湯をしましたか?」
「はーっ······え? 何か言った?」
「手遅れですね。全く、貴女は本当に。マリーさん、湯加減は如何ですか?」
「ふあぁ······はぇ? 何か言いましたか?」
「······いいえ、喜んで頂いている様なので構いません」
心の底から至福の表情を浮かべる二人を見やり、リエメルは丁寧に湯を身体にかけてから湯槽へと浸かる。丁度いいその湯加減にリエメルも小さく安息の溜め息を漏らし至福を満喫する。
「はぁぁ、やっぱり風呂は人生に於いて必須よねぇ。そうは思わない、マリーちゃん?」
「はいぃ、とっても気持ち良いですぅ。身体に蓄積された疲れや悩みが吹き飛びますぅ」
「うんうん、それは良かった。作った甲斐もあったってものよねぇ」
「作ったのは私ですが。まぁ、マリーさんも喜んでいる様なので構いませんが」
「細かい事はいいのよ。あ、ほらマリーちゃん、空を見て御覧なさい? きっと感動するわよ?」
「はぇ、空ですか? ······わぁ」
マリーは言われるがまま見上げた空の景色を見て固まった。
頭上に広がる星の輝きの何と美しい事か。その星々は大小様々に光輝き暗い夜空を美しく彩っていた。小さな輝きが幾重にも重なり、まるで小川の様に見える空。その余りにも壮大壮麗な景色に魅了され、大きく口を開け放ったままに暫し言葉を失った。
「どう、綺麗でしょ? 外でこの景色を見ながら入るお風呂は最高に気持ち良いわよね」
「何と言うか、凄いです。そして綺麗です。それしか言葉が出てきません」
「あの輝きは何度見ても見飽きませんよね。陽の照らす空とは違った美しさがあります」
「はい、こんな景色初めてです。それに、初めて外でお風呂に入っています」
「そう、それは良かったわ。それにね、生きるっていう事はつまりそういう事なのかもよ?」
夜空を見上げるマリーは、その言葉を聞いてエミリーへと視線を移す。未だ夜空を見上げ気持ち良さげにその目を閉じていたエミリーは、隣に座るマリーを優しく抱き上げ自身の膝の上へと座らせ言葉を続ける。
「生きていれば、初めて経験する事ってのが絶対にある訳なのよ。そして、それを積み重ねて自分の糧として成長をしていくの。それがきっと、生きるって事だと思うのよねぇ。私だって、まさか死んだ後に再びこの地に戻ってくるなんて初めての経験だし。それに、神々と対面するなんて事も初めてだった」
「魔神様と死神様······」
「うん。だってお伽噺でしか聞いた事のない存在よ? 本当に居るなんて思わないじゃない。びっくりもするわよそりゃ。だから、マリーちゃんもその初めてをこれから沢山積み重ねていけばいいのよ。その中で自分なりの考えを見付ければいいんじゃないかな? 今は何も分からなくても、その内きっと何かが見つかるわよ。だから、もうくよくよ悩んで考えるのは無し! 分かったわね?」
「エミリーさん······。確かに、最近ずっと考え過ぎていたのかも知れません。分からない事を考えて、それでもやっぱり分からなくて。頭の中がごちゃごちゃになっていました。けど、そうですね。私には知らない事が多すぎます。なので、これから少しずつ色々な事を見て知って感じて行きたいと思います。すみません、ありがとうございます」
「ん、良く出来ました」
膝の上に座るマリーをぎゅっと抱き締めるエミリー。その温もりに何処か母の優しさを感じながらマリーは身を委ねる。
もしも、生前自身の身体が丈夫であったならばこういう経験も出来たのだろうか。と、懐かしい母の顔を思い浮かべた。
そしてふと気が付く。この経験も自身の人生に於いて初めての事だという事に。それが何処か可笑しくて、マリーはエミリーの胸の中で薄らと涙を浮かべてくすくすと楽しそうに笑う。その二人の姿は、リエメルの目から見ても仲の良い親子の様に見え、微笑ましく見守るのであった。
「私も長い事生きていますが、《獣神》様以外の神と会うのは初めての経験でした」
「え? リエメルさんは《獣神》様とお会いになった事があるのですか?」
「ええ、あの方は常に《ある場所》をお守りになっておられます。そして、死神様より道案内を頼まれたのも、恐らく私があの《獣神》様と親交が深い事を知っての事でしょう」
「《ある場所》······。《死神》様が仰っていた《世界樹》が在ると伝えられる《原初の森》と呼ばれる場所ですかね?」
「はい。私が生まれるよりも前、恐らく何よりも誰よりも前から存在し、常にその場を守護しているのでしょう。その辺の事情は直ぐにはぐらし、のらりくらりと躱され続けてきましたが······遂にその真相を知る機会が訪れました。今からお会いするのが楽しみで仕方がありません」
とてもいい笑顔を浮かべてくつくつと笑うリエメル。その瞳は何処か獲物を狙う狩人の様に見えて、マリーはその身をより一層にエミリーの身体へと寄せるのであった······。
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