#63 ある名もない旅人達の物語1
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木々が鬱蒼と生い茂り、陽の光も夜の星々の瞬きすらも遮る森の中。ぽつりと灯る焚き火を囲む旅人の一行がそこに居る。
焚き火を前に調理をする女性。集めた枯れ枝を火に焼べ易い様適当な長さへと軽快にへし折る女性。手にした剣を一振り一振り丁寧に素振りをする青年。そして、繋がれた馬に飼葉を与えながら何処か呆けた顔で各々を見詰める少女がいる。
木に繋がれた馬車を引く馬へと差し出していた飼葉は既に無く、その事にも気付かずにちょこんと座るその少女は周囲で思い思いに動く者達をその薄い緑黒色の瞳でぼうと眺めている。
金糸の様な美しく艶のある長い金髪を柔らかい風に揺られ、幼さの残るその顔は何処か上の空で。
軈て、馬へと差し出した手をはむりと食まれて我に返り、いそいそと新たな飼葉を馬へと差し出す。
すると、嬉々として馬が再び飼葉を食み出したのを見届け小さく溜め息を落とす。飼葉を食む大きな馬の頭へと自身の小さく華奢な掌をそっと添えて考える。
先日《貿易都市ラングラン》にて起きた《闇》が引き起こした事件と、その際に《魔神》と呼ばれた神と《死神》が語ったその言葉を。
様々な物思いに耽つつ馬の頭を撫でていた時、突然背後から迫る手が少女の両の頬を摘まみ上げる。
「こらっ、まーた何か考えていたでしょ? それ悪い癖よ?」
「いひゃいれふ、えいりーはん」
「ほら、馬も早く食事を寄越せって言ってるわよ。私達の新たな旅の仲間にしっかりと栄養取って貰わなくちゃ、荷馬車引いてくれないかもよ?」
「ほれはほはりはふ。ほれほりははひへふははい」
やれやれと溜め息を溢す柔らかい頬を摘まんでいた指を離す女性。真紅の髪を横に纏め、美しく整った目鼻立ちをより際立たせるその瞳はまるで燃える炎をそのまま灯している様に美しく揺れている。
「考えても仕方のない事なんて幾らでもあるわよ。それに、私ですら《闇》の本体が《魔神》だなんて話初めて知ったわよ。今まで散々対峙してきた私ですらそれよ? 全く、死んでからそんな事実を知る羽目になるとはね······。つくづく人生てものはよく分からないわ」
「あの、エミリーさんはどう思われますか? あの一連の事件の事を」
「どうって······もう驚きの連発よね。まさか神様の二柱と会っちゃうなんて思いもしなかったわよ。道理で強い訳だわ」
「神様······なのですよね。この世界を創り支える神様なのですよね。ならば、何故あの様な悲劇しか生まない《闇》を行使し現世を掻き乱すのでしょうか? 何故魔神はあの様な」
「ていっ」
「いだいっ!?」
再び思考の波へと深く浸るマリーの頭上へと手刀を落とすエミリー。その顔は眉間に皺を作り明らかに不機嫌そのものだった。小さく蹲り頭を抑えるマリーへと視線を落とすとその腕を組み呆れた様子で口を開く。
「あのね、それが考えても無駄な事なの。分かる訳ないじゃないそんな事。人の考えですら分からないのに、神様が考えてる事なんて尚更分からないわよ」
「うぅ、ですが」
「ですがじゃない。いいのよ、そんな事考えなくても。それより、その馬ももっと寄越せって言ってるわよ?」
蹲るマリーの頭をふんふんと興味深く嗅いだ馬は、やがてその金糸の様に美しい髪をその口に含んでしまう。
「えっ? あっ、ちょっ、それは飼葉じゃなくて私の髪ですっ!? た、食べないで下さいっ!」
馬と格闘するマリーを見やり、エミリー自身もあの事件を思い返す。確かに色々と思う所はあるが、余り深く考え過ぎるのは良くないとその頭を静かに振る。そんな時、焚き火の周囲にて調理をしているリエメルから声が掛かる。
「何をしているのですか。······またマリーさんが何か?」
「ええ、ここ最近ずっとね。少し目を離すとすぐあの感じよ。確かに考えるなってのが無理な話なんだろうけど、こればかりはね」
「そうですね。何せ相手は神なのです、簡単な話ではありません。名指しで再び対峙しろとも言われましたしね。それに、私達が以前対峙した《魔王》も実はあの《魔神》が操っていた······という事実にも驚愕しましたが、ね」
「そうね。しかも、世界を見て来いって条件付きでね。神から直接よ? まだあんなに小さくて幼いってのに、本当に厄介な事になったわね」
「それも主神様のお導きなのでしょうか? それすらも主神様のご考察の内なのでしょうか? だとしたならば、何と困難で悲愴な道なのでしょう。それが神の御使いとしての道ならば、私はその小さく華奢な身体を支える杖になりましょう」
「私達、よ。まぁ、メルはまだ生きてる訳だけど私達は既に死んでる訳だし? 無茶や身体張るのは私達の仕事よ。あんたも余り無茶苦茶しないでね?」
「珍しいですね、貴女が私の心配などと。しかし、分かっていますとも。私は悠久の時を歩む者、この命が尽きるまで私は世界を見続けます。それが私の使命であり存在意義、此度の旅路も全て見届けさせて頂きますとも」
「ちょっ、お願いですからっ! 離して下さいっ! って、お二人共見てないで助けて下さいよっ!? このお馬さん、本当に離してくれないんですけどっ!?」
馬と戯れるマリーを見ていると、それこそ年相応の少女に見えてしまう。しかし、まだまだ幼い見た目のその内には一体どれ程の考察と苦悩を秘めているものか。それを思うと見詰める二人は何とも言い難い気持ちになる。
暫し物思いに耽る二人には、マリーの声は届かず変わりに素振りをしていたリードが来るまで放置されていたのであった。
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一行はすっかりと夜の帳が下りた森の中、食事を終えて焚き火を囲み思い思いに寛いでいた。そんな時、食事を終えたエミリーは唐突に立ち上がり、焚き火の火をぼうと眺めるマリーを背中から優しく抱き締める。
「んじゃ、そろそろお風呂に入りましょうかマリーちゃん」
「お風呂、ですか? 水浴びではなくてですか? 川ならば少し離れた場所にありましたが」
「私達を誰だと思ってるの? 魔法に関しては右に出る者無しと謳われる破壊神と、その破壊神にも劣らない《炎姫》と呼ばれた私がいるのよ? 幾ら野宿だろうとお風呂位は何て事ないわよ」
「それとこれとは全く別ですが······そうですね。先程あの駄馬に食まれてマリーさんの美しい髪が汚れてしまった様ですし、ゆっくり湯槽に浸かるのもいいかもしれませんね」
「よっし、決まり! んじゃ、早速用意して行きましょうか。それと、分かっていると思うけど······リード?」
「おいおい、何が悲しくて自分の妻の入浴を覗かなきゃならないんだよ。メルの裸になんて興味の欠片すらないし、マリーちゃんはどう見ても娘と変わらないじゃないか。それを僕にどうしろと?」
やれやれ。と、頭を振るリードはゆっくりと立ち上がり、馬車の荷台に積み込まれた大きな荷物袋をごそごそと漁りだす。軈て、纏めた小袋をリエメルへと投げ渡す。
「あら、別に構いませんよリードちゃん。一緒に入りましょうか? 久し振りにその背中を」
「それ以上言うなっ! いいか、絶対余計な事を言うんじゃないぞっ!?」
「リードさん······」
「んじゃ、荷物宜しくー。しっかり火の番してるのよー? さっ、行くわよマリーちゃん」
残されたリードに悲哀を感じて同情の眼差しを向けるマリー。そのマリーを自身の前に抱き抱え揚々と進むエミリーとリードより手渡された石鹸等の入浴用品の入った小袋を抱えるリエメル。
女性陣が川へと向かい、静かになった焚き火の側にて一人焚き火番をするリードの横には、何かを察した馬が寄り添う。
リードは優しく馬の横顔を撫でて小さく哀愁を含んだ笑みを浮かべるのであった······。
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