#62 ある全てを捧げた魔法師の物語19
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世界中からありとあらゆる物資が運び込まれ、至るところで売買が交わされる街。昼夜問わず街中で商いが行われ、《眠らない街》と呼ばれている《貿易都市ラングラン》。その跡地。金と欲に満たされたその不夜城は、たった一夜にして死の街へと変貌した。
突如街を《闇》が覆い尽くし、空からは血と臓物が降り注ぐ。そして、普段は露店や天幕が建ち並び、様々な品々と人が犇めく通りは今は跡形も無く、倒壊した家屋や商店等はその破壊の傷痕を色濃く残す。
それら一連の悪夢の様な一夜を引き起こしたのは、《闇》を纏う一人の魔法師が発端になったと言われている。商人達が好き勝手に集まり拡げた寄せ集めの街は、たった一夜でその長い歴史に幕を閉じる事になった。街の人々の大半は夜中にも関わらず滅びる街を飛び出し、夜の漆黒が支配する大地へと散り散りに逃げてその姿を消していったという。逆に、破壊と死の充満する街に残り互いに支え合った者達が生き残るという何とも皮肉な結末に至る末路を辿る事になった。
そして、《貿易都市ラングラン》を取り仕切る筆頭商人達の連合会《八商連合会》は《ガルガン・モーガン》ただ一人を残して全員惨殺された。既にその会は意味を成さず、唯一生き残った《ガルガン・モーガン》と住人の意思の元解体、解散の運びとなる。
しかし、残った住人達の強い要望と嘆願を受けて改めてこの街の指導者に《ガルガン・モーガン》が選ばれる事になる。
理由は、その破壊の只中で命の危機に晒されながらも生還し、満身創痍のまま生き残った住人達の手当てや救助を最優先に行い正しくこの街の《最後の良心》の名に恥じぬ行動故の結果だった。
その後は元々の《貿易都市ラングラン》の在り方を根本から変える為に尽力する。その際《貿易都市ラングラン》という名を棄てて新たに《中立商業都市ピラード》とその名を変える。
その名は、突如として出現し街を覆い尽くしていた血と臓物を降らせていた《闇》を全て吹き飛ばした天をも穿かんとする程の超大な炎柱に由来するらしい。
その炎柱の衝撃は凄まじく、街の殆どを吹き飛ばし決して少なくない住人達が巻き込まれる程の惨事を招いた。が、《闇》を払うその何処か清浄で神聖な佇まいに強い憧憬を抱き、自身達も斯く在りたいと願いを込めて命名されたのだと言われている。
しかし、住人達は誰も知らない。その悪夢を引き起こした魔法師とは、元は心優しく家族思いな幼く潔白なスラムの少年だったという事を。
何せ、騒動が沈静化したその場には遺体は愚か、その魔法師と対峙していた者達の姿すら消え失せていたのだから。唯一その魔法師と直接顔を合わせた筈の《ガルガン・モーガン》も、その人物像や人相等の詳細は一切語る事をしなかったという。
その人知の及ばぬ事象を引き起こし、大いに栄えた《貿易都市ラングラン》を滅ぼした一連の事件を住人達は天罰として受け入れる。
その騒動の後、住人達の間ではある教訓とお伽噺が語り継がれる様になる。
真に畏怖するべきは人の欲望。過ぎたる繁栄は破滅を導き神の怒りに触れる、と······。
そうして新生《中立商業都市ピラード》へと変わったその場所は、《ガルガン・モーガン》が長年望み描いた理想の都市へと姿を変えていく事になる。人々が手と手を取り協力しあい、互いに想いやる心を持った健全なる場所へと。
その史実の裏には、二柱の神と嘗ての勇者一行。更には神の御使いたる者が居た事など、住人達の只一人も想像すら出来ぬままに······。
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「マリーさん、お加減は如何ですか? お身体に障る様でしたら、そこの《赤鬼》に背負わせますのでいつでも言って下さいね」
「ちょっと、そこはあんたが背負うべき状況でしょうに。全ての荷物を背負っている私に言う台詞なのそれ? あと《赤鬼》言うなってんでしょうが。焼くわよ本気で」
「あら、私の身体でそれをやれと? その身体と体力しか誇る物のない貴女が、唯一輝けるその状況を私に譲ると。そう言うのですね? 分かりました、マリーさんを背負うという名誉な役目、このリエメル・ヴァンドライド全身全霊を以て努めさせて頂きます」
「え、ええっ? だ、大丈夫です、全然問題はありませんよ! 身体だってほら、この通り既に平気です。なのでその、背中を此方に差し出すのは止めて頂けると······」
困り顔で頬を引き攣らせるマリーは、目の前でしゃがみ込み背中を差し出すリエメルへとその視線を落とす。
何やら少しだけ不満げに母性がどうのと小さく呟くリエメルは、やがてゆったりと立ち上がり優しく微笑みを浮かべる。
「辛くなったらいつでも言って下さい。喜んで背中をお貸し致しますので。あれ程の事の後です、ご無理はなさらぬ様に。もうすぐ先行しているリードちゃんが馬車を伴い戻りますので」
「はい、もしもの時はお願いします。それに、本当に大丈夫ですよ。私はまだまだ歩けます!」
「そうねぇ。元はと言えば、全てそこの破壊神が街を吹っ飛ばす程の魔法を放ったせいなんだけどね。お陰で馬車も街も何もかもが無くなった訳だけど、その辺はどう思っているのかしら?」
「あれは不可抗力です。何せ、相手はかの《魔神》だったのですよ? 規格外の《闇》を払うには、相応の魔法が必要だったと断言出来ます」
「そうね。その魔法で住人達が巻き込まれて街すらも吹っ飛ばす事になっても仕方の無い犠牲だった。と、そう言うのねあんたは」
「寧ろ、あの腐った街を吹き飛ばした事を称賛して欲しい程ですが何か?」
「ちょ、待って下さい! 落ちついて、落ちついて下さいよっ! 確かにリエメルさんの魔法の威力は凄まじいものでした。それにより助かった事も、甚大な被害を及ぼした事も事実ですけど······」
二人の険悪な雰囲気を察してマリーはあたふたと仲介に入る。こんな時にリードさえ居れば。と、心の中で呟き冷や汗を浮かべる。
一行はあの後、白み始めた空を見て《貿易都市ラングラン》を出発していた。疲労の色濃く残る身体でその場から逃げる様に薄暗い大地へと飛び出した。
もしも陽が昇り、静寂が戻ったその場所に残って居たならば更に面倒な事になる。というリード達の意見を聞き、一行は一目散にその場所を後にした。
その後、リードは荷物をエミリーへと渡し単独で近場の町へと先行する事になる。目的は荷馬車の確保。その為、現在マリーと共に居るのはリエメルとエミリーの女性陣のみという結果に至る。
未だにぎゃあぎゃあと騒がしく言い争う二人の間に挟まり、マリーは何処か温もりの様なものを感じ取る。
今回の一連の事件は、マリー一人では到底受け入れる事など出来ない程の騒動ばかりだった。何せ、大勢の命が消え果て一つの街が滅んだ。その原因は一人の少年が人の手による絶望の果てに《闇》に魅了された事が発端で。そして、対峙した《闇》の正体は神の一柱で、更にそれを止めに現れたのも神の一柱で。
と、既に自身の許容範囲を遥かに上回る事象ばかりが立て続けに起こってしまったのだ。
故に、深く思考を巡らす時間すら与えてもらえない程に騒がしいこの空間が、マリーにとってはとても居心地が良い場所だと感じていた。
実は、マリーの心情を無言の内に察したリエメルとエミリーがわざと騒動を起こし、マリーに余計な考察をさせまいという気遣いからくる優しさと温もりに溢れる配慮だという事実をマリーは知る由もない。そんな一時の平穏を、マリーは心の中でとても大切な居場所の様に感じ取っているのだった······。
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