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#61 ある全てを捧げた魔法師の物語18





◆◇◆◇◆





「······フム。奴ガ逃ゲ仰セタ以上、コノ魂ノミノ回収ニナルガ甚仕方無シ。我ガコノ場二留マル理由モ無シ」


「お、お待ち下さいっ! 失礼を承知で申し上げます。貴方様はもしや······」


「ム······、主神ノ御使イカ。ナカナカノ素質ヲ持チ合ワセテイルト見エル。シカシ、無理ハセヌ事ダ。汝ノ肉体ヲ生成シテイル我等ト同質ノ《ソレ》ガ薄レテイルゾ。ソノママデハ消エ果テテ無二戻ル事二ナロウ」


「同質······。やはり、貴方様は《死神》様なのですね。お初にお目に掛かります、私はマリーと申します。仰る通りに、主神様よりの使いを果たす者にございます」


「《死神》様······。大変失礼致しました」



 マリーが疲労困憊のまま恭しく頭を下げるのに続き、一行は膝を折り次々と頭を垂れる。その様をまるで興味がないと言わんばかりに意に介さず、巨大な鎌の刃に残された魂を掴み取る。そうして、一通り眺めるとその紅い眼光をマリー達へと向ける。



「構ワン、斯様ナ礼節ナド不用。ソレヨリ、汝自身ヲ慈愛セヨ。身二余ル力ハ自身ヲ滅ボス。汝ノ魂ハ未ダ稚拙ニシテ貧弱、ソノママデハ魂ガ自壊スルゾ」


「ご指導感謝致します。《死神》様のご助力無くては、恐らく我が身は果てていた事でしょう。心より感謝致します」


「フム。シカシ、汝ノ魂ノ力ノ片鱗確ト見セテ貰ッタ。成程、主神ガ使ワセタ理由モ頷ケル。今後モ使命二励ムトイイ」


「ありがとうございます。あの、《死神》様。幾つかご質問を宜しいでしょうか」


「······奴ノ事カ」



 マリーの言葉の先が分かるかの様に、紅い眼光を宙に少しさ迷わせる《死神》だが、やや間を置き静かにその口を開く。



「汝ハコノ世界ノ始マリヲ聞キ及ンデイルカ?」


「主神様より多少は。神々の戦いにより世界が壊れ果て、再び創り直したものが今の世界だと」


「フム、ソノ通リ。ソシテ、嘗テノ世界ヲ滅ボス原因トナッタ者ガア奴。ア奴コソ、我等神々ガ一柱《魔神》。ソノ極々僅カナ思念ノ断片ヨ」



 《死神》が発した真実を前に、一行は各々様々な表情を見せる。

 二の句が継げずに口を空け開く者。何処か納得したかの様に静かにその目を閉じる者。開示された返答が理解出来ずに茫然とする者。余りの現実に思考を放棄する者。


 それらの反応を一瞥し、《死神》はゆっくりと俯く。そして、決して語られる事の無い歴史を紡いでゆく。



「ア奴モ我等神々ニ列ナル一柱、嘗テハ《闇》ヲ司ル神ソノモノ。シカシ、何時シカ己スラモソノ《闇》ヘト堕トシ、コノ世界ヘトソノ《闇》ヲ行使シタ。ソノ際コノ世界ハ一度滅ビ、ア奴ハ他ノ神々ニ依ッテ《ある場所》ヘト封印サレタ」


「······ある、場所」


「シカシ、度々《闇》ニ紛レテコノ世ニ出現スル事モ稀ニダガ有ル。前回ヤ今回ノ様ニ」


「それは、《暗黒の時代》を作り上げたかの《魔王》の時代の事ですね?」


「ソノ通リ。当事者デアリ引導ヲ渡シタ汝等ナラバ馴染ミハ深カロウ、勇者達ヨ」


「やっぱり、そういう事だったのか。全ての元凶はあの《魔神》だったのか」



 悔しげに俯くリードにそっと寄り添うエミリー。リードの手は小刻みに震え、悔しさと怒りがまざまざと見てとれた。リエメルは一人自身の思考の波に浸り深く考察する。そんな中、マリーの身体がゆらりと横へ傾きそのまま倒れ伏した。



「っ、マリーちゃん!?」


「ちょっ、マリーちゃん! 大丈夫?」


「······あ、すい、ません。急に目眩が」


「無理ヲスルナ、汝ノ魂ハ疲弊シテイル。話ノ続キハ我デハ無ク別ノ神々ヘト頼ムガイイ。此処ヨリ東ニ位置スル《原初の森》、ソノ中心部《世界樹》ノ守護ヲシテイル《獣神》ニデモ頼ムガイイ。ソコノ《稀なるエルフ》ニハ馴染ミモ深カロウ」


「······賜りました。《死神》様、ご配慮の程心より感謝申し上げます。此度の件、必ずや私が導いてみせます」


「話ハ通シテオイテヤロウ。サテ、デハコノ魂ハ我ガ責任ヲ以テ導クトシヨウ」



 綺麗にその場に畏まるリエメルが更に深く頭を垂れる頃、《死神》はその大鎌で軽く虚空を一薙ぎしてみせる。すると、薙いだ場所には禍々しい装飾の施された門が出現していた。


 その門へとゆっくりと進み出る《死神》を見て慌てて声を掛ける者が一人。



「お、お待ち下さい《死神》様っ!」


「何用カ、矮小ナル魂ヨ」


「ぼ、僕も兄の魂と共に参る事をお許し下さいっ‼」


「なっ、フェイエル君! 何故そんな事をっ!?」


「いけません······フェイエルさん、その先は、その先は」


「······何故同行ヲ望ム? 汝ハ既ニ《天の国》ヘノ資格ヲ有シテイル。《この先》ノ世界ヲ知ラヌ訳デモ有ルマイ」



 その場から走り出し、再び地面へとその身を投げ出して懇願するフェイエル。頭上より降る言葉には、確かな厳しさと戒めの念が沸々と伝わりくる。

 それでも、その頭を地面へと擦り付けて自身の胸の内を晒す。



「もちろん分かっています、全て承知の上でお願いをしていますっ! 確かに《闇》に魅入られたとは言え、兄であるクレイグがしてきた事は決して許される事ではありませんっ! 《死の国》へと赴き、その罪を償う事は当然の事かと思います。しかしっ、その発端は僕ですっ! 僕なんですっ‼」



 涙を止めようともせず、自身の心中を晒け出す。その心中は自身の軽率な行為のせいで兄を変貌させてしまったという自責の念に包まれていた。



「僕が、僕があの時もっとしっかりしていれば······兄はその手を血で染める事も無かったでしょう。あの時、ご婦人の要求を断って逃げる勇気があったなら、こんな事件は起きなかった筈なんですっ! 全て、全て僕の責任なんですっ」


「······フェイエルさん」


「だからっ、僕も共に裁きを受けますっ! 兄と共にその苦痛を全て受け入れますっ! だから、だからどうか······共に参る事をっ、お許し下さいっ!」


「······想像ヲ絶スル苦痛ト耐エ難イ試練ガ待ッテイルゾ。先程モ言ッタガ、汝ハ既ニ《天の国》ヘト到ル資格ヲ有シテイル。ソレデモ尚、コノ魂ト共ニ在ル事ヲ望ムカ?」



 フェイエルは額に着いた土埃と涙に塗れた顔のまま、強く確りと《死神》を見上げて告げる。



「······はい。死しても尚、兄とは離れたくはないのです。僕も共に参ります、共にその罪を償わさせて下さいっ! だって、きっと兄は寂しくて悲しんでしまいますからっ」


「······良カロウ。我ノ名ノ元ニ《死の国》ヘノ同行ヲ許可スル。覚悟ヲシテオケ、選ンダ道ハ険シク辛イゾ」


「ありがとうございますっ、元より兄と共に償う覚悟を決めていました。何があっても兄とならば耐えきってみせます」


「フェイエルさん、本当に宜しいのですか?」



 背中から弱々しいマリーの声が聞こえ、フェイエルは汚れた顔を乱暴に拭い振り返る。その顔は未だ涙で濡れてはいたが、とても晴々とした笑顔を浮かべていた。


「皆さん、本当にお世話になりました。僕の我が儘でこんな事に捲き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。ですが、皆さんのお陰で僕の本懐は遂げられそうです。本当にありがとうございます」


「本当に宜しいのですか?」


「はい、始めから兄と共に逝く予定でした。もしも闇に呑まれるのであれば、共に呑まれる覚悟を決めていたのですが······《死神》様のお陰でそれは回避出来た様なので」


「それでも、《死の国》に待っているのは······」


「全て承知の上です。けど、何があっても兄さんと一緒なら耐えられます。これから先は、ずっと離れずに共に在ろうと思います。マリーさん、本当にありがとうございました。貴女と出会っていなければ、きっとこうはならなかった筈です。本当に感謝しています。それと······この身体をお返ししますね。皆さんの事は絶対に忘れはしません、兄さんと一緒に皆さんの無事を祈っています。ありがとう、さようならっ!」



 あっ。と、小さく漏らすマリーを振り切る様に早々と話を纏め光の塊へと変わるフェイエル。恐らく、これ以上引き留められまいと精一杯の強がりを見せたのだろう。証拠に、フェイエルの立っていた場所には光とは別に細かな滴が地面を僅かに濡らしていた。


 そうして、フェイエルの身体を構成していた神力はマリーへと戻り、フェイエルの魂は《死神》の手に収まる兄のクレイグの魂に寄り添う様に静かにその身を並べていた。



「ヤハリ、人トハ儚クモ美シイモノヨナ。安心セヨ、我ガ責任ヲ以テ引キ受ケヨウ。······マタ何レ何処カデ見エヨウ、御使イヨ」



 軈て門は消え去り、辺りに静寂が戻っても尚、マリーはその門が消えた虚空を空が白み始めるまで涙を浮かべて見詰めていたのだった······。







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 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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