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#60 ある全てを捧げた魔法師の物語17





「ヒハハハハ。どうよ、くたばったか? くたばってんならしっかり返事しろーぃ。って、死んだら返事出来ねーわな。ヒハハハハ!」



 万は下らない骸の軍勢が折り重なり山を創る。それら全てが(うごめ)きその身に闇を纏う個でも十分に危険な存在。それらが情けも容赦も無くただ目の前の敵を滅ぼす為にのみ行動する。


 確かに《魔王》と名乗る者は防壁が破壊され骸達が雪崩れ込む様を見ていた。今頃は圧迫されて死んでいるかその身体を貪り喰らわれているか······。


 そのどちらでも構わない。本当に久方ぶりの地上に再び存在しているのだ。楽しい余興もこの身を滅ぼす痛みですら全て含めても心地が良いと言わんばかりに、両手を広げ自身へと祝福と歓喜の笑い声を高らかに響かせる。


 そんな時だった。



「ヒハハハ······あん? んんんー? ありゃあ······へぇ、まだまだ楽しめそうじゃねーの」



 骸達が群がる山の隙間から、微かに光が照らしていた。それはやがて群がる骸達全体を大きく震わせ吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた骸達はまるで高熱に焼かれたかの様に灰となって虚空へと消えてゆく。


 そして、骸の山を崩壊させ現れたのは······。



「ヒハハハハ。よぉ、ただのビビりじゃなかったってか? ええ、クソ忌々しい主神の御使いのおチビちゃんよ」



 《魔王》がにやけた顔だが鋭い視線で射抜くのは、リードでも無くリエメルでも無くエミリーでさえも無く、その中心で小さな両手を一杯に天へと掲げて涙ぐむマリーだった。


 その周囲には、小さくとも一行をしっかりと包み込む光の膜が張られ、骸達を跳ね除け消滅させる程の力を放ってみせた。それは、防壁が砕かれ骸達が全方位から群がる中、リードとエミリーが行動を起こすよりも早く自身の持つ神力を使い望んだ結果だった。


 全員の生存を望んだ。絶望を跳ね除ける力を望んだ。闇を払う光を望んだ。そして······自らが強く在れる事を望んだ。それらの結果がこの現象を引き起こし、闇すら跳ね除ける強い光を示してみせた。 



「······貴方には、何も奪わせませんっ。リードさんも、リエメルさんも、エミリーさんもフェイエルさんもっ! この街の人達も何もかも! 貴方には何一つ絶対に奪わせませんっ!」


「言うじゃねーのよ。その借り物の力で何を意気がってんだ、オイ? そりゃお前自身の力じゃなかろうがよ。かのクソ忌々しい野郎の力だろーがよ。テメェ自身の分も弁えんか、無能で無知で無力なチビちゃんよぉ! 舐めた口聞くのはちぃとばかし早ぇぞ、オイ」


「っ、確かに······私自身は何の特技も取り柄も有りません。だけど、だけどっ! 何の力もない無力な私でもこの声で貴方に言ってみせますっ! 貴方には、もう何も奪わせませんっ‼」


「吹いたな小娘っ! いいだろう、その借り物の力で精々抗ってみせやがれ! 無能で無知で無力を知りながらも、この俺様に楯突いた事を後悔しろっ! 貴様の存在など塵芥の一つに過ぎんという事を知るがいい、矮小で無価値な痴れ者がぁ!」



 完全に先程の剣呑な雰囲気を消し去った《魔王》を名乗る者の周囲から、今までよりも更に禍々しい気配を纏う闇が猛烈に吹き出し形を変えてゆく。



「たかだか人間の分際で、神々の力に触れた事を後悔しろっ! 貴様の魂は未来永劫苦痛と悪夢に沈めてやる、有り難くその頭を垂れろ!! ······闇よぉ! 擂り潰せぇ‼」


「確かに、私は弱いし何の力もありはしません! けどっ、絶対に貴方に負ける訳にはいかないんですっ! 邪悪の権化を退ける力を我が手にっ、巨悪を跳ね除ける光をお授け下さいっ!」



 マリーの神力と《魔王》の闇が轟音と破壊を纏い真正面からぶつかり合う。

 その衝撃は凄まじく、マリー達を覆う光の膜に様々な現象が降り注ぐ。紫電の雷光、漆黒の爆炎、紅蓮の氷塊、血剋の針棘、そして深淵の濃闇。それら全てが氷の膜に激突する度にマリーは苦痛の表情を浮かべて身を悶える。


 完全にマリー達一行を闇が包囲し、全方位から超常の力を叩き込む。その余波だけでも、先程のリエメルの爆風にも匹敵し地面は捲れ上がりひび割れて崩壊してゆく。その絶望の中にあっても尚、マリーはひたすらに耐え続ける。

 大切な人達を守る為に。ただそれだけの事を強く望み強く願う。決して奪わせない為に自身の全てを使い反発し否定する。

 涙を流し震える両手を精一杯に天へと突き上げる。リード達が何かを叫んでいるが耳にも入らず一心不乱に反抗する。


 そうして、耐えに耐えた果てに全力で反撃に出る。防いでいた力を全て弾き飛ばす力へと変換し、周囲を覆い尽くす絶望の闇をとうとう吹き飛ばしてみせた。


 流石に《魔王》すらも驚愕の声を上げて唖然とする。何せ、今の状態での本気で殺す為の闇を弾き飛ばされたのだ。そんな事など微塵も想定すらしていなかった。



「······おいおい、テメェ本気で言ってんのか? 何だ、何故それ程にその力を扱えるっ!? お前は、お前は一体何なんだ? ただの神の気まぐれで使わされた捨て駒だろうがよ! それが······いや、待て。お前はまさか」


「ソコマデダ」



 突如響いた声と共に《魔王》と名乗る者の胸から巨大で湾曲した刃が背後から突き出す。



「漸ク隙ヲ見セタナ? 貴様ヲコレ以上野放シニハ出来ン。大人シク縛二就ケ」


「がっ······ぐっ!? テ、テメェは······ぐっ、クソがっ! ······ちっ、こりゃダメだ。クソっ、せっかく《器》が育ったってのによぉ」


「諦メロ。貴様二手心ヲ加エテヤル程、我ハ優シクハ無イ」



 それは巨大な鎌だった。フェイエルの兄であるクレイグの身体を容易く貫通し、内包されていた闇がその傷口から噴き出す。その巨大な鎌を手にするは、更に巨大な《影》だった。

 漆黒の古ぼけたローブを纏う《影》。それは闇とは似て非なる者。闇とは全く別の気配を纏いその鎌を《魔王》ごと持ち上げ肩口に担いでみせる。



「ちっ、こりゃ本格的にダメだな。《器》が完全にぶっ壊れちまったよクソがっ。······おいっ、そこのチビちゃんよぉ! 聞こえてっかよ」



 何が起きたのか未だ理解出来ぬマリー達一行は、その《魔王》の声にはっとする。そして、明らかに顔色が悪く息も上がっているマリーはリエメルとエミリーに支えられつつも力を振り絞り《魔王》を睨み付ける。その瞳には未だ消えぬ確たる決意が灯っていた。



「ヒハハ······。安心しな、もう何も出来やしねーよ。まぁあれだ、悪かったな」


「は······え? な、何を」


「お前の事を侮った。お前は無力で無知で無能でもあるが、無価値ではなかった。証拠に、確かに俺様の力を弾き返しやがった。素直に謝罪と称賛を贈ってやるよぉ」



 口からごぼごぼと血を吐き出しながらもそう語る《魔王》からは、既に敵対心や殺意などは失せ果て、ただ笑みを浮かべて満足そうに語る。



「だからよぉ、お前はこの世界をもっと知るといい。その世を見て、接し、感じ、そして知るといい。その果ての終わりに、改めて俺様の前に現れろ。その時、再び本当のお前を俺様に見せてみろ」


「世界を······知る?」


「おうよ、綺麗なモンも汚ねーモンも全部引っくるめてだぞ? しっかりとその小せぇ目ん玉で見て来やがれ。そして、もう一度俺様と会いやがれ。その時、改めてお前の評価を下してやる。お前は何者になるんだろうなぁ? 楽しみが増えたぜ、ヒハハハ!」


「何者に······貴方は一体」


「俺様の事はこの辛気臭ぇデカブツにでも聞きやがれ。それよりよぉ、お前の名を聞かせろよ? 俺様が直々に名を覚えておいてやるってんだ、なぁ、聞かせろよ」



 未だ笑みを浮かべてはいるがその目は真っ直ぐにマリーを見詰めていた。それにも負けずにしっかりと受け止めマリーは全力を以て答えてみせる。



「私はマリーです。ただの、何者でもないマリーですっ!」


「マリーか、マリーな。ヒハハハハハ、何者でもねぇかよ。あぁ、覚えたぜマリーよぉ。······良いか、よぉく聞きやがれマリー。世界を知れ、全てだ。全てを見て知ってこい! 再び(まみ)えるその時を楽しみにしてるぜぇ······じゃあなぁ」



 瞬間、クレイグの肉体は爆散し闇が虚空へと溶けて消え果てる。

 大鎌の刃に残るのは、黒ずんだ汚れた魂のみが残されていた。その大鎌を一瞥し、小さな溜め息を落とす巨大な影。



「······ム、逃ゲ仰セタカ。全ク以テ忌々シイ」



 その言葉の通りに、今まで周囲を覆っていた禍々しい負の感情を孕んだ《闇》は消え果て、残るは破壊されて荒れ果てた未だ薄暗い大地に取り残された面々のみだった······。








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