#58 ある全てを捧げた魔法師の物語15
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「······ふぅ。今の一連の魔法で、杖に溜め込んでいた私の五十年程の魔力を消費しましたね」
「この馬鹿っ! 本っ当に馬鹿っ! 何してんのよあんたは! 思い切り色んな物を巻き込んで吹っ飛ばしてるわよっ!? だからあんたは《破壊神》て呼ばれるのよっ、分かってんのっ!?」
「喧しいですね、いいじゃないですか。どうせこのままだと街は滅びます。それが《闇》によるものなのか《炎》によるものなのか。ただそれだけの差です」
「そうじゃない! あんた、この子のお兄ちゃんをまるごと綺麗さっぱりぶっ殺したのよ、分かってんのっ!?」
「え······あ。んんっ、いえ、あれは既に《魔王》と名乗る《何か》に成り果てていました。故に致し方無い尊い犠牲だった。とも言えましょう」
「ねぇ、今あって言ったわよね? ねぇ、言ったわよね?」
余りの規模の魔法を目にしたマリーとフェイエルは、未だに言葉を発する事が出来ずただただその眼前に広がる爆心地を茫然と眺めていた。
今まで倒壊こそせずとも辛うじて邸の体裁を保っていたその場所は、邸は愚か全ての瓦礫を吹き飛ばし、地面の土は赤熱し、煙を昇らせ焦土と化していた。
それほどの魔法を少し離れた程度の距離で受けたにも関わらず、見事に全員守ってみせた事実にも驚愕している様だ。周囲を取り囲む様に未だ佇む女神像は、その両手を広げて静かに微笑みを浮かべるのみ。
周囲を包み込む風と水の結界を以てしてもその熱波と爆風は内部に届き、マリーの美しい金糸の様な髪は大きく乱れたままだった。
そんなマリーの頭を優しく撫でやるリードは、魔法の余波からマリーとフェイエルを守る為に未だ喧しくリエメルに噛み付くエミリーと共に二人を支え身を呈して壁となっていたのだ。
リードはマリーの元を静かに離れ、未だ油断無くその眼前を睨み付けたままに少し視線の游いでいるリエメルの隣に並び立つ。
「メル、どう思う? 今ので蒸発していてくれると非常に有り難いんだけど。その、フェイエル君には悪いけどね」
「何とも言えませんね。しかし、あれ程の熱量を直撃させたのです。如何に闇を纏っていようと、恐らくは無事では済まないでしょう」
「うん。けど、念のため警戒は最大限に。あの《魔王》と名乗る者は何て言うか、底の知れない存在の様な······何か嫌な気配がしていたからね」
「勿論です。既に地中すらも検索し、最大限に警戒をしています。未だ動きはありませんが」
そう。と、小さく溢すリードは、未だに消えぬ《魔王》と名乗る者の言い知れぬ不快な感覚に顔を顰める。
明らかにあれは《魔王》などではない。という確信と共に、嘗て自身達が打倒した《魔王》の姿を思い出す。
(あの時僕らが打ち果たした筈の《魔王》とは似ても似つかない不快な雰囲気だった。だったのに、何故僕らを知った顔と言っていた? そもそも、《アレ》は本当に《魔王》なのか? 違う、あれはもっと別の何かだ。何なんだ、この纏わり付く様な言い知れぬ不快な感覚は)
リードが心中で考えを巡らせていたその時、リエメルが静かに片手を上げて周囲に警戒を促す。
すると、焦土の中心に位置する爆心地の土が、静かにもそもそと動きを見せる。そして、人影が土を巻き上げ勢いよく立ち上がった。
「っかー、熱いっ!? 死ぬかと思ったわ! そこのエルフこの野郎、何考えてんだ、殺す気か! って殺す気だわな、ヒハハハハハ‼」
その人影は正しくフェイエルの兄であり《魔王》を名乗る者の姿だった。
しかし、やはり無事では済まなかったらしく、先程まで途方もない質量を放出していた闇は小さく纏まりその身に僅かに残るのみ。そして、身体は至る箇所が焼け爛れ、炭と化した箇所まで見受けられる。
それでも尚も立っている。しかも、痛みなど感じていないと言わんばかりに先程と何ら変わらぬ様子で愉快そうに笑い声を響かせてみせる。
明らかに異常である。あれ程の熱量を直にその身に受けた筈。普通ならば原形など留めておける訳もない。留めていたとしても動ける筈はない。その身に受ける激痛に耐えうる訳がない。
それでも変わらずそこに立っている。
「ヒハハハ······おいおい、凄ぇじゃねぇか。本当にびっくりしたぜ、本気で蒸発するかと思ったわ。そ、れ、にぃー? この街を覆っていた闇を力技で散らしやがったのかよ······。凄ぇ凄ぇ、よくぞ人の身で其処まで到れたものよ。素直に称賛を送ろうか、ヒハハ」
「お前は······本当に何なんだ。明らかに異常だ。如何に《魔王》を名乗ろうともお前は全く別の《何か》だ。答えろ、お前は一体何なんだ?」
「言っただろう勇者様よ、俺様は俺様よ。《魔王》であり、闇であり、世界の意思でもある。この下らねぇ世界を少しでも愉快にする為にこの俺様はいるのさ。ヒハハハ、分からねぇよな。だが良い、良いぞお前等は。本当に良い、楽しいなあ、ええ!? そうは思わねーかよ、勇者ご一行様よぉ! ······そして、そこの腐れ主神の使いのおチビちゃんよ。ヒハハハハ、本当に良いぜぇお前等!」
声を高らかに笑い、先程までの殺意や敵意よりも尚強い歓喜の感情を吐き出し続ける異質な姿。
神の使いと名指しされたマリーは、先程感じた恐怖よりも更に強い、薄ら寒い何かが全身を駆け巡るのを感じて身を縮める。
マリーの顔からはみるみる血の気が引いて、微かに小さく震え始める。その身体を背中から強く抱き締められ、耳元で優しい声がそっと囁く。
「大丈夫よ、安心して。あの変態には指一本触れさせないから」
「あ······エミリーさん」
「大丈夫、ここには私も居るし勇者も破壊神も居る。何もさせない、させはしない。だから安心して、マリーちゃん」
エミリーに抱き締められるマリーは、背中からの確かな温もりを感じて首に回されている腕にすがる様にしがみつく。
眼前にて笑う異質な《何か》を真っ直ぐ見詰める事すら躊躇う程に、マリーは心の底から《何か》に恐怖していた。
「さぁて、続きをやろうぜ? 今の容赦のねぇ魔法のせいで俺様の《入れ物》がぶっ壊れかれちゃあいるがよ、まだまだやれるぜぇ? 何せ、俺様がいる限り闇は永遠に沸き続けるんだからよぉ、ヒハハハハハ!」
「くっ、まだこれ程の闇をっ!?」
「リードちゃん、《アレ》を止めるには最早跡形も無く消滅させるしかありません。腹を括りなさい」
「······分かってるよ。ごめん、フェイエル君。君には辛い事だと思うけど、この騒動を止めるにはもう」
「はい、分かっています。だから、どうか兄さんを休ませてあげて下さい。きっと今でも苦しんでいる筈なんです。お願いします、どうかお願いします······っ」
再び《闇》をその身から吹き出し、狂った様に笑い声を上げる兄の姿をした《何か》を見詰め涙を流すフェイエル。
姿は確かに兄ではあるが、狂気を纏うその《何か》が憎しみの果ての闇の代償の様に見えて、歪んだ笑みを浮かべる兄の顔を見詰める事しか出来ずにいた······。
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