#57 ある全てを捧げた魔法師の物語14
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(怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い······アレは一体何? 身体の震えが止まらない、音を立てて鳴る歯と全身を覆う恐怖が止まらない。······あれ、身体ってどう動かしていたっけ? 私は今何をしていたの? 私は、私は······私は)
「マリーさんっ! しっかり、こちらを見て下さいっ‼」
「······ぁ、え? リエ、メル、さん」
「そうです。私が分かりますか? 大丈夫、もう大丈夫です。貴女は余りの殺意に耐えきれず、一時的に自身の中へと籠ってしまっていた様です」
マリーの両頬をしかと両手で挟み込み、鋭い蒼眼で見詰めるリエメル。虚ろな瞳をどうにか動かし漸く反応を示したマリーを見ると、その鋭い眼光はいつもの優しいものへと変化する。
そうして、強く抱き締めながら心からの安堵をその顔に浮かべるのであった。
「良かった、漸くお気付きになられたのですね。······しかし、まだ安心出来る状況ではありませんので最大限の注意を払っていて下さい。気をしっかりとお持ちになって」
「リエメルさん······。すみません、あの人に睨まれて言葉を投げ掛けられた瞬間に、頭が恐怖で一杯になって」
「いいのです。大丈夫ですよ、もう怖い事などありません。私から決して離れぬ様にしていて下さいね? ······今すぐあの愚者に自らの行いを死ぬ程後悔させてみせますので」
え。と、小さく呟く未だ震えるマリーの身体を優しく離れ、リエメルはその慈愛に満ちた顔を一変させる。それはとても冷徹で、視線だけでも敵を射殺さんばかりの憤怒を込めていた。
未だ激しく戦闘を繰り広げる《魔王》と名乗る者と、それに応戦する二人の過去の《英雄》達。一人はその手に光の剣を携え、一人は激しく燃え盛る炎をその身に纏い爆発音を響かせる。
その戦闘を冷たく見据え、リエメルは手に持つ大きな杖を地面へと一突きする。すると、魔力が波紋状に広がり消えてゆく。
「マリーさんに殺意を向ける行為、万死に値します。いいでしょう、その喧嘩私が代理としてお受けします。自身の存在自体を後悔しなさい。······集いて廻れ、廻りて纏え。魂無き器に我が言葉を紡ぐ許可を与えます。現れ出でよ、《詠う者達》」
リエメルが言葉を紡ぐと、周囲の地面から美しい女神像が現れる。リエメル達を中心に四体の女神像がそれぞれ四方向へと対称的に立ち並ぶ。
突然地面から突き出てきた女神像達はリエメルの声を発してそれぞれに言葉を紡ぎだす。その何処か浮世離れした神聖な光景に囲まれるマリーとフェイエルは、周囲を渦巻く魔力にただ圧倒されていた。
「凄い······全ての像がそれぞれ違う詠唱を始めています」
「あの像一体一体に込められている魔力の量も相当です。それに······何やら優しげな温もりすらも感じます」
「マリーさん、それにフェイエルさんも。よく見ておいて下さい。これが魔法の可能性。我が人生を掛けて学び、蓄えた叡知の一端。今こそ《大賢者》と謳われる私の力をご覧に入れましょう。······参ります。《土》よ、その力を解放せよ」
「大イナルソノ手デ全テヲ掴メ。顕現セヨ、大地ノ手」
《土》と呼ばれた女神像が胸の前で組まれた手を天へと伸ばし言葉を紡ぐ。同時に離れた場所にいる《魔王》と名乗る者の足元から幾つもの《土》の腕が伸びて殺到してゆく。
「んお? って何だぁこりゃあ!? 気持ち悪っ! なーんて、俺様が言うなってな、ヒハハハハハ!」
「今の内に精々笑っておきなさい。直ぐに笑えなくして差し上げますよ。······《水》と《風》よ、その力を解放せよ」
『凍テツク氷柱ヲ以テ其ノ身ヲ刺シ貫ケ。顕現セヨ、氷ノ棘柱』
《風》と《水》の女神像が声を揃えて紡いだ言葉と共に、今度は鋭利な氷柱が足元からとてつもない速さで伸び、《魔王》と名乗る者へと迫る。
《水》と《風》を掛け合わせ《氷》を発生させ、更に本体の氷柱から無数に枝分かれした氷棘が追撃を仕掛ける。しかし、それを楽しむかの如く嬉々として避けてゆく《魔王》。全てを危なげ無く避け、尚且リードとエミリーの鋭い猛攻を往なしてみせる。
「ヒハハハハハ! いいねぇいいねぇ、楽しくなってきたぜぇ! その調子でどんどん来い、もっと踊ろうぜぇ!」
「その耳障りな声を止めてみせましょう。合わせなさい二人共······氷柱よ、爆ぜよ」
リエメルの言葉に反応し、無数に伸びた氷柱が一斉に砕け爆散し、《魔王》を巻き込み氷塊を周囲に四散させる。しかし、その氷塊を自身の身に纏う闇を以て防ぎに掛かる。
「んおっ、危なっ!? けどよ、その程度で俺様をどうにか出来ると」
「思っているさ!」
「なっ、にぃ!?」
完全に防御に回った闇を纏う《魔王》を、その闇ごとリードの光の剣が切り裂いてみせる。その斬撃は完全に降りきられ、邸を覆っていた闇すらも光の軌跡で薙ぎ払う。
氷塊が四散し身動きの取れないその場をエミリーが自身の炎で焼き払い一本の道を作り出す。その道は動きを止めて闇に包まれた《魔王》へと続く一本の道。その一瞬の隙を見逃さず、リードは《魔王》へと肉薄し全力の斬撃を放ってみせた。
「漸く動きを止めましたね。ついでに、永劫にその息も止めておきなさい。《土》よ、捕縛せよ。続いて《水》と《風》と《火》よ、合わせなさい」
切り裂かれた闇へと大質量の《土》の腕が殺到する。幾つもの《土》の腕が押さえつけ、折り重なりその動きを完全に封じ込める。それを見計らい、リードとエミリーは速やかにリエメル達の元へと待避する。
その間にも、《風》の女神像は周囲を包み込む暴風を発生させ、《水》の女神像は更に暴風の内側へと水の幕を張る。《火》の女神像は両手を広げてリエメルと同時に同じ言葉を紡いでゆく。
『炎よ、風を孕みて燃え上がれ。不浄の全てを焼き尽くせ、聖炎の産声を高らかに謳え。······備えなさい、参ります』
『招炎業火、大気よ爆ぜよ』
閃光が瞬き、途方もない熱量が《土》の腕が押さえつける闇を中心に巻き起こる。
その衝撃は凄まじく、発生現場より離れていて尚且《風》と《水》に守られているその場所ですらも容赦なく巻き込んで爆炎を巻き起こす。
その余りの衝撃に大きく身体を煽られる小さなマリーとフェイエル。その二人をしっかりと支えるリードとエミリー。その中にあっても尚、直立不動で眼前を見据えるリエメル。
爆風は容赦無く邸があったその場所を瞬時に吹き飛ばし、天をも貫かんとする炎柱が突き上がる。
闇に覆われ、血と臓物が降り注ぐその街に突然発生した炎柱は、暗闇に包まれた広大な《貿易都市ラングラン》全域をもその超大な炎で眩く照らす。そして、やや遅れて巻き起こる爆風が街中を駆け巡り、屋根や木々に至る様々な物を吹き飛ばし彼方へと運んでゆく。
その途方もない暴力的な破壊の光景を建造物の中から目にした住人達は、等しく己の死とこの世の終わりを強く意識したという······。
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