#56 ある全てを捧げた魔法師の物語13
「兄さん······もう止めよう。僕はそんな兄さんを見たくない、見たくないよ!」
「フェイ、エル? 本当にフェイエルなのか? どうして、お前は死んだ筈だ······」
「······うん、僕はもう既に肉体を離れているよ。けど、ここにいるマリーさんのお陰でまた兄さんとこうして会うことが出来たんだ。ねぇ、頼むよ兄さん! もう止めよう? 最後まで僕が一緒に居るよ。だから、だからっ!」
涙を散らしフェイエルが叫ぶ。心からの言葉を伝えるためこの場に来た、その全てを吐き出す様に兄へと叫ぶ。
その様を見詰めるマリーは自身の胸を締め付ける様な痛みを感じ、思わず自身の胸の前で拳を握る。どうか伝わる様にと願いを込めて。
静かに俯くクレイグは、まるでフェイエルから目を反らす様に微動だにせず、ただその身に纏う《闇》だけが禍々しく漂うのみ。しかし、その漂う《闇》は決して宿主からは離れずより一層の深さで包み込む。
やがて、静かに顔を上げたクレイグの瞳には光は無く、ただ赤黒い血を流して震える唇を弱々しく動かす。
「フェ、イ、エル······すまない、すまない。もう、手遅れなんだ。もう止められないんだ。だから、だから俺を······俺を、頼む」
「コロシテヤルヨ」
突然声色の変わったクレイグは、爆発的に《闇》をその身から放出する。身体は痙攣を起こし、苦し気な叫びを上げて《闇》を放出するさまにリードとエミリーは油断無く構える。
「な、何よこれ······この《闇》の質量はまるで」
「······うん。あれではまるで、嘗ての《魔王》と同質の《闇》だ。どうやら手を抜いてどうにかなる話じゃなくなった様だ······エル! マリーちゃんとフェイエル君を!」
「分かりました。しかし、これ程の《闇》と魔力の量とは······。リードちゃん、此方は任せなさい。マリーさんとフェイエルさんは私の側を離れぬ様に。《アレ》は既に貴方の兄ではありません」
「兄さん! 兄さんっ‼」
「いけません! フェイエルさん、近付いては危険ですっ! 貴方まで取り込まれてしまいますよっ!? 何なのですか、あれは一体何なのですか?」
一行の前にて未だ《闇》を放出し続けているクレイグであったものは、今はその声色も変わり別の《何か》へと成り果てていた。
嬉々として大きく高笑いを響かせるその《何か》は、やがてその狂気に満ちた顔を一行へと向ける。満面の笑みを浮かべ心の底から嬉しそうに笑うその顔は、今までの苦し気なクレイグの表情とは一変し、血涙を流す瞳はまるで底の見えない《闇》そのものへと変わり果てていた。
「ヒハハハハハ、久し振りの肉体ゲットーッ!! いやぁー実に久し振りだ、久し振り過ぎてどれ程前だったのか忘れちまったよ、ヒハハハハッ!」
「······肉体? 何を言っている。クレイグ君、一体どうしたんだ?」
「あーん? どちら様? せっかく絶好調な肉体をゲットしたってーのに変な横槍入れんなよ。クレイグ? 知らねぇよ、誰それ? ......んん、ああーこの肉体に入ってた奴かね? ヒハハハハ、只今お休み中だ。残念!」
「ならば質問を変えようか。お前は一体《誰》だ?」
「《誰》? 何お前、俺様の事を知らねーの? って、知る訳ねーってな! ヒハハハハッ! しかしそうか。んー、そうだなぁ······《誰》、か。クフフ、そうさな······再びこの世を面白可笑しく変えてやる記念に教えてやろうかねぇ」
未だににたにたと気味の悪い笑みを浮かべる《何か》が両手を広げて声高々にその《名》を口にする。決して口にしてはいけない者の《名》を。
「全世界の虫共よ! その耳かっ穿ってよーく聞けぃ! お久し振り、《魔王》様の再臨でーっす!」
その名乗りと共に《闇》がその空間全域を物凄い早さで覆い始める。そして楽しそうに、嬉しそうにその《魔王》と名乗った者は笑う。まるで自身の生誕を祝う様に、まるで自身の事を祝福する様に。
「ヒハハハハハ! ようこそ俺様、再びこの世を愉快で刺激的な世界に変えてやろう! 楽しいだろうなぁ、笑えるんだろうなぁ、ヒハハハハハ!」
「《魔王》······だって? 今、《魔王》と言ったのか? ふざけるなよ、ふざけるな! お前が《魔王》の訳が無いっ! 《魔王》はそんな下品な笑い方などしていないっ‼」
「あぁん? そりゃお前、そういう《設定》で······って、んん? 何だお前等、普通の人間じゃあねぇな? それにお前、そのツラは確か」
高笑いを止め、《魔王》と名乗る何かはリードの顔を食い入る様にまじまじと見詰める。そして、間の抜けた声と共に再び喚きたてる。
「んんーっ······あ、ああーーっ‼ 思い出した、お前アレだろ、《勇者》様だ! 誰かと思いきや《勇者》様じゃねーかよ! ひっさし振りー‼ 元気? ねぇ元気だった? 《あの時》は本当に愉快で刺激的な一時をありがとな! いやー、あの時は本当にさぁ······ってよ、なぁーんで勇者様が居るんだよ? それにぃー、良く良く見りゃあ知った顔が幾つかいるなぁ。んー······あーそう、そういう事かい。あの野郎、手ぇ出さねーなんて言っておいてしっかりと出してんじゃねーか! ヒハハハハハ! 笑えるぜ‼」
「何だ、お前は一体何を言っている! 何故僕を知っているっ! 答えろ‼」
「ヒハハハハハ! あーあー落ち着け落ち着け、怒んなよ、な? そうさな、相手がお前等ってのに何やら運命的なモンを感じちまうよな。そんじゃ、優しい俺様が少ーしだけ教えてやろうかねぇ。けどよ、その前に······俺様の質問に答えろや」
瞬間、今までの剣呑な空気は一変し、身動ぎの一つも出来ぬ程の殺意と恐怖がその場を支配した。嫌な汗が額を伝い落ちるも、少しでも動けば殺されるという明確な死を誰もが感じて動けずにいた。
「なぁ、どれよ? どれがあの腐れ主神の使いなんだよ? 見た感じじゃあ、うーん······お前か?」
「ひっ!? あ、ああぁ······」
「んんー? あぁじゃ分かんねーよ。ほれ、怖がらずに言ってみ、お前だよなきっと。そこのおチビちゃんよ?」
「あ······わた、私は、その」
「はっきりしろよぉー。消しちまうぞ? ほれ、早く答えろよ。お、ま、え、だ、ろ?」
「っ、ぉおおおおおおおっ‼」
《魔王》と名乗る者の一際強い殺意をマリーへと放った瞬間、リードが全力でその《光》の剣を横薙ぎに振り払う。
「っとぉ、あっぶな。ヒハハハハハ! 流石勇者様だ! そうだな、そうでなくちゃな! よーしよーし、話は後にして遊ぼうぜ!? 久し振りに戦いってやつを満喫させてくれよ!」
「エミリー! 全力だ、殺す気で本気でやるぞ‼ メル、マリーちゃんとフェイエル君を!」
「くっ、本気で、ね。いいわ、覚悟しなさい! 例えあんたが《魔王》だろうと何だろうと、徹底的にぶっ殺すだけよっ‼」
「マリーさん! しっかり、しっかりして下さいっ!? 気をしっかり持って! 大丈夫です、もう大丈夫ですから!!」
突然始まった戦闘よりも、マリーは先程《魔王》と名乗る者から受けた明確な殺意にただただ身体を震わせる。歯はがちがちと音を立て、小刻みに呼吸を繰り返す。余程の恐怖だったのだろう、焦点は合わず宙をさ迷いリエメルの声すら届いていない。
震えるマリーを強く抱き締めるリエメル。その小さな身体は未だに恐怖に怯え、震える身体はその地面を濡らす程の恐怖を味わっていた。
マリーの人生に於いて、これ程の恐怖を真正面から味わったのはこの日が初めてであった。その心までをも蝕む恐怖に立ち向かう程の強さは、今のマリーは持ち合わせてはいなかった······。
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