#55 ある全てを捧げた魔法師の物語12
「ぐっ······ふふっ、どうした? 随分っと、苦しそう、だな。《闇》の侵食が······っく、余程堪えると見える」
「うるっ、せぇ! うぐっ、ゲホッ! っく、······随分とっ、粘りやがったなっ! テメェは一体、何なっんだよ! 逃げてばかりじゃねぇか!」
「ぐほっ······ふふっ、私が何の知識も無く、《闇》と対峙するとでも? ここで、っ······少しでも時間を稼げば、それだけお前の命を削られる事などっ、既に承知しているさっ。私はただ、全力を以て逃げ続ければいいだけの事よ。しかし、っく、それも最早ここまでか」
瓦礫に身を沈める《ガルガン・モーガン》と、立っているのも辛そうに身体を左右にふらふらと揺らすクレイグが《闇》に覆われた邸の広間で対峙する。
既にその身の至る箇所に傷を負い、満身創痍で瓦礫に身を預けるガルガン。どれ程の時間《闇》を行使するクレイグと対峙していたのか、最早それすらも覚えていないだろう。血に塗れた虚ろな瞳はしかし、クレイグをしっかりと視界に入れている様だ。
片や、対峙するクレイグもまた傷らしい傷は無くとも、息をするのも辛そうに深く荒い呼吸を繰り返している。威勢の良い啖呵を切ったガルガンは、終始逃げに徹し稀にしてくる攻撃と言えば目眩ましや此方の行動を妨害する様な嫌がらせの様なものばかり。それは戦闘と言うよりも、時間稼ぎを主体とした戦術だった。
ガルガンは《闇》に対抗する手段など初めから持ち合わせてはおらず、クレイグをこの場に長く留め置く事にのみ尽力し今に至る。
《闇》に見入られし者は何れも発生した後から長くは生きられない運命にある。それをガルガンは前知識として持っており、この《貿易都市ラングラン》への被害を最小に抑える為に最初からその身を捧げる覚悟を決めていた。
そうして、力の続く限り逃げ回り自身のその顔に精一杯の笑みを浮かべてみせる。
「ぐふっ······ふふっ。なぁ、お前の名を聞かせてはくれんか? 名も知らぬ者に討たれては死んでも死にきれん」
「ぁあ? っく、名だと? それが、お前の遺言て事でいいのかよ?」
「ああ、構わん。お前の事を教えてくれ。私の最後の願いだ、よもや嫌だとは言うまいな?」
「······ちっ、馬鹿が。これ以上お前に時間を使う訳がないだろっ。もうっ、充分だろう、がっ。名だけは教えてやる、それで満足してさっさと死ねっ」
残念だ。と、視点の合わない瞳でクレイグを見やり笑う。《闇》を纏うクレイグの姿はまるで、ゆっくりと確実に迫り来る自身の《死》そのものに見えていた。
その《闇》はガルガンの目の前で立ち止まると、その右手でガルガンの首を刈る為に静かに構える。
そして、何処か寂しげな表情を浮かべその血色に染まる目を少しだけ細めて言い放つ。
「······よぉ。やっぱりよ、礼は言っておく事にする。偽善かもしれねぇあんたの行為は、確かに俺達を救っていたんだよ。ありがとよ、ガルガン・モーガン。あんたは確かにこの腐った街の《最後の良心》だったよ」
「······もし、違う形で会っていたなら、私達は分かり合えたのか?」
「その未来は来なかった。今が全てだ、それ以上でも以下でもねぇ。じゃあな、時間だ。最後にしっかりと聞きやがれ、俺の名は」
その時、周囲を覆っていた《闇》が轟音と共に縦に真っ直ぐ切り裂かれる。
大きく見開かれたガルガンの瞳と、同じく呆気に取られるクレイグ。そして次の瞬間、突然《闇》が切り裂かれたその現状を理解する間もなく、クレイグはガルガンの視界から消え失せる。
変わりに立っていたのは、紅髪の美しい女性が振り抜いた右足をそのままに、綺麗に姿勢を保っている姿だった。
◆◇◆◇◆
「っし、命中っ! 久し振りに本気で蹴り抜いたわ。······おっ、大丈夫? 生きてて良かったわねあなた」
「なっ、何だ? これは······君が?」
「残念ながらやったのは私の夫よ。さ、あなたの役目は終わり。よく耐えたわね」
清々しい笑顔を向けるエミリーにガルガンは困惑しつつ、たった今起こった奇跡の様な出来事を未だに理解出来ずにいた。
そんな時、また新たな声が破壊し尽くされた広間へと響き渡る。
「エミリー! そのまま生存者を頼む、彼の相手は僕がする!」
「何言ってんのよ、私も参加するわよ。分かってるとは思うけど殺しちゃダメよ」
「大丈夫、抑えてみせる。余り前に出過ぎない様にね」
「りょーかい。と言う訳で、さっさと立ちなさい。って、瓦礫のせいで立てないのか。ごめんごめん、ちょっと待っててね」
「絞まらないですね《赤鬼》。さっさと助けてサポートに回りなさい。その方は私とマリーさんが」
《光》の剣を構える青年に続く様に次々と目の前に現れる人物達。美しい長身のエルフと思わしき人物に続くまだ幼い二人の少年少女。目紛るしく変化する状況についていけず、成すがままにされるガルガン。それを置き去りにリエメルは瓦礫を風で吹き飛ばす。すかさずマリーがガルガンを優しく引っ張り出しリエメルの後ろへと避難させる。
「き、君達は一体······」
「驚かせてすみません。後は私達が受け持ちますので、どうかご安心下さい」
「マリーさん、その方にこちらを。飲めば少しは楽になります」
「ありがとうございます、リエメルさん」
どうぞ。と、マリーが笑顔で差し出したそれは、薄緑色に淡く光る不思議な液体だった。その何やら怪しげな液体を明らかに渋い表情で見詰めるガルガンは、笑顔で見詰めるマリーにやがて根負けし、覚悟を決めたかの如く一気に煽る。
喉を通る苦味の強いその液体に少し顔を顰めつつも、やがて自身の身体から痛みが和らいでゆく不思議な感覚が全身を満たしてゆく。
「な、何だこれは······? 痛みが、引いてゆく?」
「世界樹の葉を煎じて作った《ポーション》です。痛みが引いたのなら、いち早くこの場から離れなさい。貴方の身の安全までは保証し兼ねますので」
「なっ!? そんな高価な······いや、しかし私もこの街を統べる者の一人として」
「邪魔だと言っているのです。足手まといは必要ありません、外に貴方を待つ者達がおります。速やかにその一団と安全な場所まで避難して下さい。二度は言いません」
「む、ぅ。わ、分かった、すまん。どうか頼む」
リエメルの有無を言わさぬ態度に仕方なくその場を離れてゆくガルガンを見送るマリー。そして、マリーの隣にいたフェイエルがリエメルの前へと走り出て叫ぶ。
「兄さん、クレイグ兄さん! もう止めよう、これ以上罪を重ねないでよ!」
その声が届いたのか、エミリーに物凄い勢いで蹴り飛ばされ壁であった瓦礫に埋まるクレイグが反応を見せる。
「······フェイ、エル? フェイエルなのか? 何処だ、何処だフェイエル!」
「兄さん! 僕はここだよ、ここにいるよ!」
瓦礫を跳ね除け漸くその血色の瞳に捉えた弟の姿は、全身無事でよく見慣れたままの姿で離れた場所にて佇んでいた······。
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