#54 ある全てを捧げた魔法師の物語11
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「はぁっ、はぁっ······さぁ、漸くだ、漸く終わりだ。《八商連合会》最後の一人。お前を酷たらしく殺して住人共の前に晒してやる······!」
クレイグ・ノーツがその身を引き摺りたどり着いた先、《八商連合会》最後の一人が邸でその主と対面する。
《ガルガン・モーガン》と呼ばれた初老の人物は、明らかな殺意を放つ侵入者のクレイグを自身の邸の広間にて待ち受けていた。
「構わん、好きにするといい。既に覚悟は決めている。お前が生まれる前より先にな」
「······はんっ、流石はこの街の《最後の良心》と言われるだけはあるよな、話が早くて助かる。それに······邸の連中はどうしたよ?」
クレイグの言う通り、その閑散とした静まり返る広間にはクレイグとガルガンのみが居るのみ。このモーガン邸は他の《八商連合会》のどの邸とも違い、一切の抵抗も無く従者や私兵に至るまで全く見当たらないのだ。
それを訝しげに顔を顰め周囲を警戒するクレイグに、ガルガンは鼻を鳴らし当然とばかりに言い放つ。
「他の者達には暇を出した所だ。余計にお前を刺激し命を無駄に散らさぬ様にな。最後の時位は家族や愛した者達と過ごすのが良かろうよ。それに、お前の狙いは私の首だろう? だからくれてやると言っている」
「潔い事だ、余計な手間も無くて助かる。······あんたには俺も散々助けられたよ。スラムでの炊き出しや衣服、弟の風邪薬に母さんの病気の診断まで色々な。本当に助かった、ありがとう」
クレイグはその場で静かにガルガンへと頭を下げる。この《ガルガン・モーガン》は、定期的にスラムの住人達に食料や衣服の提供、更には健康面にも配慮し医師達を派遣して検査までさせている程の慈善家である。その活動はスラムだけに留まらずこの《貿易都市ラングラン》の住人達にこの街の《最後の良心》と謳われ広く慕われている人物だった。
血塗れで《闇》を纏う異質な少年が頭を下げる異様な光景にも眉一つ動かさずに微動だにしないガルガンが静かに口を開く。
「ふむ······。やはりお前はスラムの少年か。《闇》に見入られる程の憎悪と殺意、お前に何があったかなど私には到底分かる筈もない。が、これだけは言っておこう。街の者達には手を出すな」
「それは無理だ。あんたも本当は分かってんだろ? この街は既に終わってんだよ。とことん腐ってやがるんだよ。全てを潰して綺麗にしないと何も変わらねぇんだ······。あんたがやってる慈善活動も全て無駄なんだよ」
「無駄、か。いいや、そうでもなかったぞ。現に、この街を絶望の淵に叩き落としている者に感謝をされている。それだけでも価値のある事だと思うがな。それに、何か勘違いをしている様だが私は慈善家などではない」
「あん? じゃあ何だってんだよ。まさか、あんたまで他の《八商連合会》みたいに裏で何かやってんじゃ」
「見くびるな小僧。あの連中と一緒にされるのは心外だ。スラムへの活動の全ては、私のせめてもの謝罪のつもりだった。決して慈善などの綺麗事ではい、只の私の個人的な自己満足。慈善ではなく偽善だ」
自ら偽善だと言い放つガルガンに、クレイグは訳が分からないと眉間に皺を寄せる。そんなクレイグにもお構い無しとガルガンは続け様に語りだす。
「私はな、お前が生まれる前よりこの街の在り方を憂い、どうにか《八商連合会》の考え方その物を変革しようと一人奮起してきた。しかし、結果はお前の知るこの街よ。何も変わらないし変えられなかった。幾ら私が奮起した所で奴等《八商連合会》は何も変わらず、弱者から全てを貪り自らの私腹を肥やす事のみ考えていた。そんな自らの不甲斐無さを隠す様に、スラムの住人達の手助けを長年続けてきただけに過ぎん」
笑え。と、この時初めてガルガンの顔から威厳や敵対心が消え失せ、とても弱々しく笑みを浮かべた。
そんなガルガンを見詰めたまま、クレイグは静かに語り掛ける。
「そんなあんたに俺達は確かに助けられてきてんだよ。あんたの考えなんざ俺には分からねぇし、俺の考えも分からねぇだろうよ。そんなもんだ、そんなもんなんだよ。所詮人なんて分かり合えねぇんだよ。打算的な偽善者共、強欲な支配者共、楽観的な住人共······それら全てが等しくこの街そのものなんだよ」
だからよ。と、目を伏せて昔の貧しくも幸せだった日々を思い出すクレイグは全ての思いを込めてその言葉を口にする。
「お前もこの街も全部死んじまえよ」
「それは容認出来んよ。私で止めておけ、それ以上死を背負うな。お前の恨みは甘んじて受け入れよう。しかし、この街は潰させる訳にはいかん」
「だったらどうするよ、抵抗してみるか? こっちとしては、出来るだけ痛みを与えずに死なせてやろうと思っていた訳なんだがよ」
「そうだな、少しばかりは抵抗させて貰うとしようか。この街は潰させる訳にはいかんのだ。例え相手が《闇》であろうと《魔王》であろうと、な。私にはこの街の代表の一人として、最後までこの街を守る義務がある。そして、潔く散る覚悟も決めている。さぁ、そんな私を踏み潰してみせろ、お前を散々にそうしてきたこの街の様にな」
「そうかよ、それだけの覚悟があってもこの街は変わらねぇんだな······。分かった、あんたを全力で踏み潰してやるよ。その後にゆっくりこの街の連中を殺してやる」
精々抗ってみせな。と、その言葉を最後に広間は戦場と化す。お互いの譲れぬ想いと意地と命を掛けた戦いが幕を開けた。
互いの目に確たる信念を灯し、決して引けぬ戦いが始まる。
広間に轟音が響き渡り、その場を破壊していく最中、既に邸全体は《闇》に覆われ立ち入る事は愚か、中の騒動すらも一切その外には漏らす事はしない。その邸をただただ見守る一団がいる。
彼等はこの邸に勤める従者や私兵達だ。主人により介入を厳禁されつつも、最後の時には共にその命を散らす覚悟で全ての者達が集まり見守っていた。
その目には涙が滲み、悔しさに強く握り締める拳からは血が滴る。それでも、主人の厳命を守る為一切の手出しをする者はいなかった。
そんな中、その一団を押し退けある一行が《闇》へと進み出る。突然の出来事に一団は唖然とするも、その一行へと私兵の一人が声を掛ける。
「お、おい! あんた達何をやっているんだ!? それ以上近付くな、危険だぞ!」
静止する声を諸ともせずに、ただ《闇》のみを見据える瞳は何処までも真っ直ぐで。風を周囲に発生させて降り注ぐ全てを弾き飛ばし、地面に転がる全てを焼き払い、美しく輝く《光》の剣を天へと掲げる。
その時、一行の中の少女が振り返り一団を見据えて静かに口を開く。
「私達はそれを止めに来たのです。皆さんはお下がり下さい。これ以上悲しみを増やさぬ為に、どうか私達にお任せ下さい」
優しく微笑む少女は何とも言い難い独特の雰囲気を漂わせ、他の一行達からも何やら恐縮してしまう様な空気すらをも感じる。
そして、天へと掲げられていた剣は遂に《闇》へと降り下ろされる。そこに居並ぶ一団達の瞳には、その光景はまるで幼い頃に伝え聞いた《伝説》の物語の一頁の様に神秘的に輝かしく映っていた······。
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