#52 ある全てを捧げた魔法師の物語9
「成程、あんた達がだらだらと揉めている理由は解ったわ。けど、それも既に解決ね。何せこの私がいるんだから! そうと決まれば、さっさとその《闇》に取り込まれた馬鹿を叩きのめしに行くわよ!」
《エミリー・カレンス》が大方の事情をマリーから聞いた後の第一声は、今までの険悪な空気を吹き飛ばす程の清々しさを纏っていた。
「あの、エミリー? 話が全然纏まってないんだけど······」
「貴女が入ると余計に話が拗れます。黙っていなさい《赤鬼》」
それに対して、リードは顔色を伺う様に恐縮しながら、リエメルは未だに敵意を剥き出しにして食い付く。
「《赤鬼》言うな。何でよ、全て解決してるじゃないの。私とメルでこの子達を守ってリードが《光》で《闇》を中和しながら進む。完璧な布陣じゃない。何が気に入らないってのよ?」
「いや、だからさ······マリーちゃんを連れては行けないって話な訳で」
「は? なにあんた、マリーちゃんだけ仲間外れにしようっての? この馬鹿! だからあんたは馬鹿リードなのよ! よく見てみなさいよ、マリーちゃんの瞳を」
「えっ······瞳を?」
言われてリードは困った顔でマリーに視線を向ける。そこに居たのは先程まで泣いていたであろう少し赤い目に、不安と恐怖と確かな決意を秘めたマリーが此方を伺う様に立っていた。
「分かる? この状況にも関わらず、あんた達や街の人達、況して《闇》に飲まれた子までも心配してんのよ。怖くて不安なのに、よ? こんな小さな子が覚悟決めてんのよ。そんな子すら守ってやれない程に、《勇者》のあんたは日和ってる訳!? いつものあんたの口癖はどうしたのよ! 言いなさいよ、《何があっても絶対守ってみせる》って!」
「あ······」
エミリーの強く真っ直ぐな言葉は、確かにリードの心の奥深くに突き刺さる。リエメルもまた、小さな溜め息を落としエミリーには見えない様にそっと微笑みを浮かべた。
そして、一度大きく息を吸い込み自身の頬を二度程強く叩いたリードは強い眼差しでマリーを見詰める。
「ごめん、マリーちゃん。僕が間違っていた様だ。君の覚悟や決意を踏み躙る所だった。余りに君を尊く思うあまり過保護になり過ぎていた様だ。許して欲しい」
「いいえ、私こそ我が儘ばかりで······本当にすみません」
「いいや、いいんだ。それでいいんだよ、マリーちゃん。その我が儘すら叶えてやるのが、僕の使命であり存在意義なんだよ。そう、君にはこう言うべきだったんだ······さぁマリーちゃん、共に行こう。何が起きても、何があっても必ず君を守ってみせる。僕が必ず君の願いを叶えるよ。だから行こう。君の進む道が僕の行くべき道であり、切り開く道だ。僕に任せて、必ず君を導いてみせる。信じてほしい」
「リードさん······ありがとうございます」
リードの心からの言葉を真っ直ぐに受け止めて、マリーはほんの少し瞳を揺らす。そして、礼を述べた後にエミリーがその頭を優しくも強く撫でやる。
「よっし、それでこそよリード! あんたはやっぱりそうでなくっちゃね? さて、纏まった所で早速行くわよ、目的の《闇》の子の場所にフェイエル少年を届けなきゃ!」
「ごめんエミリー、醜態を晒した様だ。リエメルもごめん、君の気持ちも考えずに言い過ぎた。本当にごめん」
「ふんっ、まぁ許してあげます。エミリーもたまには良いことを言いますね。《赤鬼》の癖に」
「《赤鬼》言うな。次は本気でぶっ飛ばすわよ?」
笑顔を浮かべる三人を見上げてマリーは思う。これが幾多の戦場を潜り抜けてきた《英雄》達の姿か、と。どんな窮地に陥っても、決して心は折れず直ぐ様気持ちを立て直す。そしてきっと笑うのだろう。不安や恐怖など物ともせずに、互いを信じて支えるのだろう。そして、きっとどんな窮地で在ろうと跳ね除けてしまうのだろう、と。
マリーの瞳に映るその大きく逞しい三人の背は、とても強くて眩しくて。今でも語り継がれる正に《伝説》そのものだった······。
◆◇◆◇◆
「お前で七人目、だ。鬱陶しい、散々梃摺らせやがって。お前が幾ら足掻こうが、その尽くを潰してやる。お前らが俺達にそうした様にな! 今こそ弱者の痛みを思い知れ······お前らが踏み躙って嬲り殺してきた全ての者達の痛みを思い知れっ!」
邸中に響き渡る悲鳴と肉を擂り潰し骨を砕く不快な音。鼻につく臓物と鉄錆びの匂いが充満するその空間で、唯一佇む少年が一人。
その顔は精気が消え失せ、瞳は虚空を見詰め、既に自身の目的すらも消え失せ果てる間際の様だった。
しかし、呻き声と共に再び意識を覚醒させ、鋭い眼差しで周囲に広がる《闇》を一点に睨み付ける。
「······まだだ、まだ終わっていないっ! 全てをやり遂げるまでは終われないんだっ! もう少し、もう少しなんだ。それが終わるまでは、っ」
苦し気に自身の胸を支えつつも、その狂気に染まった眼差しで《闇》に抗い続ける少年。既に自身の末路は分かりきっている。しかし、その命が《闇》へと呑み込まれる前にやるべき事がある。
「見ていろフェイエル······お前を、母さんを苦しめ塵の様に扱ってきたこの街を、必ず俺が壊してやる。この腐った街の全てを俺が壊してやる! だから、もう少しだけ俺に」
その身を引き摺る様にして誰も居なくなった邸を後にする。未だに顔は精気が消え失せてはいるが、その狂気の眼差しだけはぎらぎらと光を放つ。最後の《八商連合会》の一人がいるであろう場所を一点に睨み付け、血と臓物の降り注ぐ《貿易都市ラングラン》の街並みを《闇》を引き摺り歩いてゆく。
決して曲げない歪んだ復讐心と、愛した家族の幻想と、貧しくも幸せだと思えたあの日々を想いその瞳から一筋の血が流れ落ちる。それは、降り注ぐ血の雨なのか自身の涙だったのか。それすらも分からなくなり、ひたすらに血に塗れた街中を歩いてゆく。
必ず遂げなければならい。必ず成さねばならない。必ず思い知らせなければならない。血塗れの少年こそがこの《寄せ集めの街》が産み出した《闇》そのものだった。
今まで散々好き勝手に振る舞い、人を食い物にし、沢山の人々の想いを踏み躙ってきた報いを、この《貿易都市ラングラン》は今正に受けようとしている。
懺悔の時間は終わりに近づき、残るは審判のその瞬間のみ。如何に慈悲や赦しを乞おうが決して届きはしないだろう。人々の心の《闇》を纏う少年には、決して届きはしないだろう。
しかし、もしもその《闇》の化身と化した少年の歩みを止める者がいるとしたならば、それはきっと······。
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