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#50 ある全てを捧げた魔法師の物語7





◆◇◆◇◆





「よぅ、最後に言い残す事はあるか? 聞いてやるぞ、ほら話せよ?」


「た、頼む! 金なら幾らでもやる! だから、だから命だけ」


「やっぱり止めだ、死んどけよ」



 言うが早いか、血に塗れた肥え太った中年の頭が吹き飛び、綺麗な絨毯が赤黒く染まる。細かな骨と臓器の一部が部屋中に無造作に散らばるその空間。それは、異質に蠢く《闇》が這いずり回り散らばるそれらを貪り喰らう。


 今しがた頭を吹き飛ばされた人物は《八商連合会》の一人、《ピエル·ラブコ》その人であった。


 力なく横たわるその肉の塊を冷めた眼差しで見詰め自身の《闇》に喰わせつつ、大きく溜め息を漏らし見えぬ空を仰ぎ見る。



「これで四人目······。まだ半分、か。本当にうんざりする。無駄に私兵なんぞ揃えやがって。でも無駄だ、どうせ全員殺す。お前達《八商連合会》は全員なぶり殺しにしてやる。恐怖を嫌という程叩き込んでじわじわと殺してやる。フェイエルにそうした様に全員······ぐっ、ぐほっ! ゲホッ、ゲホッ!」



 言葉を遮り、喉から競り上がってきた大量の血を吐き出し苦しみながら膝を付く。

 そして、自身の血に染まる掌を強く握り締めて立ち上がる。その瞳は確たる信念を持ち、復讐と増悪に濁った赤黒い輝きを放つ。



「俺の命なんぞくれてやる。その前にこの街は······この街だけはっ!」



 その呟きを残し《闇》が全てを喰らい尽くす。《闇》が消え失せ残ったのは、大量に血液が染み込んだ美しい絨毯と争った痕跡が激しく残る荒らされた部屋。声の主の姿は既に其処から消え失せていた······。





◆◇◆◇◆





「······マリーさん、全てを受け入れるのはお止めなさい。この件は確実に貴女の《傷》になる。それでも尚、関わる事を止めはしないのですか?」


「······はい」


「先程も言いましたが、一度《闇》の力を行使した者は絶対に助かりません。強大な力の代償の報いを必ず受ける事になります。故に、いくらマリーさんが関わったとしても」


「それでもっ‼」



 大きく声を張り上げてリエメルの声を遮るマリー。その声は震え瞳一杯に涙を溜めて、それでも必死に声を絞り出す。嗚咽を抑えて未だに声にならない声を紡ぎ言葉を繋げる。



「それでもっ、です。私は、それでも助けたい。関わらなければいけないんですっ! 確かに、フェイエルさんやクレイグさんの世界は救いのないものでした。······けどっ、けどっ! それでもっ、私はっ」


「はっきり言います、《闇》に墜ちた者は救えません。それは恐らく貴女であろうとも例外ではありません。救えないのです、救えない者もいるのです。関われば必ず貴女の《何か》を失う事になりますよ? それでも尚、関わると言うのですか?」


「マリーさん、僕らの為に涙を流してくれて有り難う。だからこそ、そんな綺麗なマリーさんだからこそ······ごめんなさい、やっぱりこの件は関わらない方がいいと思うんです。僕が言うのも今更だけど、やっぱり僕一人で行きます。この身体があればきっと兄さんも気付いてくれる。だから有り難う、僕の話を聞いてくれて。僕らの生きた時間を知ってくれて。それだけでも僕は主神様に感謝する事が出来ます。有り難う、僕の声を聞いてくれて」



 照れながら小さく微笑むフェイエルは、自身の為に涙を流し救いたいと言う少女に頭を下げる。世界にはこんなにも綺麗な涙を流す人がいるという事を、フェイエルはその時初めて知ったのだ。


 そんな美しい涙を未だに流し続ける心優しい少女を、これ以上苦しめる訳にはいかぬと決意を込めて決別の礼を言う。そして、もう一人の人物へと改めて向き直る。



「この度は本当にすいませんでした。僕の我が儘を押し付けてしまいました。でも、それでもお礼を言わせて下さい。有り難うございました、僕は決してお二人の事は忘れません。話を聞いて頂い」


「何をこのまま終わらせようとしているのですか? そんな事が許される訳がないでしょうに。貴方は既に話してしまったのです。それをこのお人好しのマリーさんがはいそうですか、と言うとでも?」



 リエメルから冷ややかな視線と刺を隠そうともしない言葉を一身に浴びて、フェイエルはばつが悪そうに視線を反らす。恐らく怒っているであろうリエメルへと視線を向けるのを躊躇う様にちらちらと様子を伺い口を開く。



「えぇと、その事に関しては本当にすみませんでした······。けど、今の僕にはそれしか手段が浮かばなかったんです。僕は兄さんを止める為ならどんな事でもします。だからすいません、このまま行かせて下さい。自分勝手なのは分かってます。けど時間がないんです、本当にすいません」


「先程も言った様に助ける事は出来ませんよ? それでもまだ向かうと?」


「はい、行きます。例え助けられなくても止める事は出来ると思うんです。これ以上兄さんには罪を重ねてほしくはないんです。だからお願いします、行かせて下さい。そして、僕も兄さんと共に逝きます。全ての罪を僕も一緒に背負います。その覚悟は既に決めています」


「例えそれが貴方の想像を遥かに上回る程の苦痛でも、ですか?」



 はい。と、力強く頷きを返すフェイエルの瞳は決意を込めた青白い光を灯していた。先程まではリエメルと視線を合わせる事すら躊躇っていたが、今はしっかりとその瞳を見据え揺るがぬ意思を示してみせる。


 その瞳を冷ややかに見詰めていたリエメルは大きな溜め息を落とし頭を振る。やがて諦めた様に言葉を投げ掛ける。



「止めても無駄ですね。分かりました、好きにしなさい。しかし、外は既に《闇》の領域と見て良いでしょう。何の対抗手段も持たない貴方がどう兄の元へと辿り着くのですか?」


「うっ······、それは」


「考えていなかった、と。やれやれですね······。もう少しこの場にてお待ちなさい。私達の仲間が此処に着き次第、私がお送りしましょう。それまで大人しくしていなさい」


「ちょっ、リエメルさん!?」


「マリーさん、言いたい事は分かります。しかし、貴女が一体何をすると? この方を守りながら兄の元へと導く手段をお持ちで?」


「そ、それはそうですが······でも!」


「でもは無しです。いいですか、外は本当に危険な状態にあります。その中を二人も守りながら進むのは無謀です。なので、疲れて帰ってくるであろうリードちゃんと共にこの場にて待機していて下さい。恐らくこの街から出す気はないのでしょう。ならば、此処に留まりやり過ごして下さい」



 いいですね。と、有無を言わさぬリエメルにマリーはそれでも食い下がるが全てを拒絶され拒否される。それでもどうにかと諦め悪く喚くマリーをリエメルは涼しげに回避する。



「聞き分けて下さいマリーさん、これはどうにかしたいと思い出来る様な事ではないのです。どう転んでも幸せな結末はあり得ません。救いも希望も無い破滅の道です。貴女が赴く事は容認出来ません。なので私が」


「それも容認出来ないよ。メル、君は引き続きマリーちゃんを頼む。僕が行く、行かなきゃならないんだ。」



 その待ちわびた声に導かれ、一同が部屋の入り口へと視線を向けると······そこには血塗れのリードが息を切らせ真剣な面持ちで立っていた······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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