#48 ある全てを捧げた魔法師の物語5
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「よく聞け、このくそったれな街に住む肥え太った豚共っ! 今からお前達に天罰を与える、誰一人逃がしはしない! この街からは誰一人として逃がしはしないぞ! 全員殺す、殺してやる‼ こんな街は消えて無くなればいい、擂り潰して嬲り殺しにしてやる! お前達がそうした様に、塵の様に殺してやる! ······覚悟しろよ、まずは《八商連合会》。お前達は真っ先に殺してやる」
突如降り注いだ血の雨と共に、《貿易都市ラングラン》にはこの騒動の犯人と思われる者の声が響き渡った。その声はまだ幼く少年然としたものではあったが、言葉に籠る憎悪や殺意は間違いなく本物だと全ての住人達は理解出来てしまっていた。
そして、その声の主は続けざまに言い放つ。
「よく聞け《八商連合会》! 中央通りの噴水を見てみろ、お前達全員同じ目に合わせてやる! 全員だ!」
その噴水を見た者達は驚愕にその身を震わせた。噴水からは真っ赤な血が吹き出し、先日から行方不明になっていた《八商連合会》の一人、《ギャラガン·ロウム》の首と共に邸に居たであろう全ての者達の首が浮かんでいたのだ。
その首は一様に恐怖に染まり無惨な姿を晒していた。
中央通りから悲鳴や驚愕の声が上がり徐々に街中に恐怖が広がってゆく。そして、我先にと逃げ惑う人々に紛れ未だ降り注ぐ血の雨を浴びてリードは急ぐ。先ずは退路を確認する為に門へと急ぐ。......が、そこには既に人々が集まり、必死に外に出ようと試みている様子が遠目でも確認出来た。
しかし、その何れもが尽く《何か》に弾かれ脱出を妨害してる様が見てとれた。
(あれは······壁? いや、違う······まさかっ!? 何て事を、あれは《闇》だ。誰かが《闇》の魔法を行使しているのか!)
リードは事の重大さに驚愕し、同時に怒りが込み上げる。この世界に於いて《闇》の魔法とは禁忌の魔法とされて使用を世界規模で禁止されている。
それは何らかの事情で《闇》に魅入られた者のみが行使する事の出来る破滅と滅亡の力。行使しようとして出来るものではない。その《闇》の魔法を行使する条件は自身の命。その膨大な憎悪の力を行使した者は必ず自身の命を《闇》に奪われ報いを受けるとされている禁忌の力。
その《闇》の魔法が行使されている。それだけでも充分驚異なのだが、既に街全体がその対象にされている事が更にリードを驚愕させた。
(この街全体を覆う程の大規模な《闇》を行使する程の魔力適正を持つ魔法師がこの街に······。間違いなく天性の才を持つ優秀な人物だったろうに。その人物がこれ程に深い憎悪と憤怒を······。危険過ぎる、既に脱出は不可能と見て動いた方がいい。魔法師が力尽きるのが先か、この街が《闇》に呑まれるのが先か。どちらにせよこのままでは不味い、一度戻って二人と合流しよう)
リードがその場を静かに離れようとした、正にその時だった。
周囲からは一際大きな悲鳴が上がり再び空から何かが降り注いだ。
それは人の身体の一部だった。指、腕、足、臓器に至るまでラングランの街全てに降り注いだ。
一体どれ程の人々が犠牲になったのか。どれ程の憎悪と憤怒を抱えているのか。他者には到底計り知れぬ正に《闇》とも呼べる程に深く暗い怨念を目の当たりにし街中は恐怖に染まる。
ある者は蹲り怯えて震え、ある者はその血の雨を浴びて笑い転げる。次々と恐怖が伝染し人々は狂い始める。その一部始終をリードは静かな怒りと共に見届ける。そして思う。
この《貿易都市ラングラン》は欲望の果ての報いを今正に受けているのだ、と。
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「貴方が死者なのは理解しています。それを踏まえ、貴方の存在そのものを消し去る術を私は得ています。それ以上近付かぬ様に、聞かれた事にのみ答えなさい。貴方は何者ですか? この禍々しい外の異質な魔力と何か関係があるのですか?」
「ぁぅ······ぼ、僕の名前はフェイエル・ノーツです。この《貿易都市ラングラン》の生まれで······その、スラム出身です。えと、僕は先日死んでしまったらしく、兄さんを見守っていたんですがその、外の騒動の原因は兄さんが······」
「成る程。外の様子は一先ず置いておくとして、スラム出身にしては物言いが年の割にはしっかりとしている様に感じますが」
「それは······本を読んだり······その、《仕事》の為に仕込まれまし、た」
「《仕事》? ······あぁ、そういう事ですか。それは計り知れぬ苦痛と苦労を」
「え、その年で既に働いていたのですか? 私と余り変わらぬ年頃に見えますが」
マリーは自身と然程変わらぬフェイエル・ノーツと名乗る少年の顔を興味深く覗き混む。すると、恐縮していた少年の顔はみるみると赤くなりマリーから顔を反らしてしまう。
そんな二人のやり取りをリエメルは油断無く手で制し、警戒心を隠そうともせず目の前の少年へと問い掛ける。
「マリーさん、今は一先ずその件は置いておきましょうか。して、貴方は何故私達に救いを求めるのですか? そもそも、貴方は何故死者の身に在りながら私達······いえ、マリーさんに干渉する事が出来たのですか?」
「それは······兄さんを止めようとしていたら、とても温かくて強い力を感じたから来てみたら······マリーさん? と、お姉さんがいて、もしかしたらどうにかしてくれるかも。と思い近付きました。その、ご免なさい驚かせてしまって」
「では、どうやって実体化を? 普通その様な事は出来ない筈ですが?」
「あ、これは実体化という程のものではありません。ただ、僕の魂に残る生前の姿を映しているだけに過ぎません。つまりはマリーさんの力を借りた幻影の魔法の応用です」
「······貴方、それがどれ程の事か理解していますか? それ程の繊細な魔力制御を行えると?」
「僕ら兄弟にはエルフの血が流れているので魔力制御だけなら自信があります。その、お母さんが教えてくれましたから」
顎に手を当てて何やら考えを巡らせているリエメルを恐る恐るといった感じで見詰めるフェイエルと名乗る少年。その瞳は世話しなく動き、不安と焦りが色濃く見てとれた。
やがて、リエメルの射抜く様な鋭い視線を向けられ小さくその身体を震わせた。
「······一応話だけは聞いてあげます。それで宜しいでしょうか、マリーさん」
「はい、構いません。死しても尚この世に留まる程の強い未練を抱えている様子が気になります。それに、外の騒ぎと無関係とも思えませんし」
「はい。では、私達の連れが戻る間に話しなさい。私達には時間が余り無いのですから」
「ありがとうございます!」
フェイエルと名乗る少年は安堵の笑みを浮かべて自身達に起きた出来事を静かに語り出す。その悲劇と呼ぶに相応しい壮絶なる短い自身の人生を······。
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