#47 ある全てを捧げた魔法師の物語4
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ーー周りの連中はよく軽々しく命を掛けるだの、全てを捧げるだの言いっているけどさ、本当に全てを捧げられる奴らはどれくらいいるのだろう? 冗談でも嘘でも無く、本当に命を掛ける事が出来る奴はいるのかな?
僕なら······全てを掛けられる。身体も、命も、魂も、全部掛けられる。だから、どうか僕にーー。
夜の帳が降りた《貿易都市ラングラン》の路地裏に、ぼろ布を被り壁に寄り掛かる一人の少年がいる。このラングランでは珍しくはない貧困層の少年だろう。日々の糧を窃盗や物乞い、果ては強盗殺人すらやって除けるスラム街の住人達。その一人が薄暗い路地裏から、光が溢れる表通りを睨み付ける様に見詰めていた。
その少年の目は血走り憎しみを隠そうともせず、煌びやかに輝く表通りを歩く人々を射殺さんばかりに見詰めて舌打ちを溢す。
「ちっ、どいつもこいつも馬鹿面浮かべやがって。こっちを見ろ、見てみろよ。お前らが見ようともしないこの街の陰を、俺達をしっかり見てみやがれっ。俺は絶対に許さない、許すものか。お前らのせいで······お前らのせいでっ」
突然、少年が寄り掛かる壁に亀裂が走り陥没する。忌々しげに表通りを見詰め、やがてより深い暗がりへとその姿を消してゆく。
「待っていろ、必ずあいつらに報いを与えてやる。もう少しだ、もう少しで終わる。だからあと少しだけ······」
その言葉を最後に、少年の背は完全に闇の中へと消え失せる。その路地裏には表通りから響く賑やかな声が寂しく残るのみであった······。
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宿屋にリエメルとマリーを残し、夜の《貿易都市ラングラン》の人混みに紛れ一人歩くリード。その目は柔らかくもしっかりと周囲を警戒し、この眠らない寄せ集めの街をじっくりと監察していた。
見渡す限りの様々な店舗や露店が建ち並び人々が絶え間無く流れてゆく。
(ここまで多くの人々が集まる程に大きくなってしまったんだね······。世界中から様々な物資が運ばれ、再び世界各地に広まってゆく。例えそれが何であれ、求める者が居る限りそれは流れてゆく。けど、この街の存在を否定したならば、きっと幾つもの村や町が滅ぶだろう。幾ら規制を掛けようとしても、この街は何処の国にも属しない完全な独立中立地帯。此処を仕切る商人達をどうにか説得するしかない。けど······)
それは不可能だ。と、既に結論が出ている思考を振り切り、リードはそれでもこの街の在り方の改善策を模索する。
この貿易都市を仕切るのは《八商連合会》という各物資を統括する豪商八名からなる組織だ。その商人達を説得し考えを改めさせる術をリードはどうしても考え付かないのだ。
その商人達は総じて強欲、且つ傲慢で狡猾な人物達らしい。そういった人物達を大人しくさせるのはそれ以上の利益と権力。それ以外に方法がないという事は国王を務めた時に嫌という程痛感してきた故の答えだった。
しかし、その《八商連合会》の内の一人が、つい先日邸にいる全ての人達と共に姿を消したという。大量の血痕と襲撃の痕跡を残したままに。
そう、もうそれしか浮かばないのだ。どうしてもこの街を変えようと思うならば、街を取り仕切る《八商連合会》自体をどうにかするしかない。
例えば《八商連合会》の商人達を全員殺すとか······。
そこまで考えてリードは頭を振る。そんな事をしても新たな《八商連合会》の様な組織が組まれるだけで、この街の根本的な解決には至らない。それに、今の自分には出来る事はない。と、強く心に言い聞かせ無理矢理納得する。そして、先程のマリーを思い浮かべ小さく笑みを溢すのだった。
(きっと、それでもマリーちゃんはどうにかしたいと言うんだろうな。この街の現状を知った今、変えられぬと分かっていても。······けど、こればかりはどうしようも出来ない。全てを救う事は出来ないんだよ。この街を正すならば、一度全てをやり直すしかない。それ程にもう手遅れなんだよ、この街は······)
道端に立つ少年少女達が持つ看板が視界に入り、やりきれない気持ちを目を伏せ押し殺す。この景色を絶対にマリーには見せられないと強く思い、活気に溢れる欲望に溺れた街を一人歩く。もっと情報を集め解決の糸口に成ればと、情報通が集まると言われている酒場へと歩いてゆく。
その時、ふと降り始めた雨により周囲に充ちていた活気溢れる声はどよめきと驚愕に変わった。
唐突に降り出した雨。それは別に不思議ではない。しかし、その雨が《赤》く鉄錆と生臭い異臭を放ち、空から降り注いだのだ。
その日《貿易都市ラングラン》に文字通りの《血の雨》が降り注いだ······。
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「······ん? 何やら外が騒がしいですね。······っ、これは」
「何かあったのですか、リエメルさん」
「マリーさん、決して窓の外を見てはいけません。非常事態です、荷物を纏めていつでも動ける準備を。急いで下さい」
窓の外に映る景色をマリーに見せぬ様にカーテンを引き遮断する。しかし、外から響く悲鳴はどうする事も出来ずに戸惑うマリーを落ち着かせる。
まさか、街に着いた初日にこんな事になろうとは誰が想像出来たであろう。もしや、それすらも主神様の······と、そこまで考えてリエメルは頭を振る。今はマリーの身を守る事を最優先として行動する。恐らく、異変に気付いた時点でリードも同じ行動を取るだろうと見越して動く。
今夜中にもこの街を出る事すらも視野に入れ、荷物を纏めてリードの帰りを待つ。今はそれしか取れる手段がない事を歯痒く思い、リエメルはマリーを優しく抱き締めるのであった。
「······っ!? え? 今何て」
「え? どうしたのですか、マリーさん」
「あ、いえ。今微かに声が聞こえた様な······あ、また、え? 誰を助けて欲しいのですか?」
視線を巡らせ何かを探す様な仕草を見せるマリー。その様子を見ていたリエメルは、咄嗟に《何か》がマリーへと干渉しているのだと理解する。
そして、手に持つ杖に魔力を込めて部屋の床に一突きすると瞼を閉じる。
······確かに、目に見えぬ《何か》がいる。気配はあるが目には見えない。そんな得体の知れぬ存在を見過ごす訳にはいかない。リエメルは杖を握りその《何か》に向けて敵意を向ける。
「漂う者よ、聞きなさい。我が前に姿を晒さねば、この部屋ごと吹き飛ばしますよ? それは全てに影響を及ぼす破滅の力。それが嫌なら、今すぐ我が前に姿を晒しなさい」
「ま、待って下さいリエメルさん! ええっと、どうしたら貴方は姿を······え? あ、はい。私の力で良ければ」
警戒し威嚇するリエメルを他所に、マリーはその両手を掲げ部屋中に自身の神力を漂わせる。
すると、その神力は部屋の隅の一角に吸い寄せられ、輝く光が集まり幼い少年の姿を形作る。その不思議な光景にリエメルは目を丸くし驚き、その現象を引き起こす手助けをした本人である、マリーすらも驚愕しリエメルに抱き付いていた。
そんな二人を前に、光から現れた少年は焦った様子で二人へと懇願する。
「驚かせてしまい申し訳ありませんっ! でも、お姉さん達にお願いがあるんです! 兄さんを、兄さんを助けてあげて下さい! お願いします、兄さんにこれ以上罪を重ねて欲しくは無いんです! どうかお願いしますっ‼」
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