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#44 ある全てを捧げた魔法師の物語1





◆◇◆◇◆





「うぅ、お尻が······痛いです」


「これも馴れですよマリーさん。私は何時間でも座っていられます」


「メルのは椅子の間に風の魔法で空間を作っているからだろう? マリーちゃんに教えてあげたらいいのに」


「ええっ!? リエメルさん、そんな便利魔法を使っていたのですかっ! ずるいです、どうして私には言ってくれなかったんですか!」


「いいですか、マリーさん。全ての物事に於いて、基本が一番大切なのです。基本無くして応用は産まれません。基本を疎かにし、応用に頼りきりになると重要な場面に遭遇しても適切な行動が取れないという事にも成りかねません。よって、先ずは基本に則り、誰もが受ける洗礼を味わって頂こうかと」


「凄く大切でいい言葉をこの場面で使うんですかっ!? どうせなら、もっと相応しい場面で聞きたかった台詞ですそれは! 何故今言ってしまったのですか······要するに、私がこの苦痛に耐えている姿を見たかっただけですよね!?」



 がやがやと賑やかな声を運び、馬車はゆっくりと進んでいた。川に架かる橋を越え、田畑に実る作物を眺め、何度も朝日と夜闇を越えて、漸くとと大きく聳え立つ塀が見えてくる。


 一行は《魔法都市グラメル》への旅路の途中に見えてきた《貿易都市ラングラン》へと辿り着いた。周囲には荷物を沢山積み込んだ馬車がちらほらと走り、気軽に手を降り挨拶を交わしてくれる。

 そんな商人達の並ぶ列へは並ばず、一行の馬車は一般入場の門へと向かう。


 入場検査口の馬車の列に並びゆっくりと進む馬車の中では未だにマリーとリエメルが騒がしく何かをしていたが、リードは我関せずと手綱を握り爽やかな笑顔を顔に貼り付けていた。


 そうして漸く《貿易都市ラングラン》へと入場を果たした一行は······。



「すご、凄いですよリードさん! 出店が、出店の列が奥まで続いていて終わりが見えません!」


「うん、そうだね。この《貿易都市ラングラン》は商人達の街と呼ばれてて独自の発展を遂げた街なんだ。元々は小さな街だったんだけど······」


「商人達が集まり、好き勝手に街を大きく発展させていった結果がこれです。ここは《王都リード》よりもかなり治安が良くありません。なので、私達から絶対に離れぬ様ご注意を。迷子にでもなると売られてしまいますよ?」



 リードが自身の知っている《貿易都市ラングラン》の姿とは大きく変貌している街を見て困惑しているとさかさずリエメルが続けて説明をしてくれる。

 やはり、リードが生まれる前より生きていて、リードが死した後も生きてきたリエメルは大いに心強い仲間だと改めて実感するリードだった。


 しかし、リエメルの説明を聞いていたマリーはと言うと、小首を傾げリエメルに疑問を発する。



「えっ······売られる? 人が、ですか? 無いですよそんな事。だって、奴隷制度は確かもう」


「奴隷だけではありません。娼館や豪商等、金を積む塵屑(ごみくず)共は幾らでもいるのです。まるで潰しても潰しても沸いてくる羽虫の如く」


「え······と、それは本当の話なのですか? 何だか未だに信じられないのですが」


「マリーちゃん、残念だけど事実なんだ。この街だけじゃない、法に触れると分かっていても人身売買に手を出す者達が後を絶たないんだよ。何度もそういう組織を壊滅させてきたけど、結局は根絶させられなかった」


「売る者がいる限り、それを買う者がいる。需要があり供給もある。そして、それを仲介する者も出てくる。いつまでも終わらないのですよ」


「売る者って! 一体誰が売ると言うのですか!? そんな事、許される訳がありませんっ!」



 怒りを隠す事もせずマリーはリードとリエメルへと言葉をぶつける。少し息の上がっているマリーに申し訳なさそうにリードは口を開く。



「それはね······親だよ、マリーちゃん。親が子を売るんだ」


「······は、え? 親が、子を売ると? そう言いましたか?」


「うん。辛い事だけど本当の話だよ。生活に困った親が子を売るんだ。そして、その金を元に生活をしてゆくんだ。過疎化した村に住む親や借金を抱えた親が特に多い」


「それだけではありません。売る為に子を産ませる(やから)もおります。そして、金の為に人拐いを平然とやってのける連中がいる程に、人間とは己の欲望に忠実な生き物なのです。何とも度し難い話ですがこれは全て本当の事です。なので重々お気を付けて下さい。この街にいる期間は尚更です」


「そんな······だって、子供ですよ? それを······売る? そんな、そんな事って」



 マリーは自身の理解が及ばぬ事態に困惑し、うわ言の様にぶつぶつと独り言を繰り返す。その姿を見たリードは顔を(しか)めつつ真実を話した事を少し後悔し聞こえない程に小さく呟く。



「······マリーちゃんにはまだ早かったか、失敗した。普段大人びているからつい話してしまったけど、よく考えてみたらまだ十を過ぎた頃の子供じゃないか。()して、生前は商家の裕福な家庭で生まれ育ち、家族や周囲から愛されていたであろうマリーちゃんには到底受け入れ難い話だ。······馬鹿か僕は」



 自身の失敗を心で悔いるリードは申し訳なさそうに荷台に座り俯くマリーを肩口から覗き見る。

 そして、謝罪をしようと言葉を掛けようとした時、リエメルが優しく諭す様にマリーへと話し掛ける。



「マリーさん、貴女には到底受け入れ難い話でしょう。しかし、これは全て事実です。貴女が受け入れようが拒もうが、何も変わらない事実なのです。受け入れろとは言いません。しかし、そういう現実もあるという事だけは心に留め置いて下さい」


「リエメルさん······。だって、親ですよ? そんな事」


「理解しようとしなくていいのです。ただ、あるがままに心に留め置きなさい。常人には到底受け入れられる訳がない話なのです、無理をして理解する必要はありません。そして、誰が悪いという話でもありません。全ては人間の業、人間の欲望が成す許されざる贖罪なのです。貴女が心を痛める事はありません」


「だって、それでも······そんな事っあ、うあああっ!」



 マリーはそのままリエメルに抱き付き涙を流した。まだ幼い心のマリーには到底受け入れられる訳がなく、ただ泣く事しか出来ずにひたすら涙を流す。

 そんなマリーを優しく受け入れる様に抱き締め背中を擦りリエメルは思う。



(やはりマリーさんはまだまだ幼い。この世界の裏側を直視出来ぬ程に、清く真っ直ぐな心を持つが故に。その心を決して汚してはならない。その心は何よりも尊く、何よりも大切な慈愛と慈悲の心。守らなければ······きっと私はその為に使わされ、マリーさんと出会うべくして出合ったのですね。分かりました、その任この五百余年を生きた私の命を以て、必ずや遂げてみせましょう。私の全霊全てを掛けて必ずや)



 自身の胸の中で誰とも知れぬ者達の為に涙を流すマリーを見て思う。自身の成すべき事を。この尊く美しい女の子を守り抜かねば。と、強く心に誓うリエメルであった······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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