#40 ある優しい妖精の物語3
※休日の追加投稿です。楽しんで頂けたら幸いです。
「······小屋の中は随分と散らかっていたよ。《何か》あったのは間違いない。けど、襲われたと言うよりもあれは自分で暴れた様な感じだね。原因は分からないけど、何者かが襲撃した様な痕跡は見られなかったよ」
「ではお爺さん本人が? 一体何処に行ったのでしょうか?」
「任せて! 私が探してみせるからちょっと待ってて! ······お願い、私の声を聞いて! お爺さんが何処にいるか教えて欲しいの!」
妖精の声に反応する様に森の木々が騒めき立つ。何らかの魔法か、或いは妖精特有の能力なのか。マリーは興味深く妖精の様子を伺う。
「······いた、いたよ! こっち、急いで!」
祈る様に手を組み、じっと動かなかった妖精が急に騒ぎ立てる。どうやら何らかの方法で目的の人物を発見したらしい。
一行は妖精の先導に続き森の中を駆けてゆく。途中、マリーはリエメルへと疑問を問い掛ける。
「あの妖精さん、魔力とかは使ってはいませんでしたよね?」
「ええ、妖精とは自然に溢れる魔力が実体化した存在です。故に、自然と繋がる何らかの方法があるとされていますが、詳しい事は分からないのですよね。マリーさんも見た筈です。あの《王都カレンス》近郊にあった《魔力溜まり》の泉を浄化した時の、妖精が自然発生した現場を」
「はい。確か綺麗な場所や自然が溢れている場所に発生するのですよね? 私が生前読んだ書物にそう書いてありました」
「そうです。あれらの生態は詳しく調べる事は出来ないのですよ。悪意を以て捕まえようものならば、あれらは霧の様に消え失せ消滅か移動をして逃げ失せるのです。先程私があの羽虫を捕まえた時は全くの無心で捕まえただけの事。寧ろ、あれらは普通の人間には認識すら出来ない存在です」
「と言うことは、あの妖精さんが驚いていた理由は私達が全員認識していて声も聞こえていたからなのですかね?」
「恐らくは。まぁ、あの羽虫の考えなど私には興味はありませんが」
何故か怒っているリエメルに苦笑いしか出て来ないマリー。すると、先行していた妖精から声が掛かる。
「もうすぐ着くわ! 皆お願い、助けてあげてね!」
「約束はし兼ねるけどやれるだけやるよ。マリーちゃん、何があるか分からないからメルから離れない様にね。僕が先行する。少し距離をとって着いてきて」
「すいません、お願いしますリードさん」
「いいよ、これが僕の役目だしね。気にしない気にしない。メル、頼むよ」
「もうすぐ開けた場所に出る! そこにいる、準備して!」
そして、森の中に少し開けた場所が見えてくる。そこに探している人物がいるらしい。マリーは何が起こるか分からない不安を隠す様に、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
そして、森を抜けたどり着いた場所は······。
「ここは······墓地、ですか?」
「みたいだね。気を抜かないでね。何が起こるか分からない」
「あ、いた! あそこ、あの墓石の前! お願い、早く助けてあげて!」
「マリーちゃんはゆっくり着いてきてね。僕が行く」
リードは走り、妖精が探していたであろう人物に近付いてゆく。そして、墓石に寄り掛かる様に身体を預け、荒い息を漏らす老人へと声を掛ける。
「夜分遅くにすいません。貴方を心配している方から話を伺い探していました。大丈夫ですか?」
「······ぅぬ? なんじゃ、儂を心配? 馬鹿な事を。そんヤツぁあの村には居ねぇよ。居るとしたら······」
「お爺さん! 大丈夫!? 人を連れてきたわよ!」
「何と······やはりお主か。全く、余計な事をしてくれたものじゃ。ぬっ、ゲホッゲホッ!」
老人は苦しそうに顔を歪め、髭を立派に携えた口元を掌で塞ぐ。しかし、その年季が刻まれた皺だらけの掌から血が滴り落ちる。
それを見たリードは慌てて駆け寄るマリーを手で制し、落ち着き払った声で問い掛ける。
「持病か······何かですか? 大丈夫ですか?」
「ゲホッ、あ、ああ大丈夫、安心せぇ。移りはせんじゃろうて。これはの、魔力を過剰摂取した代償じゃ。もう手遅れなんじゃよ」
「そんな······諦めないで、死んじゃダメだよお爺さん! やっと声が聞こえる人達を連れて来たのに、諦めないでよ! ダメ、ダメだよ!」
「魔力の過剰摂取? ならば私にならどうにか出来るかも······! リードさん、私が見ても?」
「うん、お願いするよ。こればかりは僕では役不足だね。周囲を見張ってるよ」
お願いします。と、マリーは老人へと近付いてゆく。
「初めまして、私はマリーと申します。少しだけ触れる事をお許し下さい」
「ほう、その年で随分と礼儀正しい事じゃな。村の娘ではないな? ······ゴホッ、何をするかは分からんが、もう手遅れじゃ。自分の身体は自分で良く分かるものよ」
失礼します。と、断りをいれて触れた老人の身体にマリーは驚愕する。衰弱した痩せ細った身体にはまるで生気を感じない。
普通の人に感じる筈の《魂》の輝き。それが既に身体を浸食する魔力に侵されている。これでは例え過剰摂取した魔力をどうにか出来たとしても身体がもたない。
既に身体は死を受け入れ、滅びを待っているかの様にも感じていた。
「っ、これは······どうしてここまで······何故放っておいたのですか!? これは、これではもう」
「なに、どうせもう年じゃて。今更生き長らえよう等とは思わんよ。お主等、旅人じゃな? 儂の事を知らんと見える。大方、そこの慌てん坊な妖精にせがまれて来たのじゃろう? すまんの、無駄足を踏ませた様じゃ」
「え、何? まさか、もう······いや、いやよお爺さん! だって、私はもっとお爺さんと一緒に居たいの、だからダメよ! 逝かないでよ、お願いだからぁ」
泣きじゃくる妖精を優しく見詰め、その枯れた腕をそっと伸ばす。その手にすがる様にしがみつき、溢れる涙をそのままに妖精は逝かないで、と繰り返す。
「すまんの、心配をかけた様じゃ。しかし、これは寿命というやつよ。許せ、もうお前と一緒に居てはやれん。すまんの」
「やだ、嫌だよ! 逝かないで! 私はまだ、まだっ!」
「旅人よ、少しこの爺の話に付き合うて貰ってもよいかの? 少しだけ、儂の話を聞いて欲しいんじゃ。頼む」
「······はい、勿論です。しっかりと最後までお聞きします」
マリーは言いながら老人に掌を翳したまま、うっすらと潤む瞳で見詰める。その瞳は真っ直ぐ強く、しかしこの後に待っているであろう結末を思い、涙を必死に堪えるのであった······。
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