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#4 ある心優しい少女の物語4





◆◇◆◇◆





「少しは落ち着いたかの」



 目の前に座る主神はやはり優しくマリーの事を気遣ってくれている様だ。


 無理もない。話の途中でいきなりわんわんと大泣きを始めたのだ。しかも、淑女にあるまじき恥も何もない既に終わりを迎えたであろう人生を含め過去最大本気の大泣きをしたのだ。それを見て何事もなかったかの様に振る舞われてもそれはそれで何処か気恥ずかしい。



「······大変お見苦しいものをお見せてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


「気にするでない。しかし、あれ程大泣きした後じゃ。今まで心の奥底に沈め置き溜まっていた暗く淀んだ気持ちは少しは晴れたかの?」


「······はい。人とはこんなにも涙が出るものだったのですね。決して長いとは言えない私の人生の中でこれ程に泣き晴らした事はありませんでした。重ね重ねお見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした」



 良い良い。と言いながら、未だ瞳に残る雫を指で拭い取るマリーを慈愛の籠った優しい眼差しで見守ってくれている主神。

 マリーは何とか気持ちを落ち着かせる事に尽力し、改めて主神と向き合う形で姿勢を正し佇まいを改めるのであった。



「ふむ、大丈夫そうじゃの。では改めて話をすることにしよう。まず、何故お主が此処におるのかを説明をしようではないか」



 そう言うと、主神は指で何かの文字を中空に書き記した。それと同時に、マリーと主神との間には丁度良い高さの立派なテーブルが現れる。丁寧にもお茶の準備までされている様だ。


 目を丸くし驚いているマリーを他所に、主神は紅茶を手際よく淹れマリーに飲むようにと薦める。その紅茶はマリーが今まで飲んだ事の無い、何とも形容し難いとても素晴らしい味がした。淹れたての茶葉の香りが口の中を満たし喉を潤してゆく。



「うむ、旨いの。流石は儂。ほれ、遠慮せずに飲むと良い。いくらでも淹れてやるから安心せい。っと、話を戻そうかの。そう、何処まで話したか······」


「あ、ええと、何故私が主神様の居わすこの天の国にいるか。というお話だったかと存じます」


「おおぅ! そうじゃの、そうじゃったわ。いやーすまんすまん、色々と覚えておるせいか希に話していた事が何処かに飛ぶ事があってのぅ······そうそう、何故お主が此処に呼ばれたか。という話じゃ」



 主神は何処かすっきりとした表情で話を進めてくれる。マリーは主神の淹れた紅茶を一口煽り主神の穏やかな顔を遠慮がちに伺うのだった。



「まぁ、平たく言えばお主のその類稀な人生が気になってな。暫く様子を見ておったのじゃ。するとどうだ、その余りにもな境遇に儂自身も色々と気に掛けておったのだ。しかし······お主は絶望や恨みこそすれ、それを誰にも言わず己の内に仕舞い込み、自身の最後のその時にすら周りへの気配りをする優しさまで見せるではないか。そんなお主を見て、此処に呼び顔を付き合わせ少し話をしてみたくなったものでな」


「大変恐縮にございます。私如きの為にそこまで······」


「謙遜するでない。お主の様に、優しく清い心を持つ者がこの世界でどれ程おると思う? 儂が言うのじゃ、お主は病に犯されなければ正しく人の歴史に名を残していたであろう素質を持っておる。胸を張れ、そして自覚せよ。お主は此処に来るべくして招かれた選ばれし者よ」


「え、わ、私が? そんな、私は······ただっ」



 言葉が出なかった。先程散々泣き晴らし、枯れ果てたと思われた熱い涙が、またマリーの瞳を満たしてゆく。



「死というものは、生きとし生けるもの全てに平等に訪れる。それは肉体の死であったり魂そのものの死であったり様々じゃ。お主の場合、肉体と魂のその両方の崩壊の可能性が大いにあった。しかし、お主は見事最後まで病に抗い魂の崩壊よりも先に肉体が限界を迎え、膨大な魔力の暴発という大破壊を意図せず免れた。もしもお主が途中で挫けその心が折れていたならば、家は愚か街に住まう全ての者達すらも捲き込み全てを吹き飛ばした事だろう。本当に、最後の最後まで良う耐え抜いたの」



 誰にも言えず、ただひたすらに絶え続けた日々を。苦しく辛いあの日々を、目の前に座る主神様は見ていてくれた。認めてくれた。

 ただその事が嬉しくて、真っ直ぐに見つめて胸を張れ。と、そう言ってくれる事が嬉しくて。またマリーの涙腺は決壊した。



「私は、私はただっ······言えなかった、だけなのですっ! どうせ長くないからと、色々と諦めて、せめて周りには迷惑は掛けまいと無理矢理にっ、取り繕っていただけなのですっ! そんな私が、何を誇れと申されるのですかっ!? 私は弱く、浅ましいだけの存在ですっ。咎められる事はあろうと、褒められる様な事は何一つありはしないのですっ!」


「ふむ、また泣かせてしもうたか。すまんのぅ。しかし、何故そんなに自分自身を卑下するのかのぅ? 儂が記憶するに、お主が泣き言を言い喚いておったのは幼き日のたった数度ではないか。それはこの場においても同じ事。儂に恨み言の一つも吐きはせん。普通出来るものではないと思うのだがの。······その身を蝕む苦痛に耐え、自身の苦難に真正面から立ち向かい、周囲の為にと慈愛の心を以て己の心をすら殺すその強さ。儂は充分に誇れる事だと思うがの」


「っそんっ! っな事、ありませんっ! 私は、私は充分にっ、幸せでしたっ! だ、いっ、好きな、っお、母様とお父様っ! 私をっ、支えてくれた周囲の皆さん! 本当に、本当に私は幸せだったのですっ」



 上手く言葉が出ない。今まで世話になった様々な人達の顔がこれでもかという程にマリーのぼやけた視界を埋めてゆく。



「幸せでしたっ、幸せでしたっ! 私は本当にっ、幸せでしたっ!」



 もう会えない。もう話せない。もっともっと色々な沢山の事を話しておけば良かった。嫌われてもいいし疎ましいと思われてもいい。それでも、やはりもっと話しておくべきだった。

 今さらながら自分がどうなったのかを思い知らされた。もう戻れない。戻れる訳がない。マリーの命は既に尽きたのだから。


 どんなに手を伸ばしてもその手が誰かの手を掴む事はないのだ。と、改めて実感した。


 だからこそ、マリーは心の奥底からこう言える。本当に幸せでした、と······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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