#33 ある不器用な騎士の物語28
(あぁ、くそっ。何も見えねぇし聴こえねぇ。視界が歪んで頭も揺れてやがる。あんだけ格好つけといてここで終わるのかよ、情けねぇな。······あん? 腹が熱い? いや、こりゃあ)
朦朧とする意識の中でラヴェルは熱を放つ《家宝》の短剣を握り締める。
すると、不思議と身体が暖かい《何か》に包まれた様な気がした。
その時、自身の身体が大きく転がる様な感覚を覚える。痛みはないが確かに転がっているのだ。ラヴェルは訳が分からず、歪む視界は更に歪んだものに映って見えていた。
「何だ、何が起こってる? 俺はまだ生きているのか? あの熊はどうなったっ!? 俺は」
(落ち着け馬鹿者。しっかりと意識を集中させろ。また戦闘中だ。余計な事を考えるな)
「なっ!? 何だ、誰だっ!? 何処から声が」
突然聞こえた声にラヴェルは更に混乱する。全く聞き覚えの無い声は、そんな事はお構いなしと続けざまに話し掛けてくる。
(落ち着けと言ったぞ馬鹿者め。貴様はまだ生きている。自身の魔力を集中しその寝惚けた頭をさっさと覚ませ! そんな事ではヴァレリアの仇など討てんぞ)
「ヴァレっ!? おい、テメェはマジで何なんだっ!? 何でお袋の事を! それよりも」
(黙れ、時間がない。手短に言うぞ、あの大熊の咆哮は魔力を帯びた音だ。つまりは空気を振動させ周囲にそれをぶつけているだけに過ぎん。即ち······ここまで言えば分かるな?)
「あ、あぁ、そういう事かよ。悪ぃ、助かった。礼を言うぞ、えぇと」
(······フォルクス。フォルクスだ。全てが終わった後にでもヴァレリアに聞いてみるといい。······む、時間か。いいか、よく聞けラヴェル。騎士の魂は既に貴様にしっかりと芽吹いている。それを大切に育ててゆけ。そして、いつの日か本当の騎士と成る事を期待している。頑張れよ、お前ならばやれる。······しっかりな)
見守っている。と、聞こえたのを最後に、そのフォルクスと名乗る男の声は聴こえなくなった。一度も聞いたことのないその声は、何処か懐かしく、何処か優しく、そして何よりも勇気を与えてくれる様な、そんな声だった。
ラヴェルは言われた通りに意識を覚醒させるべく、魔力を集中しゆっくりと呼吸をする。そうして見えてきた世界は未だに滲んで見えていた。
「駄目じゃねぇかよ。って、こりゃあ······涙? 俺は何で何で泣いて······っぐ、こいつのせいか?」
涙を拭いつつ鈍痛を放つ足を擦る。先程《大熊の王》に跳ねられた足だ。どうやら折れてはいないらしいがどうにも力が入り難い。そして、周囲に張られた球状の結界魔法に気が付く。
「なんだこりゃ······結界? 後方支援部隊の誰かが守ってくれたのか? にしては少し」
様子が違う。と思いながらも、都合のいい事には変わりはない。と、すぐに頭を切り替え先程まで戦っていた《大熊の王》へと注視する······が。
「ああ? 何であいつあんなにへばってんだよ······?」
「グルルルルル」
先程よりも明らかに覇気がなく、疲弊しきった《大熊の王》を見詰めラヴェルは考える。
きっと先程の咆哮と突撃で疲れているのだろう、と。
「どっちにしろ、俺にとっちゃ都合のいい事だ。そろそろ決着着けさせてもらうぜ熊野郎っ!」
「グルル······ゥヴオオオオオッ!」
「仕切り直しだ、行くぞオラぁ‼」
ラヴェルは再び《大熊の王》へと駆けてゆく。そして、どうにも動きの鈍い《大熊の王》へと満身創痍ながらも渾身の降り下ろしを見舞う。
《大熊の王》はそれを自身の巨木の様に太い前足二本で受け止め、至近距離で再びラヴェルへと大きく口を開け放つ。咆哮だ。
「それはもう見切ってんだよ! 風よ! 渦巻き突風を巻き起こせっ!」
「ゥヴォォォォ!」
至近距離で放たれた咆哮を、ラヴェルに到達する前に風をぶつけて乱す。咆哮に込められた《大熊の王》の魔力よりもラヴェルの風に込めた魔力が勝り、咆哮を打ち消したのであった。
「くたばりやがれ!」
「グォアアアアッ!?!?」
大きく下から斬り上げた大剣は風の刃を纏い、《大熊の王》の太股辺りから腹部に掛けて斜めに斬り裂いた。
大量の血飛沫が踊りラヴェルを真っ赤に染め上げるも、それを気にも止めず再度大きく横に斬り裂いた。
「グォオオォォォォ!」
「痛ぇかよ!? けどなぁ、お前がやってきた事はそれ以上の痛みを周りに振り撒いてんだよ! 大人しく死にやがれっ!」
「グォアアアア‼‼‼」
次々と《大熊の王》に斬撃を浴びせ、畳み掛けるべくラヴェルは攻め続ける。ここを逃せば次はない、と言わんばかりの猛攻を旋風と共に斬り裂き続ける。
周囲からは歓声と声援が送られ益々斬撃は激しさを増してゆく。しかし、余りに太過ぎる四肢や膨張するぶ厚い筋肉に覆われた巨躯はやはり硬く、絶ち斬るにも至らず貫くにも至らない。
決定的な一撃を放つならば狙うは心臓か頭、首。しかし、どれも位置が余りに違いすぎて届きもしない。ならば······。
「最初にその足を貰うぜ、熊野郎!」
「グォアアアアッ!?」
宣言通り、後ろ足の脹ら脛の更に下、足の腱を狙い姿勢を低くし潜る様に後ろへと回り込んだ勢いで放たれた薙ぎ払いは、正確にその太い腱を斬り裂いた。
《大熊の王》の巨躯は大きく傾き崩れ落ちると思われた。
「ゥヴオオオオオッ!」
「ぐぉっ!?」
しかし、倒れ伏せる直前に振るわれた豪腕はラヴェルを捉えて大きくその身体を宙に浮かせ吹き飛ばす。
地面を転がりふらふらと覚束ない足を懸命に支え、それでも再び起き上がる。
その手には最早原形を留めていない愛用の大剣が握られていた。
咄嗟に《大熊の王》の振るう前足を防ぐ為に自身の前に滑り込ませ、その大剣の腹であの豪腕を防いでいたらしい。
しかし、如何にラヴェルの扱う大剣が通常の大剣よりも長大で幅広な一点物の大剣だったとしても、これでは最早使い物にはならないただの鉄塊と成り果てていた。
あと少し、あと一歩であの《大熊の王》に止めを刺せるという所まで追い詰めた。だが、最早この得物ではそれも叶わない。
その相棒とも呼べる大剣は地面へと力無く滑り落ち硬質な音を響かせる。
周囲に居並ぶ全員が膝を折りかけたその時だった。
「これを使え、ラヴェル!」
「なっ!? こ、いつは······」
何処からともなく飛来し、ラヴェルの目の前に突き刺さった《それ》は、ラヴェルが幼少の頃より憧れたあの《大槍》。敬愛する母親が振るっていたであろう《大槍》だった······。
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