#32 ある不器用な騎士の物語27
◆◇◆◇◆
(何だ、今何が起きた? あの小さな人間にこの俺が吹き飛ばされた······のか? そんな事がある筈が無い。あんな小さな人間に何が出来る! 今まで向かって来た人間共がそうだった様に何も出来はしない筈······いや、待てよ? この人間の匂いは······そうか、あいつか。あいつと同じ匂いがするのか。あの忌々しい人間と同じ匂いかっ!)
《大熊の王》は自身の怒りの矛先をラヴェルへと向ける。自身の肩に傷をつけたヴァレリアと同じ匂いを嗅ぎ取り更に激高する。
(許さん、許さんっ! 絶対に許さんぞっ‼ その様に矮小な生物がこの俺に傷をつけ、地に伏せさせる事などあっていい訳がない‼ 貴様は殺すぞ、必ず殺す! 殺して千切って喰らってやる! 俺を怒らせた事を後悔しろっ!)
《大熊の王》はその巨躯を大きく振るわせ自身に付着した土を払い除け、そして駆ける。自身の全力の疾走に全体重を乗せて目の前に立つラヴェルへと駆けてゆく。
が、当たったと思われた体当たりに手応えはなく、獲物を探して慌てて体勢を立て直そうとする。が、またしても自身に凄まじい衝撃が伝わり地面を転がる。
(なんだ、何なんだ!? 一体何が起きてい)
考えを巡らせる最中、再び自身の顔に激痛が走った。
(ぐあっ、熱いっ! なん、なんだ!? 目が、俺の目が片方見えん!? 切られた? 切られたのかっ!? この、っ人間如きが調子に乗るなっ!)
《大熊の王》は狭くなった視界に映る全ての物を滅茶苦茶に凪ぎ払う。自身の自慢の豪腕を振り回し、口から流れ落ちる涎を撒き散らし、ひたすらに暴れ回る。
しかし、その腕が捉えるのは土や風の感触のみ。怒りに満ちた頭を巡らせラヴェルを捉えるべく視線を巡らせる。
(っそこか、見つけたぞっ!)
ラヴェルを視界に捉えた瞬間駆ける。その渾身の豪腕を以て粉々に吹き飛ばす為に駆ける。
(何故だっ!? 何故当たらん!? ちょこまかと鬱陶しいっ! そこに居直れっ!)
振るわせた腕は風を切り裂くばかりで目当てのラヴェルには当たらない。《大熊の王》には全く理解出来なかった。何故自慢の爪が掠りもしないのか。何故小さな人間が怯みもせずに立ち向かって来るのか。
そして、またもや自身の巨躯を傷付けられた。そこで漸く理解する。この人間は今まで戦ってきた何よりも強い、と。
その考えに至り、《大熊の王》は怒りに沸騰していた頭を切り替えラヴェルを獲物ではなく敵と見定める。
(いいだろう、貴様を敵と認めよう。ならば全力で倒させてもらおう。貴様を打ち倒す為に、俺の全てを以て相手をしようかっ!)
◆◇◆◇◆
《大熊の王》は突如走り出しラヴェルから距離をとると反転し、血に塗れた顔をラヴェルへと向けて小さく喉を鳴らす。
何処か雰囲気の変わった《大熊の王》を油断なく睨み付けラヴェルは小さく舌を打つ。
「ちっ、マジになりやがったな。さっきまでの嘗め腐った気配じゃねぇ。あのまま仕止められてりゃ話が早くて良かったんだがな。気ぃ引き締めていくか」
ラヴェルはゆっくりと円を描く様に歩を進め、《大熊の王》を見据えて得物の柄を強く握り締める。
まるで気配が変わった《大熊の王》は恐らく何かを仕掛けてくる。それに対応すべく全神経を集中させ観察する。
「ゥヴゥオオオオオッ‼‼」
「っ、ぐぅおおおおおおっ!?」
『ぐああああっ!?』
それは突然起こった。《大熊の王》が天に向かい咆哮したと同時、周囲の砂利や石は吹き飛ばされ音の衝撃波が周囲の全てを薙ぎ払う。
「ぐぅおっ!? くそっ、何だ今のは? ······って、くそっやべぇ!」
「ゥヴオオオオオッ‼」
「うおおおおっ!?」
土に転がるラヴェルを追撃するべく《大熊の王》は地面を滑る様に迫り来る。
最早ラヴェルしか見ていない。他の転がる騎士には一瞥もくれずただ真っ直ぐにラヴェルへと突撃する。
その巨躯の一撃でもまともに喰らえば例え暴風を纏ったラヴェルとて一溜まりもない。咄嗟に転がり起きて足に全力を注ぎ横に飛び退く。
「ぐおおっ!? っぐぅっ! げほっ! っち、掠っただけでこれかよ、馬鹿力がっ!」
ほんの僅かに飛び退くのが遅れ、その巨躯に伸ばしきった足が跳ねられた。
その勢いで身体は体勢を大きく崩し再度地面を転がるラヴェル。
それを好機とみた《大熊の王》は大きく口を開け、今度はラヴェルにのみ咆哮の標的を絞る。
「マジかよ、くそったれめっ!?」
「ゥヴオオオオオ‼‼」
「ぐぅあああああっっ‼」
またもや衝撃波により吹き飛ばされる。ただ吹き飛ばされるだけでも体力を消費するというのに、それに合わせて衝撃波も襲う。
ラヴェルの耳からは血が流れ落ち、視界はぼやけ頭もぐらぐらと揺れていた。
「······くそっ、視点が合わねぇ。耳も馬鹿になりやがったのか? 耳鳴りが酷い。ってか、俺は今立っているのか? 寝てんのか? ダメだ、身体の感覚が分からねぇ。あれは何だ、ただの衝撃波じゃねぇ」
《大熊の王》の放った衝撃波に脳を揺さぶられ、脳震盪を起こしたラヴェルは震える手で地面を探り何とか立ち上がろうとする。
その間にも、既に《大熊の王》の隻眼はラヴェルをしっかりと捉えていた。
後ろ足をしっかりと地面へと食い込ませ前足の爪を突き立てる。そうして全身に力を込めて弾け飛ぶ。
飛び出した衝撃で地面は大きく抉れ土は宙を舞う。それほどの大質量が途方もない加速をして土に塗れ倒れ伏すラヴェルへと襲い掛かる······。
お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。
また、感想やブックマークもお待ちしております。
お時間を頂きありがとうございました。
次の更新でまたお会いしましょう。




