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#3 ある心優しい少女の物語3





◆◇◆◇◆





「さて、先ずは驚かせてしまってすまなかったのうマリーベルン・クラインハートよ。話をする前に先ずはこの儂が何者であるかを話すべきかの」



 目の前に座る翁は立派に長く伸びた髭を撫でながら、優しく諭す様にマリーを慈愛の籠る瞳で見据えゆっくりと語り始める。


「ま、大方見当はついておるだろうが、儂はお主達地上に住まう者達の言う所の所謂《主神》と呼ばれておる存在じゃ······っと、だから改まらんでもいいと申したであろうに」


「そ、そんな訳には参りません! 私如きが主神様と同じ視点で話をするなど許される訳がありませんっ! どうか御容赦下さい!」



 聞くや否や、マリーは事前に心構えをしていたかの如く、腰掛ける椅子から転げ落ち流れる様に(ひざまず)き平伏する。


 もしやとは思ってはいたが、いざ本人の口から直接聞くと余計に自身の置かれている状況が分からなくなる。しかし、分からないと言えど呆ける訳にはいかなかった。

 何せ、目の前に座っているのはこの世界を創ったとも伝わる《主神》だと言うのだ。余りにも突然の出来事の連続で様々な思考が頭を(よぎ)る。

 既に、マリーの考えなど及ばぬ程の出来事が目の前で起こり続けていた。



「やれやれ、お主の事じゃから恐らくはこうなるであろうと思っておったわい。ほれ、良いから座りなさい。それでは落ち着いて話も出来んじゃろうて。なに、他の誰でもないこの儂が良いと言うておるのじゃ。これ以上の許しを誰に乞うと?」



 ほれ、はよ座れ。と、促されるがままに、マリーは恐れ多くも再度主神と同じ視点である椅子へと(うやうや)しく腰を下ろすのであった。



「さてさて、先ずはいきなりの出来事の連続で落ち着けと言うのもまた酷な話じゃな。この場所はどうじゃ、気に入って貰えたかの?」


「えっ、あ、はい。ええと、とても素晴らしい場所だと思い、ます。それこそ、私が今まで見てきたどんな景色よりも素晴らしく美しい場所です。······と言いましても、私の知る景色は窓越しから眺める事しか出来なかった邸の庭程度の御話です。比べるのも烏滸(おこ)がましいものですが、決して他意はごさいません。どうかご理解頂けると幸いです」



 マリーは何処かよそよそしく、自分の置かれている状況が今一つ理解出来ないままそわそわと世話しなく視線を巡らせ、必死で笑顔を取り繕い何とか言葉を返すことに徹するのであった。



「それは仕方なかろうて。何せ、お主は地上に生を受けたその時から、外の世界は愚か邸の中ですら自由に歩き回れぬ身の上じゃったのだろう? 何も恥じる事はない。寧ろ、あの様な状況におっても尚両親を想い、侍女達を想い、我が儘や苦言の一つも漏らさずよくぞ己が身一つに閉じ込め続けたものよ。周りを思いやるその優しさ、気概、実に素晴らしいものじゃった。その幼き身の上でそこまで至れる者は世界を見渡してもお主位じゃろうて」


「え······っ? まさか、見ていて、くれたのですか? 私如きの、何も変わらぬ日々を主神様自ら······見ていてくれたと言うのですか?」


「勿論じゃ。その斯様(かよう)に小さき身体でよくも己の運命に抗い続けたものよ。お主の患った病はの、発症例が殆ど無い《奇病》とも呼ばれる病。人の身に余る魔力の過剰定着が引き起こした一種の内部崩壊症というものじゃ。普通、人の身に宿る魔力はおおよそ決まっておるものじゃ。しかし、お主の場合は違った。発症してから一年と持たずに死に至る程の計り知れぬ苦痛を何年にも渡って耐えておったの。救ってやれんですまなんだ」


「······そんな、勿体無い御言葉です。私はただ、周りの人達がこれ以上私の為に泣かぬ様にと、必死で心を殺していただけに過ぎません。本当は、辛くて苦しくて、痛くて悲しくて。それを誰にも言えず、ただひたすらに耐え続けていただけにございます。死を待つのみのこの身のなんと親不孝だった事か」


「そう自分を責めるものではない。どうしようもない事など幾らでもあろう。通常、魔力と呼ばれる力は人の身に宿る魂では上手く馴染まず、ある程度の力しか宿せん筈のものなのじゃ。しかし、お主の場合は違っておった。人の身にしてはあり得ん程の膨大な魔力をその魂に宿し、放出する事も叶わず己の内に閉じ込めておった為に肉体が耐えきれず崩壊するに至ったのじゃ」



 生前、ありとあらゆる手段を使い何とか病を治そうと必死になってくれた父と母。二人の努力も虚しく原因すら分からなかった自身の病の正体。


 それは人の身に余る膨大な力。


 成る程道理で。と、何処か納得をしてしまったマリー。分からない訳だ。何せ主神ですらも想定外の出来事である。

 生まれた時から散々周りと自身を苦しめてきた原因が分かった今、父と母、控え支えてくれた邸の侍女達。そして、マリーの辛く苦しい日々がようやく報われた気がした。



「よう耐え続けたの。お主の感情次第では暴走して周りを全て吹き飛ばす事もあり得た話じゃ。しかし、そうはならなかった。それは全てお主自身の為し遂げた事。胸を張るといい。そして、手を差し伸べてやれなんだ無力な儂を恨んでくれて構わぬ。全能の権限を有する神ともあろう者でも、地上に生きる者達にはそう易々と助力は出来んのだ。全てはその小さな魂をすら救ってやれぬ儂のせいじゃ。本当にすまなかった」


「いいえ、いいえ。私はただ、っ······ああっ! ぅああああっっ!」



 声が出てこなかった。


 主神自らがその頭を下げ謝罪する姿に、何かを言おうと開いた口は声にならずに肺の中の空気のみを吐き出すばかりだった。


 言葉の変わりに溢れ出たのはマリーの両の目から落ちる大粒の涙。


 主神のその言葉がとても嬉しかった。

 気付けばマリーは大泣きしていた。

 ただ大声で(わめ)き涙と鼻水に(まみ)れながら泣いた。


 今までのマリーの人生の中でも類をみない程の大泣き。それを止める術は今のマリーには持ち合わせてはいなかった······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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