#28 ある不器用な騎士の物語23
※休日の連続投稿です。お楽しみ頂けたら光栄です。
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「前線を死守しろ! 何としてでも王都には近付けさせるなっ! 我等王国騎士団の意地と信念を貫き通せ!」
『おおおおおおおっ‼‼』
「仲間を決して奪わせるな! 家族を決して奪わせるな! 民を決して奪わせるなっ‼ 我等がいる限り、何一つ奪う事は叶わぬと見せつけてやれぃ‼」
『おおおあああああっ‼‼』
戦場は未だ激しく衝突を繰り返し、魔物と騎士達の死体が至る所に転がり打ち捨てられていた。
一時は大型の魔物達の強襲を受け前線が崩壊し掛けた。しかし、また再び防衛線を敷く事が出来る程に騎士達の士気を保てたのは一概に《一人の英雄》の存在無くしてはあり得なかった。と、誰もが確信していた。
その《一人の英雄》は既に引退をした身の上に在りながら、《魔物集団暴走》が発生し民衆が王城へと逃げ惑う中、自身もその蒼く輝く鎧に身を包み率先して民衆を誘導し、戦場へと赴く途中で他の引退した騎士達と合流し、頼もしい援軍としてこの戦場へと現れたのだ。
ただ其処にいるだけで周囲の騎士達はその身を引き締め、ただ歩くだけで騎士達が付き従い隊列を組む。一声掛かれば一団が一つの生き物の様に陣形を形成し、檄が飛べばその命すら燃やし尽くし命令を完遂する。
そんな《王国騎士団にこの人在り》と謳われる《英雄ヴァレリア・ハルケイン》が一団にも匹敵する数の退役騎士達を伴い再び戦場へと赴いたのだ。
阿鼻叫喚の情けない姿を晒した。狼狽え腰が引けた醜態を晒した。一時でも心が折れたその無様を晒した。そして、再びこの戦場へと引き戻してしまった自身達の不甲斐なさを晒してしまった······。
しかし、その《英雄》は全てを悟り全てを見ても決して咎める事はなかった。寧ろ誇れ。と、大声で言い放った。情けない自身を寧ろ誇れと言ってくれた······。
騎士達は己の矮小さを思い知り、声を張り上げ涙を流し武器を掲げる。もう二度と引かぬ、もう二度と泣き言を言わぬ、もう二度と折られぬと心に刻み、歓喜に沸き立ち泣き叫ぶ。
『我等が命、蒼醒の戦乙女と共にあり‼‼』
《英雄ヴァレリア・ハルケイン》の遠声魔法の元に王国騎士団は再び息を吹き返し、命を掛けた正に決死の反撃が身を結び陣形を立て直すに至ったのだった。
そして、その《英雄》本人の真価は指揮に有らず。その勇姿に有らず。幾多の武功を挙げた他の追随を一切許さぬ暴力的な戦力にこそ有り。
「畜生共よ、そこに居並べぃ! 我等が同志を蹂躙したその罪! 貴様ら如きの命を以ても償いきれぬものと知れ‼」
《ヴァレリア・ハルケイン》が最前線で長大な槍を横一閃に振るう。それだけで大型の魔物達の身体は上半身が滑り落ち、尽くが命を散らす。軽々と大槍を振り回し、今まで苦戦していた《大猪》や《大熊》が次々と崩れ落ち四肢を吹き飛ばされてゆく。
数と質量の暴力を以て蹂躙してきた魔物達にとって、これ程の暴力は総じて未体験だった。少しづつ。だが確実に。無意識に下がり始めていた。それは本能的に敵わないと悟った故の行動である事を魔物達は知る事は叶わない。何故ならば、気付く前に命を刈り取られるからだ。この暴力の化身の手によって。
「風よ! 我が身を抱いて吹き荒れよっ! 全てを払う風と成り、愛する全てを守る神風と成れ‼」
突風、烈風、暴風。最早、その風を形容する言葉を持たぬ程にそれは激しく、それは鋭く、それは優しく。周囲の全てを包み吹き荒れる。
周囲に控える騎士達にはその風はそよ風の様に優しくも、眼前に居並ぶ魔物達にはその身を切り刻み、吹き飛ばし、跳ね退ける程の暴風。振るわれる槍と合わせ、暴風の猛威は尽く全てを薙ぎ倒す。全てを守る為に。全てを失わぬ為に。
これが《英雄》か。と、周囲の騎士達は息を飲む。目も醒める様な蒼く輝く鎧、見惚れる程の槍捌き、周囲に吹き荒れる風、それらはまるで天より舞い降りた戦乙女の如く。
騎士達は負けじと声を張り上げ突撃する。斬りつけ、突き上げ、叩き付ける。自身に出来る最大限の力を発揮する。例え《英雄》には遠く及ばずとも、それでも必死に喰らい付く。
それは、皆が等しくただ一つの想いの元に戦い、果てて、託して逝くからに他ならない。
ただ王都を守る為。そこにいる全てを守る為。
ただそれだけの事を自身の命を賭けて完遂する為だけに散ってゆくのであった。
その戦場に、静かに魔物の壁を掻き分けて近付く一際大きな影が忍び寄る。
「ゥヴオオオオオオオォォォ‼‼」
そして、大地すら揺るがす程の咆哮が響き渡る。
「うおおおおおおっ!?」
「っ!? み、耳がっ!」
「な、なんだよ······あの化物は!」
「っ! た、隊列を乱すな! 備えろ!」
その咆哮の主こそがこの《魔物集団暴走》を引き起こした元凶。全ての悲劇を招いた元凶。
《大熊の王》が姿を現した。
通常の《大熊》と大きな違いはその見上げる程の肥大化した筋肉質な身体では無く、前足が四本ある事だろう。
それらの腕は余りに太く、成人男性二人分以上はあろうかという程のものだった。立ち上がれば最早その膝まで届くかどうかも怪しい程の巨体を揺らし、ゆっくりと騎士達の前に姿を現すのであった。
「······貴様か。我が国を脅かし、この《魔物集団暴走》を引き起こした全ての元凶は貴様かっ‼」
《大熊の王》を睨み付け、《英雄》がその眼前へと立ちはだかる。
自身の身長程の顔を臆する事なく睨み付け、《英雄ヴァレリア・ハルケイン》は駆ける。全ての元凶を打ち倒す為に神風をその身に纏い駆ける。
「貴様のせいで多くの命が消え失せたぞ。その報いを受けて貰おうか! 多くの同志達の魂と共に、貴様を討つ‼」
大槍を携えた《英雄》は駆ける。
全ての悲しみを終わらせる為に······。
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