#27 ある不器用な騎士の物語22
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······暗い。寒い。眠い。俺は死んだのか······? アホらしい、くたばっちまったのか。······お袋を戦場に送っちまったってのに、俺はくたばっちまったのかよ。何て······馬鹿なんだろうな。大馬鹿野郎だ。
ラヴェルは真っ暗な空間に身動ぎ一つせずに踞り、ひたすら後悔の念を浮かべていた。
ここが何処で何故ここにいるのか。そんな事はどうでもよく、ひたすらに今までの事を振り返っていたのだった。
「俺は、幼い頃からあの真っ蒼で傷だらけの鎧に憧れてたっけな。入るなと言われていた部屋に飾ってあって、よくお袋の目を盗んで部屋に入って眺めていたな」
幼き日々を思い出し、ラヴェルはぽつりぽつりと呟き始める。
「ああ、そうだ。確かあれは建国記念日のパレードだっか。あの時からだったな、本当に騎士を目指したのは。居並ぶ騎士達が余りにも格好良く見えてたっけな」
「ふんふん。成る程成る程。それでどうしたのですか?」
「うおっ!? な、なんだおま······って、子供? なんで子供が?」
「失礼な! 私は子供······ではありますね。けど子供ではありません!」
どっちだよ。と、小さく呟くラヴェル。何故こんな所に見知らぬ少女がいるのだろうか? 今一良く分からない状況に頭を悩ませるラヴェルであったが、その疑問は少女が教えてくれた。
「私は始めからここにいましたよ? 貴方が突然ここに来たのではありませんか」
「な······あ、いや、そりゃ悪かった。すまねぇな。で、ここは何処なんだよ? 何故俺はここにいる?」
「知りませんよそんな事は。それよりも貴方の事を教えて下さい。騎士に憧れた貴方は一体どうしたのですか? さぁ、早く早くっ!」
「ぬ······っら、ラヴェルだ。俺の名はラヴェル・ハルケイン。お前は?」
「ラヴェルさんですね。初めまして、私はマリー。ただのマリーです。宜しくお願いしますね、ラヴェルさん」
それで? と、目を輝かせるマリーと名乗った少女に見詰められ、ラヴェルは頭を乱暴に掻き毟る。
「あぁくそっ! 調子が狂うな。余り話したくねぇんだが? なんでそんな事を聞きたがるよ?」
「愚問です。途中まで語った物語は最後まで語るのが流儀です。さぁ、それでそれで? どうしたのですか、ラヴェル少年は?」
「ラヴェル少年言うな。······っち、まぁ、それで騎士に憧れた俺は、元騎士だったお袋にせがんでどうしたら騎士に成れるのかを聞いたんだよ」
「ほぅほぅ。お母様に教えを乞うのですね?」
「······いや、逆だ。思い切り反対されたんだよ。お前には無理だから諦めろってよ」
何と! と、いちいち大袈裟に聞き入るマリーに調子が狂う。何でこんな話をと思いつつもゆっくりと昔を思い出し語り出す。
「お前には騎士の何たるかがまるで理解出来ていない、って言われてな。外見だけの憧れなら止めちまえ、って怒られたんだよ」
「き、厳しい方なのですね。ラヴェルさんのお母様は」
「あぁ、とびきり厳しいぞ? 何たって、俺を身籠るまでは《王国騎士団にこの人在り》とまで謳われた騎士だったらしい。それに、うちの家系は遥か昔から続く《勇者》の血族なんだよ」
かなり遠縁だがな。と、付け加えるラヴェルは何処か誇らしげだった。それを聞いたマリーは言葉を失う程に驚いているらしい。大きく口を開け放ち、ぽかんとしていた。
「んで、その騎士に関しては特別厳しいお袋に反発して何とか騎士になろうと必死に出来る事をやったよ。毎朝早くに起きて走り込み、帰って来たら木剣を振るい、身体をとことん鍛えたんだ」
「何と言うか、負けず嫌いなのですね」
「あぁ、とびきり負けず嫌いだったんだ。何度もお袋に怒られて、それでもひたすら鍛え続けたよ。そうしたら、いつの間にかお袋は諦めたのか、俺に剣の振り方を教えてくれたんだ。ありゃ嬉しかったな」
遠くを見詰め、懐かし気に語るラヴェル。その表情はとてもいい顔をしていた。
「本当に嬉しかったのですね。そんな顔をしています。それで、その後はどうしたのですか?」
「ああ、お袋が協力的になってからはそれまで以上に厳しく鍛えられたよ。毎日毎日朝早くから夜遅くまでひたすら鍛えられたんだ。そして、必死にやった甲斐あって王立騎士養成学部に入って主席で卒業。その後はめでたく騎士団入りだ」
「凄いです。夢が叶ったんですね、おめでとうございます」
「まぁ、けどな、けどなんだ。入ったはいいが、何かこう······違ったんだよな。思っていた騎士とは違っていたんだよ。それでいつしか勝手に不貞腐れて、どんどんやる気を無くしちまったんだよ。んでこの様だ。世話無ぇよな、本当に」
情けねぇよな。と、小さく呟き顔を伏せるラヴェル。そんなラヴェルを見てマリーは囁く。
「お疲れ様でした、ラヴェルさんは良く頑張りましたね。最後はまぁ、あれでしたけど······途中までは間違いなく素晴らしい人生だったと言えますね」
「······途中まで、か。まぁ、確かにそうだろうな。けどな、けどよぉ」
「いいんです。もう終わった事をいちいち言っても仕方ありませんよ。お疲れ様でした」
そう笑顔で言われ、何処か釈然としない顔を浮かべるラヴェル。
「······何を迷うのですか? 貴方は良く頑張りました。それ以上何があるのですか?」
「違う、違うんだ。俺は、俺は頑張ってなんかいなかった。心の何処かで平和な日常を鬱陶しいとも思っていたんだ。······最低だな、俺は」
「ええ、最低です。しかしもう終わった事です、仕方がありませんよ。例えラヴェルさんのお母様が戦場で亡くなろうとも、お仲間とあの国に生きる人達がどうなろうと、もうラヴェルさんには関係の無い事なのです」
「······違う、違うぞ、それは違うっ! 俺は、俺はっ······守りたかった。守ってやりたかったんだよっ! 俺の本当に守りたかったものは······お袋だったんだ。俺は昔一度だけ見たことがあったんだ、お袋が一人で泣いていた所を。あの時だ、あの時から俺は、お袋を守ってやりたくて騎士を目指す様になったんだ! 何で今まで忘れてたんだよっ」
頭を抱えて涙を流すラヴェルを見詰め、マリーは優しく諭す様に語り出す。
「成る程、素晴らしいですね。ですが、それも今となっては叶わぬ夢です。諦めて下さい。そして受け入れて下さい。ラヴェルさん、貴方はもう終わったのです」
「違う、違う! 終わってねぇ! まだ、俺はまだ戦える! 守りてぇんだ、お袋を! お袋が愛するこの街を! そこに生きる人達を守ってやりてぇんだ! 俺はまだまだ戦えるんだよっ!」
心からの叫びに呼応する様にラヴェルの胸元は小さく輝き出す。それを見たマリーはとてもいい笑顔で微笑みを浮かべた。
「······はい、では行きましょうか。ラヴェルさんの守りたいもの全てを守る為に。上部だけの光では無く、貴方の心からの輝き、確かに見届けました。大丈夫、ラヴェルさんなら絶対出来ます。そんな貴方にほんの少しの勇気と、背中を押す手助けをさせて下さい」
そう言ってマリーは掌をラヴェルの胸元へとそっと触れる。すると、胸元から熱く優しい力が溢れだした。
「あ、あんたは一体······」
「私はマリー。貴方と出会う為に、貴方を救い導く為にここに来た。ただのお節介なマリーです」
そう言って微笑みを浮かべるマリーを見詰めていると、いつの間にか周囲を覆っていた闇は晴れ、光が満ち溢れている空間へと変わっていたのだった······。
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