#24 ある不器用な騎士の物語19
「·····っ、がっ、はっ! げほっ‼ ぐ·····くそっ、ゴブリン共も纏めてっ、やりやがったっ‼ くそがっ、まだだっ、まだっ‼」
暴風を纏った身体ごと黒い塊に後方へと吹き飛ばされた。そこまでは覚えていたが、地面に激突した際に衝撃に身体がバラバラになる程の激痛を伴い意識を手放していたらしい。それでも、未だ剣を手放さず握っていたのは意地とも呼べる騎士の心だろう。
ラヴェルが重傷を負いつつも未だ生きているのはその身に纏っていた風の魔法があっての結果だった。風がワイルドボアの突撃を和らげ、地面に激突する際に緩和材としての役目を果たした結果があっての事だった。
それを持たぬ他の騎士達は······。
「げほっ! っぐ、くそっ·····くそがっ!? っ畜生、何だよこりゃあ」
ラヴェルが激痛に耐え身体を起こして見た景色は······。
前線を維持し、持ち堪えてきた騎士達の大半は突如乱入してきた大型種の魔物の集団により蹂躙されていた。
平時の際にも、一対一を極力避けて戦う程の魔物達が壁の様に立ちはだかりその猛威を明確な絶望と共に撒き散らす。
屈強な騎士の身体を易々と跳ね上げ、重厚な鎧はひしゃげ、引き裂き、叩き潰し、喰い千切る。その光景を見て心を折るなと言う方が無理がある。
仲間達が次々とただの肉塊に成り果てる。血を撒き散らし臓物迄も引き摺り出され、苦痛の叫びを上げて絶命してゆく。
突然の戦況の変化に騎士達の敷いた防衛戦線は瓦解し、今まで一度足りとも上げなかった悲鳴や懇願する言葉が上がり始める。
「隊列を乱すな! 前線を維持しろっ! 持ち堪えるんだっ‼」
「何だよ、何だってんだよっ!? 止めろ! 俺の腕を返せ! くそがっぐ、ぐあああ!?!?」
「くそっ、くそ‼ やめろ! 止めてくれよ! 喰わ、喰わないでくれぇ‼」
「あああ、目が、目が見えねぇよ。何処にいるんだ......皆何処にいるんだよ!?」
散々地獄だと思っていた戦場は、今正に本当の地獄と化していた。
「ふざけるな······ふざけるなよ。何だよそりゃ、ふざけんじゃねぇぞ! そんな、そんな簡単に殺してんじゃねぇぞ! 俺達は······俺達はなぁ‼ っくそっ、立て! 寝てんじゃねぇ、立ちやがれくそがっ!?」
眼前に広がる阿鼻叫喚の地獄を前に、自身の満身創痍の身体を無理矢理に起こすラヴェル。
着こんでいた全身を守る鎧は胸の辺りが大きく窪み、骨もきっと折れているだろう。口一杯に競り上がる血を吐き出し、息を圧迫する鎧を脱ぎ捨てる。
自身が最前線よりかなり後方へと飛ばされた際に、既に風の魔法も途切れていた。それでも尚、一刻も早く立ち上がり死が蔓延するあの前線へと駆け出していく。
······筈だった身体は、少しだけ進み出た先で再び地面へと崩れ落ちる。
王都防衛戦開始直後からひたすら全力で前線を維持し続けていたその身は、心身共に疲弊し、加えて先程の奇襲で既に限界を迎えていたのだ。
「······くそっ、身体が、思う様に動かねぇ。頭が痛ぇ、脇腹が痛ぇ、心臓が破裂しそうな程痛ぇ。目が······眩む。ふざけんな、ふざけんなよ。こんな終わりが、俺の最後なのか? まだ何もしてねぇぞ、何もしてねぇんだ! 頼む、動け!動いてくれよっ!?」
「おい! 生存者がいるぞ! 治療師を呼べ‼ 早くしろ!」
「やめ······まだ、たたか、え」
「黙ってろ! 本当に死ぬぞっ!? こんなに血塗れに······。すまない、俺達も前線にいけたなら少しは壁になれたのに。すまない、本当にすまないっ!」
霞む目には第十一騎士団後方支援部隊の紋章を付けた軽装の騎士が涙を流している姿が写る。
そして、視線を巡り初めて周囲を観察した。そこにはラヴェルと同様に地面に伏せる騎士達。在らぬ方向へと折れ曲がった四肢を力なく地に伏せ、ぴくりとも動かない騎士達。中には呻き声を上げて身動ぎする者もいる。
そんな光景を目の当たりにして、自身が如何に幸運だったのかを痛感させられた。
「畜······生、畜生、畜生っ‼ 何だよ、何だよこりゃあ。酷ぇ、余りにも酷ぇ。こんな、こんな事があっていいのか? あんまりじゃねぇかよ、こんなのっ」
ラヴェルは気が付けば涙を流していた。
顔も何も判別出来ない程に血と土に塗れ、静かに横たわる騎士達を見て自然と涙を流していた······。
「これが本当の戦場なのか。これが命を賭けて戦うという事か。これが······王国に命を捧げるという事なのか?」
次々と後方支援隊の手により戦場から負傷した騎士達が運び出されてゆく。
ラヴェルもその内の一人の負傷者として数名に担がれて戦場を離脱余儀無くされてしまう。
◆◇◆◇◆
ラヴェルが安全圏である正門の中へと運び込まれる最中、突如として周囲から歓声が沸き上がる。新たな騎士達が進撃しようと隊列を組みその歩を進めていたのだ。
その集団がゆっくりと進み出る時、ラヴェルに気付いた先頭に立つ騎士が走り寄ってきた。
「······ラヴェル? ラヴェルっ! しっかりしなさい! 大丈夫なの?」
そのよく知る声に驚き、覆っていた腕で慌てて涙を拭う。そして、決して居る筈のないよく知る人物へとその腫れた目を向ける。
「な、にやってん、だよ。何やってんだよお袋っ。なんだその格好はっ!? 何処に行こうってんだよ‼」
そこに居たは、量産された騎士達の鈍銀色に輝く鎧ではなく目も覚める程に蒼く輝く鎧を身に纏い、大剣と身惑う程の刃渡りに身長を軽く越える程の大槍を携えた母親の姿があった。
幼少の頃より憧れた母親のその鮮やかな鎧と大槍は、今は主の身に纏われその威光をこれでもかという程に放っていた。
正に、ラヴェルが憧れた《英雄》がそこに立っていたのだ。
しかし、それは全く望まぬ形で最も戦場へと赴いて欲しくない人物でもあった······。
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