#21 ある不器用な騎士の物語16
「······《魔物集団暴走》、ですか? それがこの王都を襲う、と?」
「そう。そしてその災害にはある法則があるんだ。普通、魔物はそれぞれ個体別に好き勝手に徘徊し、周りに被害を及ぼすものなんだ。けど、それが近年成りを潜めている。目撃情報も討伐状況も、この地域にしては余りにも少ないことから不審に思ったんだ。そして、今から十九年前にも《魔物集団暴走》が起きたと記録されている。それは僕が生きた時代でも観測をして計測し、そして実証を得た確たるものだ。間違いない」
「あ、え? そ、それではどうするんですか? 私達がそれを止めるのですか?」
「いいや、僕らはあくまで裏方に徹しよう。確かに僕が直接手を下すのは簡単だよ。けど、それをしてしまえば《英霊》たりえる者がそこに到れず埋もれてしまうかもしれない。この時代の出来事は、あくまでこの時代を生きる人達が対象するべきだと僕は思うんだ」
「そういうものなのですか? 私は救える命は救ってあげたいと思います。それはいけない事なのですか?」
「そうは言わないよ。けど、良く考えてみて。僕達がここに来て間もなく、数十年振りに災害級の事件がこんなに都合よく起こり得るものなのかな?」
小さく声を漏らすマリーを見てリードは小さく笑う。
「主神様がなぜこの場所に僕らを送ったのか。なぜこんなにタイミングよく事件が起こるのか。そしてマリーちゃんが託された使命。とても無関係とは言えないよね? きっと、これが主神様が言う所の《手助け》をする場面だと僕は考えるんだけど。どうかな?」
マリーは頷くしかなかった。正に正論だ。確かにマリーを呼び寄せた時に主神は言っていたのだ。一つの命に手を差し伸べたならば他の命をも手を差し伸べなければならなくなる、と。
その言葉を今一度思い出し、如何に心を締め付ける事なのかを痛感する。
「では、どうするのですか? このまま事が起こるまで指を咥えて見ているだけなのですか?」
「いいや、言ったでしょ? 《手助け》をするんだ。一人でも多く助ける為に、あくまで裏方として《手助け》をするんだよ」
そう言って、リードはマリーに手を差し伸べる。それを受け取り椅子から立ち上がる。涙をうっすらと溜めた瞳で縋る思いでリードを見上げる。
「先ずは《ハンターズギルド》に呼び掛けよう。僕達の考えを直接伝えその時に備えよう。いつ起こるか分からない以上のんびりとしている暇はないよ? さぁ行こう、マリーちゃん!」
「ちょ、リードさん! 大丈夫です、一人でも歩けますから!」
先ず、二人は《ハンターズギルド》に事の詳細を説明し、状況は静かに動き出す。ハンター達が総出で駆り出され、その信憑性を確かめる為に森へと潜伏する。そして、確認が取れて正式な依頼として受理される。その報酬は緊急事態という事で《ハンターズギルド》が立て替え、後々国に請求する。という算段だ。
現地に潜み、魔物達を監視しているハンターからの情報を元に、騎士団の手の届き難い場所からの襲撃に備え調整を進める。昼夜問わず動き回り下準備を整える。いつ起こるか分からない脅威に備えて。
そして遂に、リードの言う《手助け》の準備は整った。
かくして、マリーはそのまま《ハンターズギルド》に置き去りにされ、宿に帰る事も出来ず、職員達の休憩室にて眠る事になった。そして、何も出来ない無力感をぶつける様に、リードを恨めしげに睨み報復に出る。二人は《父娘》だと《ハンターズギルド》にいる職員からハンターに至るまで、全ての人に言い回り今に至る。
完全にマリーの逆恨みでしかなかった······。
◆◇◆◇◆
「いいかいマリーちゃん。良く聞いてくれ。ここからはおふざけは無しだ。これから先は命を賭けた紛れもない《戦場》になる。君はそれに参加してはいけない」
「何故ですか!? 私も戦えます! 力になりたいんです、お願いしますリードさんっ!」
「駄目だ。君はその手を汚しちゃいけない。如何に魔物とはいえ、元は罪のない動物や人間だ。君はそれを何の躊躇いも覚悟もなく《殺せる》のかい?」
マリーは言葉を返す事が出来なかった。今まで生前を含めても、只の一度も命を奪った事など無い。そんな自身がいざ実践で躊躇いも何もなく《殺せ》と言われても出来るとは到底言えなかったのである。
故に、唇を硬く結び俯く事しか出来なかった。そんなマリーの頭をリードは優しく撫でてやる。
「いいんだ、それでいいんだよマリーちゃん。君はそれでいいんだ。大丈夫、僕がいる。君はそんな事をしなくていいんだ。誰かを救い、導く者の手が血で塗れていたならば、誰がその手を取ろうというのだろう?」
「それでも······それでも、私も何かの力になりたいんです。見ているだけの傍観者にはなりたくはないんです!」
悔しさに涙を溢し、マリーはそれでもと尚も食い下がる。しかし······。
「分かってる。僕も昔はそうだったから。戦いに赴く人達を見送るしかない無力感は痛い程に良く知ってるよ。けどね、今の君が本当にやるべき事は、果たして僕と共に魔物退治をすることなのかい? 違うよね? 大丈夫、君は無力なんかじゃない。僕が断言しよう、君は決して無力なんかじゃないんだ。そんな君の優しい気持ちを僕に託してくれはしないか? 大丈夫、僕が必ず守ってみせる。君の分まで僕がその血を浴びるよ」
言われて涙は止まらなくなった。
こんなに無力な自分を認めてくれた。
それが嬉しくて悔しくて。
「君は君のやるべき事を果たすんだ。それはきっと、他の誰でもなく君にしか出来ない事なんだ。大丈夫、君ならきっとやれる。やり遂げられる。それを成す為に障害があるのなら、その全てを僕が払おう。この魂に誓う。例え何者であろうと僕が君を必ず守る。だから、今回は大人しく守られてくれないかい、マリーちゃん?」
「っずる、狡い、狡いですリードさん。本当に狡い! そんな事言われたら、っな、何も言い返せないじゃありませんか! っこの人誑し! 本当に狡い······けど、分かりましたっ。今回は大人しく守られてあげますっ。だから、どうかご無事で。変わらず、必ずここに戻って来て下さい。約束して下さいっ!」
「うん、約束しよう。必ずここに戻ってくる。だからここから僕を見ていてくれ。大丈夫、絶対に負けはしないよ。何たって、僕は君を守る為に呼ばれたんだからね」
「······っとに、本当に、っ、人誑しですねっ! っぐっ、わた、しはそう簡単にはっ、落ちませんからっ! けどっ、絶対に、絶対に帰って来て下さいね? 約束を破ったらもっと酷い事になりますよ、覚悟していて下さいねっ!?」
涙を堪えながらも必死に憎まれ口を叩くマリーを見て、リードは優しく微笑みを返す。そして、城壁の上からは魔物の大軍が押し寄せてくるのが見えた。
「そろそろ来たみたいだね。もしもの為に教えた結界魔法を解いてはいけないよ? ······それじゃ行ってくるよ。大丈夫、何故かと言うと」
そこで言葉を切り、城壁の縁に立ちマリーへと振り向く。そして、ゆっくりとその右手を天へと掲げる。
その右手を目映い光が覆う。
直視出来ない程の目映い光が一点に集い、剣を形作り右手にしっかりと収まる。
そこに立っていたのは、光剣を携えて悠然と立つ英雄が一人。
それは、世界中に伝わるどんな英雄だろうと霞んで見えてしまう程の、文句の付けようもない紛れもない《伝説》が立っていた。そして告げる。
「実を言うとね、僕は《勇者》なんだ」
光の聖剣をその手に携え、遠い昔に世界を救った《伝説》が再び戦場へと降り立つのであった······。
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