#19 ある不器用な騎士の物語14
※祝日の追加更新です。
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この壁の向こうには沢山の人間達が集まる場所がある。それは随分前から知っていた。しかし、守りが硬く手数も多い。
美味そうな小さい人間に、柔らかくいい匂いのする人間。いつもいつも眺めるだけで、決して手の届かない場所だと思っていた。
だが、だがしかしだ。
遂に届く。この日の為に数知れぬ程の同胞達が集まり潜んで待ち続けた。
あの《新たな長》の元に様々な用意をしてきた。それが今、報われようとしている。周りの同胞達も今か今かと待ちわびている様だ。
手に持つ適当に拾った太い木を打ち付けてその時を待つ。
そして、その時は突然やってきた。
目の前が突然に真っ赤に染まり吹き飛ばされた。巻き上がる土と強い風が吹き荒れ地面を転げ回る。何事かと周りを見渡せば、そこには燃え盛る炎に焼かれる同胞達。
何が起きた?
全身が痛くて動くのが辛い。それに、音もよく聞こえない。この場に暫く寝込んでいよう。
そこで、土が揺れている事に気付きふと顔をあげてみる。
何だ、これは······?
◆◇◆◇◆
「あん? 今何か踏んだな······。まぁどうでもいい。······さぁ、良く聞けクソ野郎共! テメエ等全員、生きて森に帰れると思うなよ! 王国騎士団が一番槍、ラヴェル・ハルケイン! 行くぞオラぁ‼」
魔法による爆音が轟き、遂に門が開け放たれた。
魔法攻撃部隊の連携広域殲滅魔法は強力で、飛び出したラヴェルを熱波と焦土が迎える。
しかしもう止まれない。始まったのだ。互いの生存を賭けた種族同士の戦争だ。
転がるゴブリン達を踏み潰し、魔法攻撃の範囲外にいたであろう魔物の集団へとひた走り叫ぶ。
「総員! 魔力解放! 身体強化を怠るな‼ 突っ込むぞ、続けぇ‼」
『うおおおおおおおおおおっ‼‼』
大剣を肩から背へと大きく振りかぶり、力の限り握り締め己の魔力を込める。
「風よぉ! 我が剣に宿り、全てを凪ぎ払う暴風となれっ! 喰らえオラぁ‼」
ラヴェルが走る勢いそのままに、魔力で強化を施したその身体を以て全身全霊の一撃を魔物の集団に叩き込む。
同時、地面は爆ぜ暴風が吹き荒れる。
小型の魔物は宙を舞い、直撃を喰らった魔物は跡形も無く擂り潰される。
それを皮切りに、周りの魔物の集団にも圧倒的な暴力が襲い掛かる。
真横に凪ぎ払う剣尖が炎を纏い、周囲の魔物を焼き払う。降り下ろす鎚が轟音と共に大地と魔物を粉砕する。突き出された槍からは氷棘が多数伸び、居並ぶ周囲の魔物を纏めて貫き殺す。
騎士団総員、総じて一人も怯む事無く魔物の壁とも言えるその場所へと身体を踊らせ飛び込んでゆく。周囲の友と肩を並べ左右を補いあい、続いて駆けてくるであろう友に背中を任せる。自身がやる事は前進のみ。ただ眼前に居並ぶ魔物の群れのより深くに刺さり込む事のみ。
皆様々な武器を振るい、魔法を駆使して己の武力を行使する。
飛び散る血と臓物、魔物の一部にも目もくれず、血に塗れながらも誰かが叫ぶ。
「止まるな! 走れ! ひたすら走り続けろ! 道を作るぞ、分断させろっ!」
『うおおおおおおおおおおっ‼‼』
「蹴散らせ! 止まるな、行け行け行けっ‼」
誰も彼もが最早前しか見ていない。
隣を走る友を信じて横は見ない。後ろに続く友を信じて振り向かず、ただひたすらに走り続ける。
魔物に捕まり、身動きが取れなくなった友の代わりに後続が先陣を切る。さらに後続が友に覆い被さる魔物を切り飛ばし助け起こす。そうして再び隊列へと加わり駆けてゆく。
正に命を賭けた死の突貫。ただ前へ。その一点のみを見据え騎士達は突き進む。
例え隣の仲間が倒れようと、それを一瞥にもくれず眼前に群がる魔物を切り伏せる。後に続く仲間に託して倒れ伏す。
誰のものとも知れぬ叫び声と、爆発音や炸裂音。轟音と爆風、土煙と肉の波を掻き分けて愚直に前へと突き進む。
そして、血溜まりと肉塊を踏み締めてラヴェルもひたすらに走り続ける。
「ぬぅおおおおっ! 退きやがれぇっ‼」
ラヴェルが大剣を振る度に暴風が巻き起こり、千切れた肉の塊が舞い飛ぶ。
血の雨を全身に浴び、土埃を巻き上げて魔物を打ち上げる。
その様は正に暴風の化身と化していた。
「ラヴェルの周りには近付くなよ! 巻き込まれてぶっ飛ばされるぞ!」
「おい、バカラヴェル! テメェ少しは周りの事を考えろ!! 俺達に仕事をさせやがれ! ったく、《ハルケイン》の名を文字って《ハリケーン》ラヴェルとは良く言ったもんだぜ!」
「景気良くふっ飛ばしてるが、ペースを保てよ! まだまだ先は長ぇんだ、途中でへばるんじゃねーぞ!」
「喧しい! これが俺の《少数独立殲滅部隊》としての仕事だっ! ごちゃごちゃ五月蝿ぇと、テメエ等も纏めてぶっ飛ばすぞっ!? おら、風穴を作ってやる! 突っ込みやがれ‼」
ラヴェルの余りにも凄まじい攻撃に魔物も味方も近付く事は出来ず、剣のみならずその身体をも風を纏う。
これがラヴェルが騎士になる為に必死で会得した《ハルケイン》家一子相伝の魔法武装。
己の武器と身体に暴風を纏い、近付く事は愚か、遠距離魔法や飛び道具すらもその軌道を反らす暴風の壁。
その途方もない暴風に耐えうる身体と魔力。全てを兼ね備えて始めて成立する魔法。しっかりと大地を踏み締めて剣を横這いに駆ける。
眼前に居並ぶ魔物の波を目掛けて剣を振るう。爆風と見惑う程の風が吹き荒れ、体勢を崩した側から切り殺す。叩き擂り潰す。
「オラぁ‼ どんどん来いやぁ! 《暴風》の名を嫌と言う程叩き込んでやらぁ! そして死ね! テメェ等全部死んじまえっ‼」
返り血を拭う事もせず、自身の慎重よりも長い大剣を軽々と振り回す。その様は正に《暴風》そのもの。
王都防衛戦はまだまだ始まったばかりだ。これより先、血が大地を染め上げ、臓物が散らばり、死臭の漂う戦場は激化してゆく。夜の闇を払うか如く閃光と爆炎が踊り、一陣の風が戦場を駆け巡る。
それでも、誰一人として背を向ける者はその場に居なかった······。
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