#17 ある不器用な騎士の物語12
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王都から少し離れた場所には森がある。
この森は駆け出しの頃の《勇者リード・カレンス》が修行を積んだ場所として有名で《始まりの森》と呼ばれていた。
森は草木が生い茂り資源が豊富で、動物狩りや薬草採取等にうってつけの場所である。更に、弱い魔物達の住み処となっており、駆け出しのハンターや騎士を目指す少年達の修行の場としても人気がある場所だ。
しかし、それはあくまで奥に行かなければ。の話だ。
森の奥には一際濃い魔力が渦巻き《魔力溜まり》を発生させている泉がある。それは、動物や人種問わず有害な毒に匹敵するもので、そこに留まり続ければ死に至る危険な場所。
故に、発見された当時からその周辺は常にハンター達と騎士達で互いに協力し合い、厳重に立ち入り禁止区域として監視、管理されている。泉周辺に近付けぬ様柵を設置し、看板で警戒を呼び掛け定期的に魔法で結界すら張って管理されている場所だ。
しかし、大地に深く染み込んだ濃い魔力はその周辺の土や木は愚か、同じ魔力で構築されている結界を長い時を掛けて蝕み綻びを作り穴を開ける。
やがて、大地と結界の穴から少しづつ漏れ始めた濃い魔力は近くにいた魔物や動物を媒体として宿り、その媒体を強制的に活性化させ蝕んでゆく。
大概、その苦痛に耐えきれず絶命するのだが······極希に生き残り、その桁外れの力を周囲に撒き散らす害悪に外ならない存在が誕生することがある。
そうして、誕生した存在のほぼ全てが意思を持ち、群れを率いて外の種族を蹂躙する。それが《魔物集団暴走》の原因とも言われている。
その群は、総じてより強い個体に従う様に動き、普段では考えもしない行動を取ると言われる。例えば······。
弱い個体を斥候として送り期を伺うとか。
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「起きろ、ラヴェル!」
「ぅおあっ!? な、なんだ! 何事だ!」
「何事もねーよ、そろそろ起きろ。もうすぐ昼だ、俺は飯にするからさっさと交代しろ。ほら、いつまで寝惚けてやがる。さっさと起きやがれ!」
「あ、ああすまねぇ。······悪かったな、いつの間にか寝ちまってたか」
「ああ、見事に爆睡してやがったぜ? 二日酔いは覚めたかよ」
「大丈夫だ。すっかり良くなってる。お前のお陰だな、今度一杯奢るぜ」
そりゃ楽しみだ。と、頭を軽く小突かれ漸く頭を覚醒させる。
いつの間にか眠っていて、周りを見渡せばもうすぐ正午を告げる鐘の音がなる頃だろう。お陰で二日酔いは覚めてすっきりとしていた。
しかし、奇怪そうな顔を浮かべるラヴェルは見ていたであろう夢をまたも思い出せずにいた。
「くそっ、またかよ。また何かを忘れてる。それに、やはり誰かに会っている。あいつは誰だ? 何を伝えようとしてやがったんだよ! まるで分からねぇ! けど、何だ? 胸の奥が熱い······こりゃ一体何なんだ」
鎧越しに胸に手を添える。確かに熱い。理由は定かではないが昂っている。
まるで、何かが起こる事を待っている様な感覚。何かが起こる事を知らせる様な感覚。
その不思議な感覚に襲われ、ラヴェルは詰所から出て天を仰ぐ。日射しが照りつける空を見上げ、何故か見たことのない男の顔が脳裏に浮かぶ。
「······あんたは一体誰なんだ。俺に何を伝えたい。さっぱり分かんねぇよ」
ラヴェルの呟きは、誰にも届く事は無くただその場で天を睨みつけるばかりだった······。
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「もう日が落ちる、そろそろ上がりだラヴェル。一日ぼけっとしやがって、この給料泥棒め」
「あ、ああ······悪いな。ちっと気になってる事があってな。埋め合わせは必ずする。すまねぇ」
「ああ、待ってるぜ。俺もお前に話しておきたい事があるしな。まあ、期待しててくれよ」
「おおーい、交代の時間だ。お疲れさんだ二人共。異常はなかったか?」
雑談を交わすラヴェル達に、一日の業務の終わりを告げる交代の騎士達が外壁に設置された見張り塔へとやって来る。
一日中考え事をしていたラヴェルは、業務の終わりを今日程早く感じた事は一度もなかった。
思う事はあれど全くそれが何かが分からない。そんなもどかしさを抱えながら、何処か上の空で備品庫へと向かい装備を外して寮に戻る。
「眠ればまた同じ夢を見られるのか? あの夢を見てから妙な胸騒ぎが止まらねぇし気持ちが落ち着かねぇ。確かに俺は知っている筈だ、あの男の事を。もう一度出てきやがれ。今度は絶対に忘れたりしねぇからな」
ラヴェルは夕食も口にせず、部屋に入るなりベッドへと飛び込む。そのまま少しすると、寝息をたてて眠りにつくのであった。腰に付けたままのナイフと共に······。
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······きろ。お······ろラヴ······目を······せ。街を救······。······ェル。
「······ちっ、やっぱ出やがったな。面をみせろ! 今度は絶対に忘れやしねえからな! 散々人様の頭ん中を悩ませやがって、絶対ぇに許さねぇぞ! 姿を見せやがれ!」
漸く会えた《それ》は人の形を成してはおらず、ただの発光体として存在していた。ラヴェルの目の前一杯に光る発光体は眩しく輝き、しかし何処か懐かしく温かい。何かを伝えようと必死に話してはいるが、よく聞き取れずにイライラする。
恨み言の一つでも吐いてやろうと、ラヴェルは大きく息を吸い込む······その時であった。
······目を覚ませ、せラヴェル! お前が王都を守るのだ! そして民達を救え! お前になら出来る! さあ、目を覚ませ、行くんだラヴェル······!
漸くはっきりと聞き取れた声は、本当に理解に苦しむ事を告げた。それに困惑するラヴェルは自分の意思とは関係なく叩き起こされる事になる。
「ラヴェル起きろ! 緊急事態だ! 急げ、早くしろ!」
「うおっ! な、なんだ!? 何事だよっ!?」
「しっかりしろ、よく聞け! 大事な事だ、一度しか言わん! 《魔物集団暴走》が発生したっ! 今すぐ装備を整えて備品庫前に集合だ! 急げっ!」
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