#12 ある不器用な騎士の物語7
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「······おぉ、やっと左手の感覚が戻ってきた。ったく、マジで俺の手握り潰す気だったなお袋のやつ······。てか、それを普通にやっちまうのを簡単に想像出来ちまう母親ってのもどうなんだよ」
自身の左手を開閉しながらふらふらと通りを歩くラヴェルは、先程まで自身に振りかかった災難を思い返していた。
「てかよぉ、仕方ねーじゃねぇか。そりゃ不満の一つも出るってーの。毎日毎日来もしねぇ危機ってやつに供えて必死に訓練して、街の巡回警備して、たまーに出る雑魚い魔物をぶっ殺して、守ってやってんのに文句まで言われてよぉ。本当に何だってんだよ、馬鹿くせぇ」
日々の愚痴を母親の前で溢し、激怒されて自身の左手を握り潰す勢いで圧迫され、解放された途端に逃げるように実家を飛び出してきた。
にも関わらず、またも愚痴るこの体たらく。先程の母親の激怒は正に自業自得というものである。
そうこうしている間に人が波のように行き交う通りにぶつかり、自身もその人の波に紛れて帰路に付こうとした。
その時であった。
「······おいおい、マジかよ。勘弁してくれよ、俺は今日非番なんだぞ? 働かなくてもいい日なんだ。それなのに、アイツは何をしてくれてんだ」
額に指を当て溜め息を漏らすラヴェルの視線の先には、人混みに紛れて他人様の財布を抜き取っている男がいた。スリだ。しかもかなり手慣れている様子が見てとれた。
その手口は絶妙のタイミングで最も効率の良い鮮やかな手際だった。しかも、周囲に気付かれる事の無い様にしっかりと人混みに馴染んでいる。
見るものが見ないと全く分からないその手口をラヴェルは見てしまった。
「······捕まえるか? いや、待て待て。俺は今日非番なんだぞ? 月に数日しかない貴重な非番なんだ。働いてどうすんだよ。幸い周りは全く気付いちゃいねぇみたいだし、黙ってりゃきっと無駄に働く事もねぇ。見なかった事にして休みを満喫するか」
そんな考えを他所に、またもそのスリは実行に移す。今度は老夫婦へと狙いを定めた様だ。建ち並ぶ露店を覗き見て、ごくごく自然に距離を縮めて行く。
······そして捕った。
その後は、逃げる様に人混みをかき分け路地裏へとその身を投げ出し一気に走る······。
「おっと、待ちな。テメェが行くのは路地裏じゃねぇ、牢屋だ」
······筈だったスリは、気付けば何かに持ち上げられ、まるで身動きが取れずにいた。
「ちょ、おい! 何だってんだよっ!? 離せ、離しやがれっ! 俺が何をしたってんだよ!」
「喧しい、少し黙ってろ。おおーい! そこにいる髭が立派なじい様、あんただ! そう! んで、そこの白いハットを被ってる紳士なあんた! いや違う、そこのあんただ!」
人一倍に大きな声を張り上げて、片腕のみで一人の成人男性を軽々しく宙に吊し上げる。さぞかし目立つであろうその事態に、何事かと自然と周囲にいた人々は男を吊し上げる逞しいラヴェルに一斉に視線と興味を向ける。
お陰で、財布を盗まれた当人達を容易にこちらの側へと誘導する事が出来た。
そこからは早かった。
まず、周囲に事の事情を大声で説明し、自身の所持する貴重品を確認させる。その後は被害者達を纏めて道の隅に留め置き、騒ぎを聞きつけ巡回中の騎士達が到着するまでその窃盗犯をしっかりと拘束する。
少しも待たぬ内に駆けつけた騎士達に事情と自身の所属を言い、ラヴェル自身も当事者として騎士達の詰所へと動向する運びとなった。その際、周囲からは拍手喝采の賛辞を受け、先程まで悩んでいた事など忘れて片手を挙げて応えるのであった。
「······やっちまった。身体が勝手に動いちまった。やぁれやれ、こりゃもうどうしようもねーか。俺の休日は次までお預けだな」
などと呟きつつ、自身の髪の毛を乱雑に掻き上げるのであった。
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「あえ、リーロはん。いあ、むほうのほうへ······」
「うん、分かったよ。先ずはその小さい口一杯に頬張ってる串肉をどうにかしようか」
こんがりと焼けた大きな肉を串で刺したそれを咥え、何を話しているか分からないマリーを嗜めつつ、その騒がしい後方へと視線を向けるリード。
「うーん、どうやら騒ぎは収まった様だよ。マリーちゃんが串肉を堪能している間にね」
「思ったよりも弾力がありとても美味しい肉でした! 肉自体も去ることながら濃いめのタレが絶妙に絡み合い」
「うん、余程美味しかったんだね。相当浮かれているのがよく伝わってくる良い食レポだよ」
何処か微妙な笑顔で未だ興奮冷めやらぬマリーを横目にリードは呟きを落とす。
「······本当に大きくなったんだな、この王都も。こんなにも活気に満ち溢れ、露店や店舗が建ち並ぶ風景をあの時の僕は微塵も想像出来なかった」
しかし、改めて考えると本当に人というのは逞しい。あの時、散っていった多くの戦友達。生き抜く事が叶わなかった数えきれぬ犠牲者達にもこの風景を見せてあげられたなら。
過去の時代を思い返し、一筋の涙がその頬を伝う。あの血と死臭が支配する死の時代を。世界中の多くの者達が血と苦しみに塗れ、殺し殺されの地獄の様な日々を。
「決して繰り返させる訳にはいかない。こんなに平和で穏やかな日々を、何者にも奪わせてはならないんだ。その為に、僕に出来る事があるとするならきっと······」
「あっほら、リードさん! あの露店! とても不思議な食べ物が飾ってありますよ! 行きましょう!」
不意に、強く腕を引かれて思考を戻す。引かれた掌にはマリーの小さな掌が収まっており、いつの間にか手を繋がれていた。
「大丈夫です。この世界を救った張本人の、伝説の勇者様がいるんです。何が起きても起こらなくても、私はこの手を離したりはしませんから。だから、しっかりと私を守って下さいね勇者様っ?」
「マリーちゃん。君は······いや、うん。そうだね、そうして貰えると僕も安心だし嬉しいよ」
笑顔で見上げるマリーの頭に、空いている片方の手を置いて静かに優しく撫でてやる。先程の涙を見ていたのであろうマリーの手を、慈愛の念を持って優しくも強く握り返して笑顔を向ける。
この平和な日々が少しでも長く永く続きます様に。と願いを込めて······。
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