#11 ある不器用な騎士の物語6
「なぁーにが《英雄》様だよ。幾ら血族っても、遠縁も遠縁過ぎてその血筋すら怪しい話だろうに。そもそも、本当に繋がってるかすら疑わしいぜ」
「馬鹿ね。貴方に託したでしょ? 《英雄》と謳われるご先祖様が沢山いた当時の妻達一人一人に贈ったとされる《血族の証》を。それが何よりの証拠よ。それすらも疑うのなら······ラヴェル、貴方は今日から《ハルケイン》の名を名乗る事を許しません。二度と顔を見せないで」
「おいおいおい、分かった分かったよ。悪かった、俺が悪かったってば。だから本気になるなよなぁ。たしかにその《血族の証》ってのは今も肌身離さず持ってるよ。······本当に悪かった、すまん」
分かれば宜しい。と、笑顔で頷く母親は空になったティーカップにお茶を注いでくれる。
そうなのだ。確かにこの《ハルケイン家》は誰もが知るあの《勇者リード・カレンス》を祖に持つ王家の血族なのだ。しかし、遠縁も遠縁で他に数多くいた妻の一人の血筋だ。更に、そこから多数分岐した家系図の中で一番下がこの《ラヴェル・ハルケイン》なのだ。
しかし、ならば何故この様に普通の家屋に住んでいるのか?
それは、贅沢を良しとせず質素な生活を好む厳格な騎士である父と、その父の意思に寄り添い支え続けてきた母の元、王家の血筋を鼻に掛ける事も傲る事もせずただひたすら国に殉じてきた証とも言える家屋なのだ。
侍女すらも雇わず食べるものも着るものも全て自分達で行い、凡そ王家の血筋など微塵も感じない生活を送ってきたのである。お陰で周囲の血筋の者達からは変人扱いである。そんな事などまるで気にもせず、二人はひたすらに互いを支え歩んできた。
しかし、ラヴェルがまだまだ幼く話す事も儘ならない頃に、ラヴェルの父は《ある事件》によりその命を落とし、この世を去ってしまった。
その後は亡き夫の変わりに王家の血筋とは何たるか、貴族とは何たるかを母が女手一つでラヴェルに叩き込み見事に育て上げたのだった。
「いい、良く聞いて? 貴方が成人して騎士団に見事入隊出来た時に渡したその《血族の証》はね、貴方が考えているよりも遥かに重いものなの。それは私達だけじゃなく先代様よりもっともっと長く続く《ハルケイン家》の誇りと生き様そのものなの」
目の前に座るラヴェルに対し、目を反らす事を許さんと視殺する勢いで両の目を力強く見詰め諭す様に語る。
余りにも真っ直ぐ見詰められ逃げ場を求める様に少しだけその身を引いてしまうラヴェルに対し、それを逃がさんとばかりにテーブルに置かれたラヴェルの左手を自身の荒れた両の掌で優しくしっかりと包み込む。
「自分の選んだ道を疑わないで。貴方には貴方にしか出来ない事が絶対にある。それが何時か、どのタイミングで訪れるのかは分からない。けどね、忘れないで。貴方の中にもきっと《英雄》様は居られるわ。だから《己の信じる道を貫く勇気》を持って」
「······っ。《己の信じる道を貫く勇気》を持て、か。ウチの有難い《家訓》かよ。······ったく、全部お見通しか。やっぱお袋には敵わねえな。ああ、確かに俺は腐ってるよ。やり甲斐も張り合いも無いこの騎士団に対してな。何も変わらん日常にたまに現れるクソ弱え魔物共。セコい軽犯罪者共にくそったれな商人共。そんな奴等がいる街を守って何の意味があるよ? こんな事をする為に俺は騎士団に入隊した訳じゃ······っだ! っでででで!」
「自惚れないで頂戴。私達は貴方一人に守られてる訳じゃないの。それに、貴方が不貞腐れるのは貴方の勝手、大いに結構。けど、けどよ? この国を守護し、職務を全うする王国騎士団そのものまで侮辱するのは例え誰が許したとしても私が絶対許さない。決して貴方如きに侮られる様な軽い存在ではないの。この国を守護する王国騎士団というものは」
「い、いだだだだだだ! 分かった! 悪かった! 本当に悪かった! だから、マジで手を握り潰そうとすのは止めてくれ! 本当に潰れる! 物理的にそれ以上小さくならねぇから! だからもう、本当にすんませんしたぁ!」
先程まで優しく包まれていた筈の左手は、突然あり得ない握力によりミシミシと音を立て握り潰す勢いで圧縮されつつある。
耐えがたい激痛がラヴェルを襲う。
そんな涙目で懇願するラヴェルをとてもいい笑顔で、しかし底冷えのする様な、殺気すらも纏うその笑顔で見詰める母親。
ラヴェルの母親は、亡き父と同じくラヴェルを身籠る前までは王国騎士団に所属していたのだ。それも、一つの団を率いる程に強く他国の騎士や自国の民衆にも《王国騎士団にこの人在り》と言わしめる程に名の知れた剛の騎士だったのだ。
現役を退いて久しい筈のその身は未だ健在で、水仕事や日常の家事仕事で荒れた掌には生涯消えぬと思える程にくっきりと戦の歴史を刻んだ剣胼胝が残る。
そんな母親が本気で怒っている。今も自身の左手を物理的に圧縮せんと恐ろしい握力をもって握られている。凄くいい笑顔で。
「マジで! いや、本当に反省してる! もう絶対騎士団を馬鹿にしたりしねーから! だからマジでもう勘弁して下さい! 潰れるから、本当に左手潰れるから!」
最早恥も何もあったものではない。
この母親の前では、ラヴェルの人一倍に大きく頑丈な肉体を持ってしても決して抗う事すら叶わぬのだ。それは、幼少の頃より厳しく躾られ最早トラウマとも呼べるものでもあったりもする。
余りの痛みに意識すらぼやけ始めたラヴェルは、幼き日に母親を激怒せた時の事を思い出していた。
そういや、前にも御先祖様と王国騎士団に悪態をついた事あったっけか。あん時ぁ、いいだけケツ叩かれて痛みに耐え切れずに失神したんだっけ。
と、既に感覚の無くなった未だに母親に握り潰されている左手を見詰めながら、何処か他人事の様に昔日の事を考えるラヴェルなのであった······。
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