#10 ある不器用な騎士の物語5
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「······俺は何の為に生きているんだろうな。代わり映えしない日常、張り合いのない仕事、当たり障りのない人間関係。俺を取り巻く全ての事が嫌になる」
カーテンの隙間から溢れる陽の光が薄暗い部屋を微かに照す。
脱いだ衣服をそのままに、乱雑に床に遊ばせる。生活に必要な物は少なく、ベッドとタンスに机と椅子。少し手狭な部屋は何処かの寮なのだろう。
その部屋の住人である青年は、寝床から起き抜けのままがっしりとした筋肉質な上半身を壁に投げ掛け、立てた片膝に片方の腕を投げもう片方の腕で薄灰色のその髪を乱暴に掻き上げる。
「ったく、せっかくの休日に考える事じゃねーわな。何やってんだよ俺ぁ······馬鹿らしい」
誰に言うでもない独り言を呟き、青年はのそりとベッドから降り立ち散らばる衣服を抵当に見繕う。
「そういや、最近お袋のとこに顔出してねーな。五月蝿く騒ぎだす前に顔出しとくか。どうせやる事もねーし」
もそもそと身支度をそれなりに整え、お世辞にも綺麗とは言えない部屋をそのままに、無造作に机に置かれた短刀をベルトに差し込む。
そうして青年は振り返る事無く部屋を後にするのであった······。
◆◇◆◇◆
「ん? よーう《ラヴェル》。今日は非番かよ? 羨ましいねぇ、街にでもいくのかよ?」
「よう、お疲れさん。そんなとこだ。お前が仕事してる間に精々ゆっくりさせてもらうさ」
「かーっ、言いやがる。俺の非番の時に同じ事を言ってやるからな。覚悟しとけよ?」
そんな恨み言を背に受けて、片手をひらひらと面倒そうに振る《ラヴェル》と呼ばれたこの青年は、同僚との会話をそこそこに、無機質な床を踏み締めて外へと歩んでいく。
外へと出て来たラヴェルが鬱陶しげに照り付ける陽の光を嫌う。しかめっ面のまま周りを見やれば、そこには沢山の多様な人達が行き交っていた。
しっかりと整えられた制服を身に纏い、急がしそうに歩く者達。隊列を組み、動きやすい衣服を着て走り込みをこなす者達。鈍銀色に輝く物々しい鎧を身に纏い、何処かへと歩いてゆく者達。
ここは《王都カレンス》を守護し、様々な驚異から民衆を護る事を義務とする騎士達が詰める場所。即ち《カレンス王国騎士団》の団員達が住む独身寮である。
かつて《勇者》が建国し世界一安全な国と認知されているだけはあり、一人一人の騎士達の顔も何処か誇らしげだった。
そんな独身寮を後にし、歩いて居住区へと向かうラヴェルは一層賑わう人混みを流れに逆らわずにゆっくりと進んでいく。
客を呼び込む声、楽しげに笑い合う声、何でもない日常を囁く声、子供達の嬉しそうな声。ここには平和が溢れていた。
そんな平和を築き上げ、今でも語り継がれる《勇者リード》。そんな《勇者》に憧れて、ラヴェルは文字どおり血の滲む様な努力を積み重ね、念願の騎士団へと入隊を果たしたのだった。
《勇者》でありこの国の祖王である《リード·カレンス》の様にこの地に住まう全ての民を守護し、驚異を蹴散らし、平和を掲げる英雄像。いつか自身も英雄と呼ばれる存在になれたなら。と、夢と希望と誇りを抱いていた。
······はずだった。
「······ちっ、うるせえし邪魔くせぇ。なんだってこうも毎日毎日人が湧いてやがるんだ。鬱陶しくてかなわねぇ」
誰にも聞こえぬ程の小声で悪態をつき、しかめっ面のままに歩く事暫く。漸く目的の場所へとたどり着いた。豪勢とも貧相とも言えぬその世間一般の家屋を前に、無遠慮に扉を叩き在宅であろう家主を待つ。
「はーい、どなた様で······って、ラヴェルじゃない。どうしたの、騎士団のお勤めは?」
「今日は非番だ。顔を出さなきゃ心配事を言って、出したら出したでまた言うのかよ。勘弁してくれ、幾つだと思ってんだ」
「幾つになっても親は親。図体ばかり大きくなったって貴方は私の息子に変わりはないわよ。お帰りなさい、さぁ入って」
優しい笑顔で迎え入れてくれた母は、いつか見たよりも少しだけ老け込んで心なしか薄灰色の銀髪然とした髪にも少しだけ白髪が増えたような気がした。
「この家、少し小さくなったか? 改築でもしたのかよ?」
「馬鹿な事を言って。そんな事する訳ないじゃない。ラヴェルが生まれる前からこの大きさよ」
久しぶりに帰った実家はとても狭く感じてしまった。幼い頃に走り回って大きく感じた家は、いつの間にかこんなにも狭く窮屈な家へと変わってしまっていた。
「······いや、変わっちまったのは俺、か」
無意識に小さく声を溢すが、忙しく台所に立ち何やらお茶の用意をしている母親には届かずそのままその背をぼうと眺める。
ああ、やはり母親の背中さえも小さく見えてしまう。と、心の中で今も残る幼き日より見てきた母親の背中を眺めていた。
「最近、騎士団のお勤めはどうなの? なんだかこの王都付近でも魔物が頻繁に目撃されてるみたいじゃない。心配だわ」
「問題ねえよ。この辺りに湧いてんのは雑魚ばかりだ。子供でも倒せら。そんなんで一々俺達を呼ぶんじゃねーってんだ、あのクソ商人共が」
「こら、その言い方は駄目よ。皆が皆、貴方の様に強くて丈夫な訳じゃないんだから。そーれーにぃー、国と民衆を守護するのが騎士でしょうが。正しく騎士団の仕事でしょうに」
そりゃそうなんだが、と出された茶菓子をもごもごと口に運び母親から視線を反らす。
「全く、あの頃の正義に燃えていた貴方は何処にいったのかしら? 絶対に騎士になるんだーって言って必死に走り回っていた癖に」
「······っせー、忘れたよ。んな大昔の事なんざ」
やれやれ。と、首を振りつつため息を吐く母親は幼き日の我が子を思い出す。
「本当に嘆かわしいわ。そんなんじゃあご先祖様に顔向け出来ないわ。それでも貴方は《英雄》と謳われたご先祖様の血を引く者なの?」
また始まったよ。と、ラヴェルは眉を潜め、出された紅茶を行儀悪く音を立てて啜るのであった······。
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