#1 ある心優しい少女の物語1
初投稿です。
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今日はとても天気が良い。
陽の柔らかな日差しが燦々と照りつける昼下がりの風景を、手の届かないどこか別の世界の出来事のようにぼんやりと窓越しから眺めている一人の少女。
透き通る様な白い肌、少し力を入れただけで折れてしまいそうな程にか細い四肢、金糸の如く美しく長い金髪を綺麗に纏めるまだ幼さの残る顔立ちの少女《マリーベルン·クラインハート》は、爵位持ちの商家であるクラインハート家の長女として生を受け十一年······。
あの優しい陽の温もりを一身に浴びて綺麗に刈り揃えられた青々とした芝生に寝転び、擽るような心地良い風をその頬に感じながら眠れたならばどれ程幸せなのだろうか。と、自室のベッドの上から窓の外に見える世界を羨ましげに見つめていた。
「何故、私は皆と同じ様に外に出られないのでしょうね」
もう何度目かすらも分からない、そんな分かりきった自問自答を思わず口にし、決して小さくはない部屋の隅でマリーを支えるべく静かに佇む侍女達の耳に届かぬ程の小さな溜め息を漏らす。
「すぐ其処にある筈の世界が、まるで別の世界の様に感じる。少し手を伸ばせば届く筈の距離が、私にとってはこんなにも遠いものなのですね······」
分かっていた。自身のその身体では、あの美しい外の世界には決してたどり着けない事を。日差しを浴びて大地を踏み締め、風をその身に感じる事は恐らくこの先出来ないのだと充分に理解していた。
それは、その身が世にも珍しい奇病を生まれながらに患い、医師すらも治す手立てが見付からぬと匙を投げ出したその身体のせいだという事を。邸の外は愚か、自身の部屋の中ですら自由に歩き回る事の出来ない程に自由のないその身体のせい。
マリーの世界は、窓越しに見える決して届く事のない外の世界と、この邸の部屋の中と、綺麗に整えられ棚に鎮座する幾つもの書物達だけなのだから。
生まれつき自由の効かぬ娘の事を憂い、この邸の主人であるマリーの父はありとあらゆる手を尽くして病を治そうとしたのだが、その悉くに裏切られ、せめてもの気休めにと様々な国の英雄譚や冒険記、誰もが憧れる恋愛物語、思わず涙が流れてしまう程の悲恋の物語等、本当に様々な書物を買い付けてきていた。
だからこそ、マリーは部屋に居ながらにして世界を知る事が出来る。人を知る事が出来る。思うように動かぬ自身のその身に於いても憧れの冒険の旅に出る事が出来る。細やかな一時の夢を見る事が出来るのだ。
しかし······。
何故、どうして私がこんな目に? と、まだ幼き日に何度も泣き喚き暴れた時期もあった。その度に、優しい母と父がマリーよりも一層悲しく苦しそうな顔を浮かべて優しくも強く抱き締めてくれた。
そして、静かに頭を撫でながら震える声でごめんなさい、ごめんなさいと精一杯の言葉をマリーに囁いていた。
あの優しい二人の悲壮な声はもう二度と聞きたくはない······。
そんな一心でまだまだ幼いマリーは全てを受け入れた。自身の命があとどれ程続くのか分からない事も、周囲の人達にとっては当然の様な自由も、あの柔らかい日差しを浴びて走り回るという細やかな願いも、全て自身の涙と共に心の奥底に仕舞い込んだ······筈だった。
こうして、いざ目の前に自由と言う名の夢の様な世界が広がっていたならば、その小さな胸の奥に封じた筈の気持ちが沸々と顔を除かせても誰も咎める者はいないだろう。
「どうか、せめて今だけは許して下さい。だって、そう遠くない先に、私はきっと深い眠りに堕ちてしまうのだから······」
自身が決して目覚める事の無い深く冷たい永遠の眠りに堕ちてゆく。そんな感覚が不思議とマリーには分かってしまっていたのだから······。
◆◇◆◇◆
「っる、し······ぃ」
もう瞼すら重い。精一杯に声を出そうと努力をしてみても、声にもならない掠れた音が口から漏れるだけで呼吸をするのにも精一杯だった。
······ああ、もう声も上げる事すら許されないなんて。最後の言葉を、私の愛する人達へ残せないなんて。どうして私はこんなにも弱いのだろうか。
お父様、お母様、本当にごめんなさい。この世に生まれてから今日まで、私は何かを残す事が出来たのでしょうか? この世に生を受け、短い間でしたけれどお二人の娘に産まれた事は、今まで一度たりとも恨んだ事などありませんでした。
お先に旅立つ我が不詳をお許し下さい。
願わくば、また二人の娘として生を受けたく思います。
そして、次こそは二人の手を引いて、様々な景色を共に見て周たいと思います。
どうか、二人の先が幸せであります様に。
娘の私から見ても、二人はとてもお似合いだと思います。
けど、ああ······やっぱりまだ、まだ私は二人と一緒にいたいんです。
天の国に住まう主神様。どうか私に最後の言葉を······愛する人達に最後の言葉を告げる力をお授け下さい。
そして、死の国に住まう死神様。私の浅ましく穢れた魂ならば喜んで差し出します。だから、だからどうか、どうかあと少しだけ私に時間をお授け下さい。
ほんの少しだけでいいのです。只の一言だけ······。
「あ、いし、て······い、ま」
最後の最後に、全ての気力を振り絞った声にもならない声は、見守る者達の悲壮な声と、別れを惜しむ声と、啜り泣く声と、最早言葉にもならない声とマリーの意識と共に、暗く冷たく、深い闇の中へと堕ちていくのであった······。
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