集中レッスン
箱入り娘のスーイは、四角四面な父親によって作られた箱のような家で育ち。箱のような庭先しか見ることが出来ずに16歳まで過ごした。
父親との会話は授業の進捗具合を聞かれるくらいで、母親はとうに亡くなっている。四角四面に使えてくれる実直な使用人達では話し相手にはならず、会話らしい会話をせずに社交界へとデビューする事になったのだが、そこで問題が発覚した。
父親にエスコートされ、その友人である子爵に紹介された時の事だ。
「おお、その方がお嬢さんですね。まるで月の妖精のようだ!」
スーイはプラチナブロンドに淡いグリーンの瞳の繊細な容姿を持っていた。
小首を傾げれば、顔を縁取る緩くカールした髪がフワリと揺れる。
「ーーつまり私は嫉妬に狂って男を殺すような女に見えるという事でしょうか」
この国で “月の妖精” と言えば儚い美しさを表すものだが、彼女は『妖精が月の光に狂い、勘違いで恋しい男を縊り殺す』という地方の民話を思い出していた。
四角四面な環境に育ち、彼女は比喩的な表現が良く分からなかった。
社交が苦手な父親は直ぐに気が付いた。
自分よりも下手くそが居ると。
彼自身も未だ人付き合いに苦労しているのに、こいつはマズイ。そう考え、スーイには教師役を付ける事にした。
それが堅物一族の異端児、チンミである。
チンミは父親の従姉妹の娘で、四角四面な生き方をするものが多い一族にあって、気の向くままに生きる人間大好きな変わり者だ。
変わり者だが社交的なのは間違いない。
一抹の不安を感じつつも、彼女にスーイを託した。
快く引き受けたチンミは、早速スーイをパーティーに引っ張り出した。
実践に勝るものはないと考えてのことだ。
「カンミ、俺は君が好きだ。付き合って欲しい」
「嬉しいっ……! 私も、私もアジワウ様が大好きです」
感極まって抱き合い、口付けを繰り返す彼等のいる場所は舞踏会場の中央である。
「さあスーイ、あれを見て。アレがお花畑というものよ」
チンミは先ず双子の姉である、恋多き女カンミを教材とした。
公の場でしょっちゅう問題を起こすし、身内なので遠慮もいらない。
異端児の片割れもまた異端児であった。
「つまり人の手によって商業目的に作られた美しい花……造花? でないのは流石に分かります。……観賞の為? でしょうか」
ここでスーイはある答えにたどり着き、顔を輝かせた。
「綺麗に着飾って魅せる、そして買い手を探す為に用意された舞台。それがお花畑。これでどうでしょうか先生!」
「惜しい! 合ってるようで全く合ってない。不正解!」
一瞬褒め育てを試みようとしたが、無理だった。
「それは人身売買よ〜」
「はっ、確かに」
がっかりしているスーイの肩を抱き、元気付けようと言葉をかける。
「まだ始めたばかりなんだから。大丈夫よ。ちゃんと自分で考えて答えを見つけようとする貴方だもの。すぐに分かるようになるわ」
「お姉さま……」
優しい言葉に感動し、瞳を潤ませた。
褒められる事も少なく、対人スキルの低い彼女はチョロかった。
素直な態度を見せる再従姉妹に気分を良くしたチンミは授業を続けた。
「さあ、よく思い返してみて。さっきの彼等はどんな状態だった?」
スーイは顎に指を当て真剣に考えた。とても真面目な少女なのだ。
「そうですね……。興奮状態だったと思います」
「うん? まあそうね。そうだったと思うわ。それから?」
「頰が紅潮していましたし、若干鼻息も荒いように見えました。あれでは直ぐに喉が乾くのではないでしょうか」
予想以上にしっかりと見ていたようだ。
「分かりました! 人工的に水遣りが必要な状態だという事ですね! 早くお水を持って行ってあげましょう」
両手をポンっと打って、チンミを振り返る。とても良い笑顔だった。
「あうぅん、あながち間違ってもいないような気がするけど不正解!」
心苦しく思いながらもダメ出しをする。
「ええ!? 自信がありましたのに」
チンミは少し視点を変えることにした。
「ねえ、スーイ。その時の周りはどんな様子だった? 貴方はそれを見てどう感じた?」
スーイは直ぐに気分を切り替えることが出来る。四角四面な教育の成果だ。
「△△伯爵は、浮気をしている可能性があります。名前は存じ上げませんが、既婚者らしき女性とアイコンタクトを取っていました。先程からどちらも姿が見えません。私の所感としては、あの様子では発覚する日は近いと思います。相手が気付くまでずっと見つめていたので、私以外にも不審に思った方はいたのではないでしょうか」
「そおじゃないんだよおおおお!」
ここは人の集まる舞踏会場で、彼女達の歯に衣着せぬ言動はとても目立っていた。
この日二組のカップルが破局し、それからもレッスンと称してカンミの出席する社交場に現れては周囲の真実を暴いていく二人は『公安警察』と呼ばれ有名になっていく。
集中して被害を受けたカンミは、徐々に身を慎むようになった。