9回目のプロポーズ「エーゲ王」(決)
※8月27日に改稿しました。
仰々しい玉座に鎮座したエーゲ王は肩肘を突いて、どこか物憂げな表情を浮かべたまま僕を凝視している。
少し緑がかかったロングの黒髪に王としての証であろうか金色の冠を掲げ、目鼻立ちは今まで出会った誰よりも整っている。エーゲ王のスタイルの良さは、身に纏う純白の豪華なドレス越しからも感じ取れるほどに胸部はしっかりとした膨らみを保ちつつ、腰回りはくびれ、細くて健康的な脚部はすらっとして、尚且つ逞しさを感じさせた。
この世のものとは思えない美しさ。まるでそれは異世界の住人のよう。そう、婚活アプリの姫君たちのようだ。
「汝が伝説の勇者。つまり余の花婿候補か…。ふむ。案外冴えない目をしておるな」
エーゲ王は僕が彼女を見て感じていたことと、まさに真逆のことを口にしていた。まあ、僕の姿を見てそんな風に思うのも無理はないと同情はするが・・。
「おい。・・盃を持って来い」
片膝を付き敬意を表する僕の前に、銀製の台に龍の絵が描かれた小さな盃が運ばれてきた。
思えばバイカル王国で国一番の怠け者をしていた僕が、まさか他国に来て王様に謁見、しかも花婿候補?!って改めて考えると、意味が分からないな。うん。なんか現実世界とは考えられない。いかん。現実感が無さすぎて笑けてくる・・。「こほんっ」誰かが僕の心中を察したのか、咳払いが響いた。
エーゲ王は銀製の水差しをお付きの者から受け取り、僕に語りかける。
「今より汝に聖水の契りの儀を執り行う。これはつまり、汝はこれよりエーゲ帝国の国民であることを証明するための儀式である。改めて汝に問う。バイカル王国を捨て、我が国民になる意志はあるか?」
「え?」
初耳だ。僕は勇者として戦争を止めるためにここへ来たのだが(こんな美人と結婚出来るのはまた別の話…)、故郷を捨てる話なんか一切聞いてない。
「どうした?何を黙っておる。汝が我がエーゲ帝国の国民の誓いをせぬのなら、これより先の話など出来る訳がなかろう!汝、事態は急を要しておることは承知か?バイカル王国の近衛兵団が、我が国とバイカル王国を結ぶ焔のダンジョンへ向け準備を整えていると確かな筋から情報が入っておる。汝の国の者は、我々エーゲ帝国の国民の血を流そうと考えておるのだ。何を躊躇う必要がある。さあ、言え。バイカル王国を捨て、エーゲ帝国の人間になると!」
ーー故郷を捨てる。
今まで考えた試しのない考え。なぜかこの時、僕は幼馴染のキサラギの顔が浮かんだ。
「も、申し訳ございません」
ちょっとした騒めきが僕の耳に届く。恐らくこれは、王の顔に泥を塗る行為と言えるだろう。
死罪も当然あり得る行為だ。
「・・僕はバイカル王国のしがない国民の一人です。怠け者の僕は、陰口を叩かれている事もよく知っています。これといった特技もなく、みんなの為になることは一つもありません。つまり、しょうもない奴です。クズです。バイカル王国からしてみれば、僕一人急に居なくなったところで、何も変わらないでしょう。むしろ僕なんかいない方が国の為なのかもしれません・・。でも、でも、僕はバイカル王国が好きです。あそこで生活している人たちが大好きです。だから、・・国を捨てることは、すいません、出来ない、です・・」
水を打ったような静けさとはこの事だろう。
エーゲ王は、無言のまま銀製の水差しを持って、ゆっくりと僕の前にやってきた。
傍で控える兵士たちからは緊張している様子が伺える。
そして、思いも寄らない言葉を僕にだけ聞こえる声量で囁いた。
「(良かった。まともな人で安心しました。少し強引ですが、恨まないで下さいね。それじゃまた後で)」
エーゲ王は姿勢を正し、今度は皆んなに向けたように声を張る。
「そこまで言うのなら汝が率先して、バイカル王国の焔のダンジョン侵攻を食い止めてみよ!さすれば先の無礼、水に流してくれよう。・・フロリダ!」
「はっ!」剣士フロリダがエーゲ王の言葉に呼応する。
「そやつを手伝ってやれ」