5回目のプロポーズ「子守唄への投げ銭<後編>」(決)
※8月25日に大幅な修正を致しました。
僕はモルダーの言葉に絶句した。僕は隣国同士仲良くやっているものだと呑気に構えていたが、両国がそんな緊張状態にあるものだとは露にも知らなかった。一連の流れからあのモルダーが嘘を吹っかけてくるようには到底考えられない。
モルダーは言葉を続ける。
「エーゲ帝国の王室で茶としての鈴苺は価値が高い。なおかつ、かの国の土壌では鈴苺は本国のように立派な発育を果たせない。私がどうして鈴苺、しかもこの龍の翼にこだわっているのか、それはエーゲ帝国側が絶対に龍の翼の畑を荒さないことを知っているからです。エーゲ国王が好む鈴苺の畑を兵士たちは荒らさない。荒らせない。私は緊急避難場所として龍の翼を手に入れたかったんです。勿論、畑の機能は維持しない訳にはいかないので、手入れ、収穫は現状のまま抜かりなく行うつもりですよ」
なんだか事情が思っていたのと違っていた。てっきりモルダーがただの知的な悪者で、金の為にフランたちへ悪さを働いているものかと思っていた。いや、出来ればそうあって欲しかった。正義の勇者が悪者をやっつけるには、込み入った事情は勘弁なのだ。ただ僕は「苗木の盗難はモルダーじゃないのか?」と噛み付いてみせた。
「勘弁願いたいですね。全く違います。公表は国の方であえて控えてはいますが、あれはエーゲ帝国側の仕業です。最近、とある吟遊詩人二人組みが頻繁に街を出入りしているが、私はあの二人がどうも噛んでいると見ている」
僕は為す術なく撃沈したーー。
落胆の色を浮かべたモルダーは、溜息を吐いた。
「もしやと思ったんです。残念ながらそうではなかったようだ。あなたが私の知る伝説の勇者の可能性を僅かながらに感じていました。でもそうではなかった。残念です」
「伝説の勇者?」僕は思わずモルダーに問う。
「あなた本当にバイカル王国の国民ですか?『バイカル王国とエーゲ帝国が争う時、伝説の勇者現る。最強の召喚魔法にてその乱世を鎮める』ですよ」
その時だった。僕のポケットから唐突に音楽が鳴り響いたのだ。モルダーでさえこの出来事には驚きを隠せない。当然、僕はモルダー以上に慌てふためく。出所は僕の奇怪だった。『着信』というものが起きているみたいだ。着信、着信、どうするんだったか?えっと確か、ここをスクロール?するんじゃかったか?
着信先は少女ゼウスだったーー。
「もしもし?どんな感じ?」
「えっと、あれ、ちゃんと聞こえてるかな?…うん。進捗状況は良いとは言えない」
「なるほどね。ケイのスマホのアドレスに何件か連絡先入れておいたからさ、電話して呼んで、モルダーに見せてあげなよ」
少女ゼウスの言葉は意味が全く分からなかったが、僕は奇怪の電話帳というものの中から、適当に選んで、電話というものを試してみることにした。というよりも、それ以外他に手段がなかったのだ。僕は『ツミ』かけているのだ。
「あ、あのさ、ちょっと今すぐ来れる?」
「…」
暫くすると軽い地震が僕たちを襲った。何やら上が騒がしいことに気付く。こんな夜更けに何かが外で起きている。僕とモルダーは急いで地下から階段を駆け上がる。裏口ドアを抜け出ると、誰かの叫ぶ声が僕の耳をつんざいた。
「この世の終わりだあ!」
バイカル王国の上空には古文書でしか見た事のない、六枚の翼を持ち、三つの顔を持つ『悪魔王サタン』の姿があった。禍々しい姿にこの世の終わりを連想するのも無理はない。思い当たる節がある。手に持つ奇怪の発信先を改めて僕は確認する。『悪魔王サタン』である。上空に今いるものを改めて確認する。これも『悪魔王サタン』だ。
…え?
…僕のせい?
僕がさっき電話したから『悪魔王サタン』来たの?
再び少女ゼウスから奇怪に着信がある。
「ケイ、初っ端にしちゃ、随分とパンチの効いた奴を呼んだね?まあ、呼びたいものを呼べば良いんだけどさ。ただし用件が済んだらちゃんと帰ってもらう事を忘れないように。家に帰ってもらうまでが召喚だから。でないとそいつ世界をマジで滅ぼすよ」
やっぱりそうだ!僕が呼んだんだ…。
とりあえず、来て貰うだけで充分なはずだ。用件は以上だ。
「も、もう帰って頂いても宜しいでしょうか?」と僕は奇怪に向かって『悪魔王サタン』へ意思の疎通を試みる。さっきと違ってへり下り過ぎじゃないかと若干疑問に思ったが、『悪魔王サタン』は僕の言葉に従い、何も壊さず、誰も支配せず、バイカル王国から消えていった。因みに後にこの一件は『バイカル王国、悪魔の奇跡』と語り継がれることとなる。
そして、ぎこちない僕のやり取りは気にも留めず、モルダーは一粒の涙を零しながら、こう言った。
「ずっとあなたをお待ちしておりました。勇者よ…」
× × × × × × × × ×
「ありがとうございます!まさか龍の翼の苗木の『権利』を取り返して頂けただけでなく、モルダーさんの好意で畑の警護まで付けて頂けるなんて…。ほら、あなた!」
「こ、この前は悪かったな…。俺はあんたのこと只のイカれポンチだと思っていたが、やるじゃねえか。見直したぜ」
フランたち夫婦はよっぽど嬉しいのだろう、赤子をあやしながら楽しそうに唄を歌っていた。店先で歌いながらの接客だ。いささか陽気過ぎるかもしれないが、ここはバイカル王国、この位はありかもしれない。まあ、果物屋だしね。
少女ゼウスは僕の隣にいてバナナ飴を舐めている。
僕は昨夜のモルダーの言葉を思い返していた。
「あなたが伝説通り両国家の戦争を止めてくれると私は信じています。もう龍の翼の『権利』は私には必要ありません。あの果物屋にお返ししましょう。国に言われた管理費、畑の警備は全て私が負担します。まあ、これに関して言えば、万が一に備えての私の保険という意味合いもあるんですがね」
恐らく僕はそれから家に帰ったと思うんだ。そこまではわずかに記憶があるんだ。




