4回目のプロポーズ「子守唄への投げ銭<中編>」(決)
※19年8月24日に大幅な修正を行いました。
「ぶっ飛ばすって、いったいケイはどうやってモルダーをぶっ飛ばすつもりなんだ?」
フランが家を後にした暫く、少女ゼウスはさっそく僕を問い詰めた。
フランがいた手前、鼻息荒く意気込んではいたが僕はそもそも30代半ばの国一番の怠け者である。相手はバイカル王国有数の資産家。ありんこと像、踏み潰されるのがオチである。
「ワシは今回手を貸さんぞ。勇者なら自分の力でなんとかしてみい」言われるまでもなく、そのつもりだという言葉をぐっと飲み込んだ。なぜならほんの少し、割合で言えば、3割ほど、いや9割5分ほど少女ゼウスの力をアテにしていた。無論、フランもそのつもりで夜間の訪問をしたのだろう。
僕は恥を忍んでこう少女ゼウスに切り出した。
「力は要らない。ただし、知恵は貸してくれないか?」
少女ゼウスは薄眼を開けて僕を見ている。僕のことを見透かそうとしているのだろうか?
初めての表情だ。どういう意味だ、それ?
「なんで薄眼してんの?」
「睨んでんだよ…」
し、しっまっったあ。完全に不信感を露わにしているじゃないか。
勇者として、いや男としてダサい、ダサすぎる!
少女ゼウスは溜息を吐き、哀れみを浮かべ、しかし気を取直したような言葉を続けた。
「勇者の道は逆に遠のく一方だな。よかろう。モルダーは人一倍、いや人の数十倍は臆病な人物だ。まあ、ある種モルダーの経済的成功はその際限ない臆病さによってもたらされたと言える。それだけ慎重で用意周到な人物なのだ。だから奴は予期せぬ事態、想定外の出来事に極めて弱い。そこを揺さ振れ、ケイ」
モルダーの財産は、小さな『鳥煮込み屋』から始まっている。
甘辛いタレで長時間じっくり煮込んだほろほろの鳥煮込みは国民の評判を呼び、瞬く間にバイカル王国中でブームが起きた。
次々と店舗は拡大され、国中でモルダー印の看板を見かけるようになる。また地域貢献として私財を投じ、学校や教会も建てた。
モルダーは初心を忘れないために今も鳥煮込み屋1号店で時折お客に顔を見せている。最高の笑顔でお出迎えしているのだ。バイカル王国、またはその国民のために尽力している英雄でありながら、庶民との接点も大事にしている。
モルダーの経歴をざっと述べた。これだけだと、モルダーは素晴らしい人物としか言いようがない。
少女ゼウスに指定された時間にモルダーの鳥煮込み屋1号店に行くと、確かにモルダーは接客をしていた。機転の効いた紳士的な振る舞いから、この人物がただならぬ者であることは一目瞭然、誰の目にも明らかである。また余りに完璧な立ち振る舞いから黒い噂が生まれるのも少々頷ける。
僕は一番端の丸テーブルのある椅子に腰掛ける。暫くすると、モルダー本人がメニュー表を持ってやって来た。とりあえず、注文くらいはしておこうか、そう思ってメニュー表を広げると一枚の紙切れがひらひらと床に落ちた。
「お客様、メモのようなものを落とされましたよ」
モルダーの言葉に不審な点を感じたが、僕は言われた通り地面に落ちた紙切れを拾う。何かが書かれている。僕は凍りつく。
『当店にお越し頂き誠にありがとうございます。龍の翼の件ですね。申し訳ございませんが、ここでは人目につきます。夜半にここへ改め直して下さい』
僕が顔を上げると、モルダーはもうそこにはいなかった。注文を受けずに店の奥へと引き返していた。
これは、まずい。
僕は出直したのため、そそくさと店を後にした。
「モルダーの持つ恐怖を感じたか。ならば合格だな」
やはりと言おう。敵の怖さを僕に知らしめるための少女ゼウスの段取りの一つだった。「夜半、今度はワシも一緒に行こうか?」そう言う少女ゼウスの言葉に僕は首を横に振る。勇者たるもの、己の恐怖と闘わねば。フランの為にも僕が行動すべきなのだ。
「まあ、困ったら。とりあえず叫べ。ケイは元からその資格を持っている」
夜半、僕はモルダーの鳥煮込み屋1号店へ再度一人で向かった。
歩いていると、店舗の灯りが点いていないことに気が付く。なんだ?約束を反故にされたか?そう思って入り口の大きめのドアを押してみたが、施錠されている。やれやれ。どうしようか。
そう思って、入り口付近を隈なく探してみた。もしかしたら昼間と同じようにどこかにモルダーが記したメモがあるかもしれない。モルダーが適当な嘘を吐いて僕をやり過ごそうなどと浅はかな考えを持つ輩には到底思えないからだ。
案の定、メモはあった。ハーブが植えられた植木鉢の下に二つ折りであった。『裏口ドアは鍵が掛かっていません。そのドアを開けると、地下へと続く階段がございます。その地下でお待ちしております』
階段を降りると、モルダーはお茶を淹れていた。とても甘い香りが小さな部屋に充満していた。
「ようこそ。どうですか?一杯。甘美で、これこそまさに耽美的な香りですよね?一部の王室では茶に金の糸目は付けません。鈴苺は茶としても人気が高いんです。龍の翼は最高級の茶になるんですよ」
モルダーに促されるまま、席に着く。白を基調とした高級そうなティーカップにモルダーは透き通る唐紅色のお茶を注ぐ。沸き立つ湯気は気品すら感じさせた。
「どうぞ」
一口含んだだけで飛ぶような匂いが口から鼻にかけて通り抜けた。これは凄い。フランはこのようなお茶としての価値が龍の翼にあるとは知っていたのだろうか。
「さて、早速本題に入ります。エーゲ帝国とバイカル王国がこれから戦争に突入しようとしているのはご存知かな?」