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28回目のプロポーズ「闘う意志」(決)

 乙姫は急いだ。


『私は闇の龍王に、通行手形を手に入れるよう命を受けたのでした。手形は我々海の民が陸を支配するための許可証となります。ところが龍宮の使いである私は陸に向かう最中、凄まじい嵐に巻き込まれ、記憶を失くし、男たちに拾われたのでした。』


 息は荒く、頭は痛む。乙姫は懸命に緑ウラシマのいる自宅へと急いだ。

 怪我を負った身体に無理をしてまで、乙姫が急ぐ理由は明白だった。通行手形の居場所が闇の龍王の知るところになれば、必ずや龍宮城は陸に攻めてくる。緑ウラシマの命が危ない。村に住む人々の命が危ない。

 緑ウラシマに人として当然の生き方を教えられた乙姫には、闇の龍王の側に付く意思は少しも残っていなかった。


『通行手形は一刻も早く処分される必要がありました。』


 ーーしかし、

 自宅へと戻った時に乙姫の目にまず飛び込んできたのは置き手紙とともにあった、無残な緑ウラシマの姿だった。


『置き手紙は、あの男たちのものでした。明朝またお前を迎えに来るとだけ記されていました。』


 乙姫のおかめを救った正義感が、男たちに緑ウラシマが嘘の告白を男たちにしていた真実を勘付かせてしまったのだ。

 

 緑ウラシマの息はほんの少しだった。恐らく死に至るまでの時間は僅かであろう。それでも緑ウラシマは何かを乙姫に必死で告げようとしている。弱った自身の身体へ近づくよう促している。

 乙姫は自らの耳を、緑ウラシマの口元へと出来る限りに近付けた。



「逃げ、…ろ……」



 このような無残な姿にさせた張本人に対して、緑ウラシマの自身の身を案じる心に乙姫は震えが止まらなかった。乙姫は止め処なく涙を零した。

 後悔しかなかった。他人を救おうなどと思わない方が良いと感じた。

 お()()を救う必要なんてこれっぽっちもなかったとさえ感じた。


『私には闇の龍王に授けられた力が一つだけありました。留める力です。どんなものもその場に静止させることが出来るのです。』


 乙姫は、息絶える寸前の緑ウラシマをその力で呪った。

 呪いは緑ウラシマの身体に伝播し、不思議な力が緑ウラシマを覆った。死に向かう生を引き留め、永遠にその場に居座らせる。安息の死には程遠い呪い。永遠の呪い。このまま乙姫を残して死へと旅立つ緑ウラシマを、乙姫は決して許さなかった。

 こうして緑ウラシマは不老不死の力を手に入れた。


『また私は手形の記憶を貴方様の頭の奥へと留めもしました。ふとした事で蘇らないよう、ずっとずっと奥の扉へ封じ込めたのです。そして明朝、決心した私はあの男たちの幼い悪の心を永遠に留めました。哀れな牢獄の中へ連れ込んでやったのです。恐らく今も愚かな幼き悪として生きている事でしょう。きっと無様に。』



 × × × × × × × × ×



「大変申し訳ございませんでした…」



 僕は一通り、緑ウラシマに書簡の内容を説明して聞かせた。

 真実を知った緑ウラシマはずっと黙っていた。心の中が整理し切れてない様子に見えた。自らの『時が止まった』理由、乙姫の出自、その事実は緑ウラシマの胸に中にずっしりと重たいものを抱かせたに違いない。

 乙姫は手形の処分に失敗したらしい。焼いても、破っても、この通行手形はまた元通りになって持ち主の元へと戻って来てしまうようだった。

 処分に失敗した通行手形は、乙姫から書簡とともに先代のレッド桃太郎に託された。当初は大切に保管されてはいたが、400年という長い年月が経過すると、いつしかぞんざいに扱われ、カード保管庫に他のカードとともに紛れたようだ。



「乙姫さんの書簡には、この手形を必要とする人物が現れた時、闇の龍王が通行手形の在り処に気付くはずと記されています。まもなく奴らはここへ来ると思います」



 ところが、緑ウラシマは僕の話の途中でふらふらと何処かへ消えてしまった。



「少し時間が必要なんだと思う…。一人にさせてあげて」



 緑ウラシマの去る背中に向けて語り続ける僕に、ゲオーは割って入って来た。



 ここで大事な事は、この通行手形をいま僕たちが行使すると、龍宮城の進撃を止められるかどうかだ。通行手形は一枚しかないし一回だけしか使えない。使用済みを悟った闇の龍王は諦めてくれるだろうか。奴らは通行手形の存在に気付いてはいるが、手形の使用不使用まで感知出来るのだろうか。少女ゼウスに意見を聞いても「それは分からん」だった。

 事態は急を要している。



「ケイ、私はこのまま去って次の階へ行くべきだと思う。たとえこの街が滅びたとしても、それはこの街が持っていた元々の運命ではないのか?」



 軍人でもある剣士フロリダのもっともな意見である。



「私は救いたい。王として自らが統治する国を守るため、別の街が犠牲になるのは見過ごせない」



 ゲオーの意見もよく分かる。



「あなたが決めたら?だって、勇者なんだから」



 セグンダは僕に珍しい言葉を口にした。セグンダに勇者として扱われるのは、ある意味初めての事なのかもしれない。



「ケイ、どうする?」



 少女ゼウスが僕を試すように言葉を掛けた。

 僕は暫く口を真一文字に結び、考えをまとめてから発言した。



「…僕は人を裏切ってしまった事はある。人に裏切られた事もある。思いとは逆の事で、人が困ったり人に困らせたりなんて、日常茶飯事だ。でも僕は乙姫さんに、人を救う事は絶対に間違っていないと示したい。だから闘おう。この街を救えるよう努力してみよう。だから皆んな、その命を賭けて欲しい」



 皆んなは僕の言葉に黙って頷いてくれた。


 龍宮城の進撃を迎え撃つには、より多くの仲間の助けが必要である。僕たちはレッド桃太郎が運営する鉄道会社へ明朝、掛け合ってみる事にした。

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