27回目のプロポーズ「ちっぽけな正義の心」(決)
玉手箱のなかには、一枚の紙切れが入っていた。
「以前、字の読める和尚さんになんと書いてあるか調べてもらったら、なにかの許可証らしいんだ」
そのように緑ウラシマは、乙姫に一枚の紙を説明をした。
『どうしてあの時、私は手を伸ばそうと考えたのか、その時は理由が分かりませんでした。ありふれた好奇心なのかもしれません。でも今となっては必然だったのでしょうか。』
一枚の紙を手に持った瞬間、乙姫は自分の胸の奥にある何かが共鳴した感覚があったらしい。
『深い闇でした。払おうと払おうと気を強く保とうとしても、闇は私の心の隙間を遊ぶように逃げ回るだけでした。そして居座るのです。私は闇を自覚しながら、暮らしていく事を余儀なくされてしまいました。』
ある日、緑ウラシマは自警団を結成することを村の友人たちに提案していた。
近隣の村々が出世を諦めた野武士たちに荒らされて困っていると耳にしたためだ。
集まった仲間たちは乙姫を含めてたったの四人。緑ウラシマ、乙姫、桃太郎、金太だ。「せめてもう一人くらい必要じゃないか…」と緑ウラシマは考えあぐねていたところ、隣村から一人の女がやって来た。
その女は自身の村が野武士たちに襲われて以降、自分も何か力を持ちたいと望むようになったらしい。女は自分の無力さを嘆き、自警団の話を耳にしてここへやって来たのだ。
女は皆んなに名乗ったが、聞き慣れない言葉で女の名前はなかなかに覚えにくかった。
『女の顔の特徴は下膨れでした。頬が丸くふっくらと実っていたのです。そこから貴方様はその女のことを、おかめと名付けました。からかい半分だったのでしょう。おかめと名付けられたその女は、いつも以上に頬を膨らませて、不満を露わにしていました。私は、これが許せませんでした。初めて私の心の隙間に巣食う闇の正体の名前を知りました。嫉妬です。貴方様が名付ける人物は、この世界で私一人で充分だと感じていたのです。』
自警団を結成した緑ウラシマたちは、何日かに一度、皆んなで集まっては剣の真似事などをした。自警団としての絆が芽生え始めていた頃、桃太郎が提案した。
「仲間なら、色分けをしないか?」
緑ウラシマは反対した。色分けなど子供染みた類は本気の自警団に不要と思えたからだ。ところが他の四人の反応は違った。緑ウラシマは不貞腐れて、その場から姿を消してしまった。
浜辺の見える土手でさざ波を眺めながら、さてこの後どうやって皆んなと合流しようかと緑ウラシマがぼんやり悩んでいた時、乙姫がやってきた。
「ごめんなさい。私が代わりでクジを引いたら、太郎は緑になりました…」
「……勝手に、緑にすんじゃねええよ…」
緑ウラシマは時折、隣村のおかめを自宅に泊めた。自警団の集いの後、たびたび日が暮れるので夜道を女一人で歩かせては危ないからだ。非常にもっともらしい理由だし、おかめも乙姫と暮らす緑ウラシマを信用していた。事情は充分と理解していたはずだった。
『おかめが貴方様の側にいるだけで私の視線は定まりませんでした。見ていない振りをしても、耳はそばだち、心は掻きむしられておりました。私は一晩で何回、貴方様がおかめに質問をしているか人知れず数えておりました。回数が減れば安堵し、回数が増えれば心は荒れ狂っておりました。私は幾度、おかめの目の前で貴方様を襲ってやりたいと思った事でしょう。でも貴方様は正義の人、そんな真似をする私をきっと許してはくれないでしょう。私は普通の女である事がこんなにも辛いものであることを知りました。私はある決心をしました。』
その日は自警団の集いも早々で、夕刻前におかめは隣村へ帰ることになった。
『私はおかめを尾行しました。若い女のおかめは、色恋の一つくらいきっと持っているに違いない。その色恋を突き止めて、貴方様に何気なく話してやろうと、そう私は考えたのです。』
おかめの住む隣村は、緑ウラシマの村から案外距離が離れていた。小さな山を一つ超える必要がある程である。
『あれは人気のしない荒れた山道を登っていた時でした。バレてはいけないと思って、私は間を置いていました。暫くすると、急におかめの叫ぶ声が私の耳に届いたのです。』
乙姫は近くの茂みに隠れて、様子を伺った。
『あの男たちでした。私を人として貶めた、あの男たちがおかめをまさに連れて行こうとしていたのです。』
乙姫は迷った。
このままやり過ごしてしまえば良いかもしれないと思った。
そうすれば、この嫉妬心も治るのではないかと思えた。
『貴方様から頂いた正義の心は、こんな醜い私の心にも微かにございました。』
乙姫は、男の一人に小石をぶつけた。そして、叫んだ。
「馬〜鹿!」
男たちは目を丸くして驚いた。数年前に逃げた女が突然目の前で自分たちを罵倒している。
男たちはおかめを放って、乙姫を追い始めた。
『山道を駆け降りる私は、実のところ後悔していました。』
その時だった。
乙姫は踏み場を外し、崖から転落した。
『頭を強く打ち付けてぼんやりと見える視界からは、男たちが朦朧とした私を見下しながら、何やら話し込んでいるのが見えていました。』
幸い、大きな怪我を乙姫はしていなかった。
なんとか自力で緑ウラシマと暮らす家には帰ることが出来そうだった。
『頭を打った私は皮肉にも生まれた頃の記憶が徐々に戻って参りました。私の正体は龍宮の使いだったのです。闇の龍王の使いでした。』




