24回目のプロポーズ「単純作業の繰り返し」(決)
アオシマは若い男だった。とても綺麗な顔立ちに品の良い紺のスーツを身に纏っている。社長室へ入室する姿はどこか華麗で、隙がなく、頼もしい感じもした。
ところが浮かべる笑顔がどこか無機質というか、訓練されたような印象を受けた。
「お客様がいらっしゃる時に大変申し訳ございません。………社長、実は」
アオシマはレッド桃太郎に耳打ちする。
「また倒産の話か……。金を補填して買収し直せ。資金はいくらでもある」
アオシマは僕たちに礼をして社長室を出ていく。この時、僕はアオシマと目が合った。引っかかるような印象的な目の合い方をした。
「話の途中にすまんな。最近、ようマイナスが増えとるんじゃ。勝手に人の物件を売り飛ばす輩もいるらしくて。えっと、カード保管庫だな?……確か今日の回収もそろそろ終わる。ちょっと待て」
レッド桃太郎の鉄道会社は毎日ありとあらゆるカードを回収しているらしい。確かにゲオーが言うように、この異世界の通行手形が紛れ込んでいてもおかしくはないかもしれない。
「ああ、もしもし。悪いが姫野、所用を頼まれてくれんかのう…」
社長秘書である姫野は僕たちをカード保管庫まで案内してくれた。姫野は黄色のジャケットを着ていて、随分と派手な身なりをしているな、と僕は思った。またロングで綺麗な髪も印象に残った。
僕は姫野にカード一枚の大きさを尋ねたら、「大体シングルCDくらいのサイズですよ」と言われた。僕はよく分からなかったが、とりあえず「お、おお…」と分かってる風を装った。
カード保管庫は圧巻であった。
僕の三人分もある程の高さに、僕が両手を広げて五人分もある程の横幅、そんな棚が、1、2、3、4…………。ごめん、数えるのが嫌になる……。更に全ての段には、隙間なく様々なカードが敷き詰められている。
思わず後ずさる僕は何かにぶつかった。赤い梯子だ。これを使って上の段のカードを取れということなのだろう。
『あ〜わ』の順で徹底して整理整頓されたカードの量に気後れする僕に対して、緑ウラシマは言う。
「400年分のカードがある訳だからな」
「え?!400年?!」
途方もない作業である。この400年分のカードの中から、通行手形を探す作業をするべきなのか…。当然、僕はゲオーに「他になにか良い方法がないか?」と尋ねた。ゲオーは「やるしかない!」としか言わない。
マジか……。マジなのか………。
僕たちは、四人それぞれ担当を決めて分かれて、通行手形を探す作業を始めた。
一枚一枚、カードの本物見本と見比べて、おかしな点がないのか調べる。
気の遠くなる作業である。それをただただひたすら繰り返す。
もしも僕が不審な点を見逃せば、それでおしまいである。この物語は完結するのだ。
慎重に一枚一枚、本物見本と照合しながら、カードに不審な点がないか調べなくてはならない。
緑ウラシマは鉄道作業員としての仕事が終わると、僕たちの通行手形探しを手伝ってくれた。ヒーロー活動を休止してまで。「まあいつも大した成果上げてないから、問題ないよ」謙遜しながら僕たちに力を貸してくれた。
単純作業の繰り返しである。冒険とは程遠い作業。勇者らしからぬ作業。
敵を倒し戦利品を頂き、次の冒険へと出掛ける。そんな派手なスリリングさとは違う。
本当にこの中に通行手形が紛れ込んでいるのか、実のところ分からない。ないかもしれない。でも今はここにある可能性に賭けて探すのである。わずかであろう。そのわずかな可能性だけを信じるのだ。
誰かが「ある訳ない」と言い出すかもしれない。莫大な数を前に可能性を放り出すかもしれない。
その気持ちに僕は同情できるし、責める気持ちにはなれない。
これだけの数だ、仕方のないことだろう。
でも誰もそれを口に出さなかった。
誰も諦めなかった。
誰もゲオーを責めようとしなかった。
僕はこっそり『仲間』を感じた。
「夜食を食べて、一息入れましょう」
いつの間にか、ゲオーとセグンダが夜食を作ってくれていた。
おにぎりというものと、暖かい緑茶である。炊いた白いご飯に具材を詰めて、両手で丸く結ぶ。中身はおかか、梅干し、たらこ、ほぐした鮭の身であった。
単純作業を繰り返していて目がしぱしぱの僕たちは、心からホッとした。おにぎりはどれも優しい味がした。
湯気の立つ緑茶を飲んでいたら、なんだかふとバイカル王国にいる両親のことを僕は思い出してしまった。
両親は今も畑を耕し、作物の世話をして、収穫する毎日を過ごしているのだろうか。怠け者の僕は両親の仕送りで生活していた。きっと両親も農作業に飽きていた部分はあったのではないだろうか。農作業に精を出す両親は一年を通して単純作業の繰り返しと感じていた部分があったのではないだろうか。怠け者の僕が勇者になると言った時、一体どんな思いだったのであろうか。
僕は立派な勇者にならなくてはいけない、と思った。
突如として、すっと僕は立ち上がり全員の顔をゆっくり見回し、鼓舞した。
「皆んな!単純作業の繰り返しで疲弊しているかもしれない。投げ出したくなる気持ちが芽生えているかもしれない。でも頑張ろう!きっと通行手形はこの中にあるはずだ。ゲオーの言葉を信じて頑張ろう!」
反応が思っていたのと違う事は往々にしてありがちだ。
剣士フロリダが核心を突く。
「ケイ………。もしかして貴公はゲオーの言う事を疑ってないか?……」
「………え?」
「ゲオーは焔のダンジョン出身であり、導きの加護を持っている。その導きがこのカード保管庫を示したというのだから、ここに通行手形があるのは間違いないのだ。…ケイの半信半疑は、正直軽く失望したぞ」
こうして僕は勇者としてちょっぴり成長しつつ、仲間の信頼をそれ以上に失ったのである。
そういうのさ、もうちょっと早く言ってくんない?!




