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23回目のプロポーズ「電鉄ですよ。そりゃ」(決)

 僕の耳には自身の心臓の鼓動音と彼女の鼓動音の両方が届いている。剣士フロリダは僕の耳に吐息を吹きかける。僕は「い、いけない………」と口には出すものの彼女を払いのけるには至れない。

 剣士フロリダは、僕の手を握ってくる。彼女の指は思っていたよりもずっと細くて繊細だった。あれだけの剣を振れているのに、こんな華奢な手をしているんだと僕は驚いた。



「念入りに私の指を触るんだな……。エロいな、ケイは……」



 し、しまった。違った意図が伝わってる。



「ケイは案外、筋肉質な体つきをしているな。……私の好みだぞ……」



 そう言って、剣士フロリダは僕の腹筋を優しく撫でる。彼女の息遣いは僕の腹筋にまで届く。

 剣士フロリダは、推定Fカップの両胸をがっつり僕の身体へとぶつける。弾力が伝わる。

 理性とは裏腹に、僕は彼女の背中に手を伸ば………。


 僕の右頬を包丁がかすめた。

 放たれた包丁は古びた柱に突き刺さり、びよよーーんと間抜けな音を立てて震えている。


 男部屋の襖の隙間から、鋭い目つきが僕を睨む……。

 無論、セグンダである。



 ーー朝。ダンジョン三日目。



 朝食はゲオーが作った。

 二つの目玉焼きにカリカリのベーコン、新鮮なレタスと胡瓜、茹でたジャガイモを荒く潰してマヨネーズを適度に混ぜたゲオー特製皮付きマヨポテ。主食は、こんがり焼けたフランスパンとクロワッサン。そして温かいオニオンスープだ。



「はいはい。席に着いた人から、ホットコーヒーをお淹れしていきますよ」



 なんたる贅沢。今日は洋食という献立らしい。昨夜のセグンダは言葉に言い表せない料理の数々であり圧倒されたが、こういった懐にすんなり収まる食事もまた、格別である。ところが…………。


 ホットコーヒーを注ぐゲオーが、急に何かを察した。

 


「……どうしてなの?私、庶民の贅沢ってこういう事だと思ってる。愛情のこもった朝食に和気あいあいとその日の予定を軽く話しながら、一日を頑張る鋭気を養う。それが朝ごはんでしょ?違うの?………やっぱり、今日もピリついてる……」



 ゲオーがそう不満を漏らすのも無理はなかった………。




「鉄道?」



 緑ウラシマは頷いた。


 緑ウラシマは現在、昼間は鉄道会社で作業員として働きながら、夕方以降にヒーロー活動に精を出しているらしい。

 「実のとこ、俺いまセミプロなんだよ…。恥ずかしい話、降格させられちまって……」と話す緑ウラシマの背中は寂しそうに丸まっていた。無理もない。御伽戦隊の活動資金はレッド桃太郎が運営する鉄道会社が負担しているらしいのだ。家族経営のため、代々レッド桃太郎を受け継ぐ子供たちが社長となり、御伽戦隊を指揮する。つまり、緑ウラシマは同期の子孫にこき使われているのだ。

 ちなみに400年前、()()()()()が御伽戦隊の()をやると言い出した際は、かなりの波紋を呼んだらしい。色が凄くややこしいから。



「あの、つかぬ事をお伺いしますが、その鉄道会社ってサイコロ振ってません?」



 焔のダンジョン出身のゲオーが尋ねた。



「ああ。振ってますよ。うちの会社、気まぐれなんで。その日の運行をサイコロで決めてます。ダイヤが乱れて毎日大変ですよ」



 ゲオーは拳を握った。

 何かしら思い当たる節があるのだろう。そして、両手をパチリと緑ウラシマの目の前で合わせた。



「お願いします!今日、私たちもお勤めの鉄道会社さんにお邪魔出来ませんでしょうか?!きっと大量のカードを保管されてますよね。………紛れてると思うんです。そこにここの、通行手形が…!」



 × × × × × × × × ×



 まん丸と太って、頭髪はお世辞にも淋しいという他ない。赤を基調とした派手な桃柄の背広を着たその男は、葉巻を曇らせている。葉巻を持つ左手には、今日食べた目玉焼きの黄身くらいの宝石が付いた指輪をしている。

 黒の革製のふかふかの椅子に座って、僕たちに背を向けて話す。



「カード保管庫?一般のお客さんなら、絶対に立ち入り禁止の場所ですや…。ウチの社員でも、稟議書を何枚か書いてもらわにゃいかん…。結構会社の肝の部分じゃい」



 こんな体型でよく御伽戦隊をやっていると思う。いや、絶対やっていない。

 レッド桃太郎はこちらにくるりと振り向いた。



「まあ、緑ウラシマはんの頼みとあれば、…良いですよ!特別に許可出しましょ!がははっ!」



 緑ウラシマは肩の荷が下りたのであろうか、ほっと胸をなでおろす。



「社長、あ…、ありがとうございます!」



 にこにこと笑顔で頭を下げる緑ウラシマを見て、「勇者と名乗っているが、バイカル王国じゃ、きっと僕は未だにただの怠け者なんだよなあ…」と思った。緑ウラシマが立派だとも思った。見習わなきゃとも思った。本当は350才も下の若造に、立場をわきまえてちゃんと頭を下げて社長として扱う。当たり前と他人(ひと)は思うだろうが、僕にはきっとそれは出来ない。情けないことに。


 ちゃんと…、しなきゃなあ………。




「社長、失礼致します…。アオシマです」



 爽やかな男性の声が社長室の外から聞こえた時、少女ゼウスの様子が明らかに変化した。



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