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22回目のプロポーズ「悠久の400年」(決)

 随分と年季の入った平屋の一戸建であった。壁のペンキは剥げ落ち、屋根は所々に木の板を打ち付けてある。建物自体が傾いて来てしまったためか、正面から見て右側の壁面に丸太を三本斜めにはめ込んである。郵便ポストと言われるものは、茶色に錆びついていて、チラシという紙が大量に突っ込まれ、風になびいている。名前の付いた表札があった。『緑ウラシ………………』


 つまり、これが緑ウラシマの自宅である。


 僕たちは、緑ウラシマの両足首を氷で冷やしてから、包帯を少々強めに巻いた簡単な応急処置を施した。この時、ゲオーは小さな声で「軽めのヒーリングをしたから明日には完治してると思う」と言った。



「………え?飲まねえの?」



 一晩泊めてもらうお願いを僕がした後、怪我したばかりの緑ウラシマは一升瓶を取り出し、さも当然のような口ぶりでそう言った。「食材は沢山あるんだよ。この前、近所のお婆さんを助けてさ」緑ウラシマは、段ボール箱いっぱいの彩り豊かな野菜と冷蔵庫というものの中にあった魚介類を見せた。

 「じゃあ、私なんか作るね」とゲオーは立ち上がったが、剣士フロリダが止めた。



「ゲオーの料理は確かに美味い。だがここは、セグンダにやらせてやってくれないか?」



 なんと聞くところによると、セグンダはエーゲ帝国の知る人ぞ知る名総合料理店の一人娘だったのだ。事情あって彼女は剣の道へ進んだが、料理の腕前は幼少から父の手ほどきもあり、かなりのものらしい。


 これは実に楽しみである。


 セグンダの手際の良さは秀逸であった。まず緑ウラシマの汚れたキッチンの清掃を手早く済ますと、食材の下処理から魚の出汁取り、そして圧巻はさすがの包丁さばきであった。瞬く間に食材は見事に切られ、せん切りは当然お手の物で、『こんな凝った切り方見たことねえよっ』的な細工を凝らした姿形へ食材たちは生まれ変わった。

 煮る、蒸す、焼く。よくもこの短時間でこんな仕事量をこなしたな、そう思ってしまう位のスピードだった。

 呆気にとられる僕を見て、セグンダは鼻で笑う。



「このぐらいの素早さでないと、料理の最適解には辿り着けない。まだまだ遅い。いくぞ!」



 こうして緑ウラシマの古びたテーブルには不釣り合いな、魚と野菜を中心にした豪華な料理の数々が並べられたのである。料理の宝石、玉手箱である。

 まず家主である緑ウラシマが、皆んなに軽い礼をしてから、ゆっくりと箸を伸ばす。

 僕たちは、たっぷりと唾を飲み込む。



「うひょ〜!美味い〜〜!」



 ゴーサインが出た。僕たちは空腹の邪鬼となりてセグンダの豪華な料理へむしゃぶりついた。飽食の忘却とはまさにこの事であろう。料理を噛む時間よりも、料理を詰め込む時間を我は欲する。もっと味わいたい。もっと喰いたい。もっと喰い付きたい。


 そんな最中、セグンダが僕の箸を止める。何故だ!?



「(ケイには、特別に小鉢用意したの……)」



 おいおいなんだよ、セグンダ。ただでさえ、最近剣士フロリダの僕へのアプローチが強くて困り気味なのに、お前もかよ……。僕はそう思いつつ小鉢を突く。「まあ悪くないぞよ」と鼻を鳴らして。



「辛っっっ!ぐへっ!……ぺぺっ!おいおい、なんだよ、これ……?!」



 セグンダは薄笑いを浮かべて、僕を見る。

 手には包丁を持っている。



「料理の道じゃなくて、剣の道を選んだ理由が、これなの。私ね、刃物を見ると、ちょっとだけ『興奮』するの………」



 いやいやいや!

 興奮するの、絶対ちょっとじゃねえだろっ!!

 かなりやべえ発言だぞっ!



 × × × × × × × × ×



 緑ウラシマの酒癖はかなり悪かった。

 変な唄を歌い、変な踊りを舞い、変な物真似をした。

 僕は、いやその人そもそも知らないからね!と心の中で突っ込んでいた………。


 まあ、陽気な男である。緑ウラシマは。


 僕はふと一枚の写真が飾ってあることに気が付いた。婚活アプリでお馴染みの写真ではあるが、様子がなにか違う。色が付いていないのだ。白黒なのだ。

 ゲオーがふと尋ねる。



「可愛らしいお祖母さんですね。ご一緒に写真を撮られて………」



 急に緑ウラシマは真面目な顔を始めた。



「いや、それ俺のカミさんなんだ………」



「え?え?……ごめんなさい!」



 聞くところによると、この家はそのカミさんと一緒に購入した家らしいのだ。そう言えば、暇だった剣士フロリダが家の掃除をしていると、表札の汚れの奥から『緑ウラシマ ピンク乙姫』と出て来たと言っていた。

 ちなみに緑ウラシマの普段の喋り方は『普通』である。妙な抑揚のある台詞口調は『営業用』らしい。



「まあ全部俺が悪い話なんだけどさ、実はさ、俺、時が止まったままなんだ……」



「…止まってるって、どれぐらい?」



「ざっと400年………」



「どへっ?!」



「御伽戦隊って、だいたい何十年に一度かメンバーが入れ替わるんだよ。つまり現役引退さ。だけど俺だけ年を食わないから、いつまでも現役。俺はずっと緑……。昔は『ござる』口調だったなあ。よく時代に合わせられてるだろ?…………みんな、死んじまったよ。昔の赤、その息子の赤、孫の赤……。悪の組織も代替わりしててさ……。当然、カミさんの乙姫も随分と昔に死んでるよ……」



 そう言った後、緑ウラシマはわんわん泣いた。今度は泣上戸である。わんわんずっと泣いている。孤独なヒーローとはよくある言葉であるが、ちょっぴり孤独の意味が違う感じがした。

 僕たちが一通り慰めると、急に緑ウラシマは寝入った。

 本当に酒癖が悪い………。


 仕方なく僕たちは、敷いた布団に緑ウラシマを寝かせ付け、そして僕たちもようやく休むことになった。




 その暫くのこと、である。


 布団にもぞもぞ誰かが入ってきて、僕は急に目覚めた。またもや剣士フロリダであった…………。



「ケイ、続きを始めるぞ」



 続きってなんだ?!


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