20回目のプロポーズ「掌」(決)
赤く発光し高熱を帯びた大日如来の掌は、猿と猪と水の化け物を目指して轟音とともに上空より降って来る。
雲々は瞬時に蒸発し消えていく。まさに世の終わりを想像してもおかしくない光景である。
無慈悲な一撃と言わざるを得ないだろう。
大日如来の放った『如来神掌』の威力は凄まじく、地表に到達した際には、想像を絶した衝撃波を四方へ生み出した。
風は荒れ狂い、地面は剥がされ、地表にあった大小様々な岩石や土砂などは撒き散らかされた。
埃や塵で目を開けられない程に僕の視界は悪くなった。
必死で少女ゼウスの身体にしがみ付き、急場を凌ぐ。
僕が少女ゼウスの腰回りに両腕でしがみ付き、僕の腰回りにはゲオーがしがみ付いている。剣士フロリダは、ゲオーと僕の足をそれぞれ両手で掴み、その剣士フロリダの背にはセグンダがおんぶをされたような格好で必死だ。
もしも手を離すようなことがあったら、きっと明日は迎えられないに違いない。
そんな事態である。
狭い視野の中、サラマンダーの尾っぽに決死の形相で取り付く冒険者ギンジの姿を僕は発見した。
これは完全に後日談として剣士フロリダから聞いた話であるが、この時、冒険者ギンジもまた地下カジノに居たらしい………。冒険者ギンジは『底なし』というパチンコ台というものに勝負を挑んでいたらしく、仲間を集め、ビルを倒し、釘の森を抜け、三段目のクルーンまで到達した、もう『あと少し』だったらしい。三段目クルーンは銀玉で埋まったが、軍資金は尽き、「金だ!俺に金を賭けろ!」とのたうち回っていたら、どこからともなく大量の札束が冒険者ギンジの頭上から降ってきた直後のことだったらしい。本人は「僥倖、まさに僥倖!」と喜び叫んだ直後のことらしいのだが、僕には何が何だかさっぱりの話だった………。どうでも良い。閑話休題だ。
ーー嵐は急に止んだ。
突如として静寂が訪れ、瞑った両目を開けると、一人のお釈迦様の周りを見すぼらしい姿の男二人と女一人が両手を合わせて落涙していた。天空からは一筋のぼんやりした優しい光がお釈迦様を中心に降り注いでいる。
「お釈迦様、ようやくお会い出来ました……。申し訳ございません……」
白髪の少年と思わしき男性は、しがみつく様な祈りをお釈迦様に捧げていた。
お釈迦様は、無言でそれぞれの頭上を自身の掌でそっと触れる。壊れやすく脆いものを慎重に丁寧に扱う様な手つきだ。先ほどの無慈悲な掌とは違って、慈愛に満ち溢れた掌だ。
お釈迦様の周りを蝶は舞い、小鳥たちはさえずる。尊い涙は地面をただただ濡らしていき、その涙から草木は芽吹き、一輪また一輪と色とりどりの花は咲いていき、いつしか地表は艶やかな花畑に包まれた。
眩い光がお釈迦様自身から発せられ、その光がおさまる頃、
そこには一枚の通行手形だけが残された……。
ーー僕たちは、その通行手形の前にやって来る。
「ケイ」
ゲオーに促され、勇者の僕はその通行手形に自らの手を慎重に合わせた。手を離すと、僕自身の手形は残り青白く発光している。
周囲の風景は、渦を巻いて穴が空いた入れ物の如く青白い光の中へ急速に吸い込まれた。
僕たちは、石の塊で形作られたいかにもなダンジョンに立っていた。服装は焔のダンジョンへ足を踏み入れた当初と同じ格好に戻っている。
暫くすると軽い地鳴りを伴いつつ、眼前の一部が扉の様に開かれた。
階下への階段が現れたのだ。
「ちっ!……なんだか先を越された気分だが、次のステージに行けるのなら仕方ねえか………」
冒険者ギンジがそう言って、お供のサラマンダーとともに階下へと向かおうとする。
「ん?フロリダ……。お前、なんか違くねえか?」
「……何がだ?」
「いや、よう。なんだかこの胸の張りがいつもと違うように見えるんだよ………」
そう言って、冒険者ギンジは人差し指で剣士フロリダの推定Fカップの胸を突く。ぷにっという音が聞こえた気がした。
「な、何をする貴様!マジぶち殺すぞ!!」
セグンダが冒険者ギンジに、すかさず剣を構える。
この時、なぜか剣士フロリダは咄嗟に両手で胸を押さえた態勢のまま、横目で僕の方を見てきた……。黙って、恥じらっているようにも見える……。どこか艶やかで色っぽい………。
「え?いや、このタイミングで見んなよ」と思ったが、僕は背後に急な視線も感じた。
ゲオーが冷ややかな視線で僕を見ているのだ。
「よ、よし!つ、次の冒険へしゅ、出発だ!!(裏声)」
と、僕は勢い任せで右手を高々と挙げてはみたが、少女ゼウスだけの「おーっ!」という声しか響いていない…………。
変な空気になっちまってんじゃねえか……。
冒険者ギンジが「ふ〜ん」と言った後、
「じゃあ、今度こそ先へ向かわせて貰うぜ」
ようやく階下へサラマンダーと消えていった。
締まり悪く居心地悪い僕の背中を、少女ゼウスの『掌』がポンと押した。
「胸を張れ。間違ってなどいない」
ーー僕は気を取り直し、焔のダンジョン地下二階へと向かうことにしたのだ。




