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2回目のプロポーズ「騒動、吸血鬼」(決)

※19年8月22日に大幅な変更を致しました。

 趣味。皆さんは趣味を問われたらなんと答えるのだろうか?

 読書や劇鑑賞、魚釣りに山登り、洞窟ダンジョン探検なんて僕の身の周りではよく耳にする言葉である。


 初対面の男女が会話の突破口に選ぶのは大抵この『趣味』だろう。同じ趣味が高じて男女の距離が急接近なんて在り来たりだ。そう。「一緒に波乗りしていたら咄嗟に感じたんだ。あ、俺この女と一生を添い遂げたいなって…」なんて台詞は在り来たりなのだ。


 さて、勇者の趣味とは何だろうか?

 僕は少女ゼウスから渡された奇怪(スマートフォン)の婚活アプリの、趣味の欄を埋めなくてはならない。

 職業を勇者と名乗ったからには、それ相応の趣味を用意すべきであるのだ。



「おはよう、キサラギ。出勤前に悪いんだけど、勇者の趣味って何が良いと思う?」



 僕はお隣に住む幼馴染のキサラギが身支度を整えるための朝の貴重な時間を根こそぎ奪う覚悟で無理やり押入り訪問した。キサラギは幼女のような風貌をしているが、歴とした僕と『オナイ』である。



「あんたって、本当そういう所が人としてクズね。このクソ忙しい時間に何訳わかんないこと聞いてくるのよ」



 彼女の父親はバイカル王国でも有名な不動産持ちである。彼女の父のおかげで僕と少女ゼウスは今の借家に住まわせて貰っている。そのため彼女が多少辛辣な言葉を僕に吐きかけても、僕は決して嫌な顔を微塵も見せず寛容な態度を取るよう心掛けている。



「あ、ねえ。あんた暇でしょ?悪いんだけど頼まれごとしてくれない?」



 キサラギは、バイカル王国の役所で『なんでも相談窓口課』の担当者なのだ。

 キサラギの()()に乗るため、僕は少女ゼウスと現場となる集合住宅、インスラへと赴いた。



「ここが現場です。気味が悪いので全て今は綺麗にしていますが、当時はここの壁もその天井も血みたいな足跡で、一杯だったんですよ」



 数日前からこのインスラでは、()()()騒ぎが起こっていたらしい。相談者であるここのオーナーは、眼の下に大きなクマを作ってフラフラな状態で説明していた。勇者の僕は現場をそれらしい顔つきを作って、それらしく見て回ったが、何も異変は見つけられなかった。「当然であろう」という微かな言葉が隣にいた少女ゼウスが口にするのを聞いた。



「犯人はあの集合住宅の全員!?」



 少女ゼウスはバナナ飴を舐めながら、頷いた。「父から聞いた事があるわ。あそこのインスラは賃上げ交渉が難航してて住民とオーナーが揉めている」とキサラギが補足する。つまり住民としては吸血鬼騒ぎを大きくして建物の物件価値を落とし、賃上げ交渉そのものを流す算段か。やり方としては虫唾が走る。



「しかしこの手の類の厄介なところは、時として『遊び』が『本物』を招く恐れがあるのだ。今、その兆候がある」



 少女ゼウスの言葉にキサラギは青ざめた。


 後日、キサラギたちバイカル王国の役所の者たちで、建物に対してお祓いを行いたい旨の説明会をしたが、住民たちからは反対の声が多数出てしまった。物事が思いの外、大ごとになってきたので急に恐れを感じたのかもしれない。

 キサラギの率直な感想としては、



「多分今頃、あの集合住宅の裏では、誰に責任があるのか関係がギクシャクしていると思うわ」



 少女ゼウスが言うには「次の満月の夜あたりが鬼門になりそうだ」という話だったので、僕は勇者らしくインスラの向かいの建物の一角をお借りして、夜通し一人見張ることにした。


 草木も眠る時刻であろうか、誰かがインスラにやってくる。赤いマントのようなものを纏っている。


 

「いけない!」



 僕はインスラの入り口に向かうため、必死で階段を駆け下りる。もしかすると奴が少女ゼウスの言う『本物』かもしれない。しまった。少女ゼウスにお留守番をしてろとか言って格好付けるんじゃなかった。


 階下に降りた僕は唖然とした。赤いマントの奴は、すでに()()()()()()()()()()バイカル王国の役所の者たちに捕らえられていたのだ。

 キサラギが驚いて、僕に声を掛ける。



「なんだ、ケイも来ていたのか。無事、主犯格のオーナーを捕まえたぞ」



 意味がわからなかった。


 では話の顛末を説明しよう。この集合住宅で賃上げ交渉は確かに行われていた。

 インスラの住民と『代行』オーナーによって賃上げ交渉が行われていたのだ。代行、つまりは雇われオーナーだ。

 賃上げ交渉が長引き、『本物』のオーナーのプレッシャーに苦しんだ代行オーナーは一芝居打って賃上げ交渉に終止符を打つ筋書きを居住者たちに持ちかけたのだ。

 少女ゼウスの言った『全員が犯人』とは言葉通りの全員だったわけだ。全く。代行オーナーとは、元のオーナーの持つ意味そのものを完全否定する言葉である。

 バイカル王国の役所の者たちに捕まった代行オーナーは悪びれもせず「そもそも俺をここまで追い詰めた、オーナーが悪いんだ」と主張したらしく、問題の根深さを僕は痛感した。


 斯くして僕の勇者活動の初回は徒労に終わったのだ。



「勇者の趣味は見つかったか?」



 僕は日課の如く、少女ゼウスの頭を洗っていた時にそう問われた。

 う〜ん。人助けか?

 でもそれが趣味では、なんだかヒーローのハゲマントみたいじゃないか。

 職業勇者のプロフィール欄制作は僕が思っていたよりも、ずっと捗らない作業なのかもしれない。


 風呂上がり、湯立つ身体をくんくん嗅いで、少女ゼウスはこう言った。



「血の臭いは中々、落ちんな」



 少女ゼウスは僕の語られない文章の裏で、一人だけで『本物』を退治していたのかもしれない。





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