18回目のプロポーズ「信仰心と猜疑心」(決)
黒光りの男は獲得したチップをテーブルの上にトントンと叩きながら少女ゼウスを見やる。男はえらく饒舌になり、口調も当初と比べてかなり荒くなって話す。
「……なあ、そこにいる死神は本当に嘘が分かるのか?俺には、段々と色んなものが嘘臭く見えてきたぞ。初めはお前のことを当然、俺は信じたさ。他の皆んなが信じている訳だから、俺だって信じるんだ。周りがそう言ってるのと同じように、俺も同じように近くのやつにそう信じるように言うのさ。当然、疑問が入る余地なんてこれっぽっちもなかったはずなんだ。ただよ、今どうもお前の言うことが信じられなくなってきた。お前もしかして、俺を嵌めようと考えているんじゃないのか?俺を騙そうと企んでいるんじゃないのか?だってよ、両方が表面のコインだって?普通に考えて細工しているとしか考えれないじゃないか?細工するよな普通?お前の場合、存在自体が反則技なんだ。バレないように反則して、毒を盛ることなんて容易いよな?お得意の奇跡でなんでもやっちゃうんだろ?だったら簡単だよな。おい、だからよお、どうなんだよ?…………ん?今、少しだけ、ほんの少しだけ。目を逸らさなかったか?…………ふうっ。……黙ってないで何か言えよ…………」
沈黙を保ったままの少女ゼウスは、どこかを見ているのか、どこかを見ていないのか、はっきり分からないような目つきをしている。
「怪しいよなあ。どうも怪しいんだよ……。俺は、死神が本当はお前のような気がしてならないんだよ……。神の皮を被った悪魔のような気がしてならないんだよ……。フラフラと崖に向かって歩いている俺を、内心ドキドキしながら見てはいないか?哀れな子羊が、よたよた歩きで進んでいて、それ、罠にかかるぞ。それ、罠にかかるぞ。そう思いながらじっと身を潜めているようにしか見えないんだよ…………。なあ。おい。お前……、本当は冷や汗をその背中にかいてやしないか?つーっと背筋を汗がつたってやしないか?本当は隠してるんじゃないか?掌を広げたら、汗がべとついてやしないか?」
「ふう。よく喋る。そんなにワシの目を凝視しても何も見つからないと思うぞ。貴様は今、根拠が欲しいんだろ?判断を決めるための根拠を何とかしてワシから炙り出そうと必死だな。ワシから言えることは、『信じろ』としか言えない」
「ようやく話したと思ったら、そんな程度かよ。がっかりだなあ……お前、心底がっかりだよ…………。いつだってお前はがっかりだ。俺には、人をがっかりさせる為にしかお前は存在していないように思える。あーーあーーがっかりだな!!!」
ーー沈黙が続いた。
沈黙。それを言葉で発すると沈黙とはならない『矛盾』した言葉。
沈黙が続き、少女ゼウスは、黒光りの男がやっていたチップ遊びを真似し始める。同じようにチップをトントンとテーブルに打ち付けるのだ。
何度テーブルに打ち続けたろうか。黒光りの男から見てほんの些細な視界の端っこで、少女ゼウスは持っていたチップをその場で消してみせた……。と言っても、僕が立っている場所からは消したようにみせたと言って良い。タネも仕掛けもあるのだ。指を巧みに使って、手の甲に持っていたチップを隠した。ただ、それだけの事だ。安っぽい呪いだ。
ところが黒光りの男からは『本当に消えたように見えた』のであろう。表情からはそういう風に窺い知れた。
黒光りの男はニヤリと笑みを浮かべ、震えた。ただ、ただ、震えた。
「…………決まった」
黒光りの男は、持っているチップ全てを賭ける。
「裏だ」
それから先、当然の如く黒光りの男は負けてしまった。
誰もが負けるだろうな、そう思っていた通りの負け方をした。当たり前なのだ。そう、当たるとかそういうこと以前の前の負けたのだ。順当な負け。腑に落ちる負けだ。然るべく負け。
黒光りの男は、ずっと『自分が信じたいもの』を信じるための根拠をひたすら探していた。すでに自分の中で結論は導き出されていて、その材料を埋め合わせる作業しかしていなかった。客観的視点という言葉は黒光りの男の中では、皆無だったと言って良い。本来は冷静に努められるはずのことが、大勝負で狂った。一方的な猜疑心にやられてしまった。両方表のコインで賭けをするという、『矛盾』を前にたじろいでしまったのだ。
あとは、少女ゼウスのほんの些細な後押しで自ら崖に飛び込んだ。
「神は信じるものなのだ……。そして神に裏側なんてない。常に表側だ。未熟者」
少女ゼウスは絶望で暴れ狂う黒光りの男に諭すように言ったが、黒光りの男にその言葉は届いてないだろう。それどころではないのだ。
少女ゼウスの言うスピーカーから声が届く。
「(ガ、ガガ……)おめでとうございます。……如何なさいましょうか?チップは余りにも量が多いので、揃えるのには時間を要してしまいます。見たところ、別に目的があってご来店頂いているようですが……。その目的の物を今ご用意させて頂けませんでしょうか?」




