17回目のプロポーズ「少女ゼウスのコイン」(決)
「…嘘によって……ベット金額が変わる……?」
「試しに嘘を吐いてみようか?嘘の程度によってチップの量は変化する。例えば『ワシは昨夜、ケイとフロリダの間に何が起きたのか何も知らない』」
少女ゼウスと黒光りの男の間に置かれたテーブル上に、死神が一枚のチップを放り投げた。
「今更蒸し返すような発言をあえて使うんじゃねえよっ!」というツッコミを僕は喉元限界ギリギリのところで飲み込んだ。
「……何とも…不思議な勝負……。ただ、それでは賭けは成立しない……。なぜなら私は今から嘘を吐かないからだ……。金輪際、嘘は吐かない…。まあ…、それが狙いなんだろうが……」
「ふむ。確かにそうだな。では勝負のギャンブルはどうしようか?もう一度言うが、ワシは難しいルールは苦手としている」
「……コイン、…トスはいかがでしょうか?……」
勝負の方法は単純明快にコイントスの表か裏かを当てるゲームになった。チップは1枚当たり300万円。1回のゲームのうちプレイヤーは最低でも1枚のチップを投じなくてはならない。正解の場合、チップの倍の支払いを受ける。不正解の場合、賭けたチップは全て没収される。
また特殊な役として以下のものも決定した。
1)連続で表表、または裏裏→正解した者が3倍額受け取れる。ただし不正解時は2倍額の没収となる。
2)3連続で表表表、または裏裏裏→正解した者が4倍額受け取れる。ただし不正解時は3倍額の没収となる。
3)交互に繰り返される表裏表裏、または裏表裏表→正解した者が5倍額受け取れる。ただし不正解時は4倍額の没収となる。
そして、死神による嘘の判別が下されたプレイヤーは、今まで賭けた額の10倍額の没収を受ける。
決着はどちらかがバーストするまで何回も行う。
これは、完全に運任せな勝負に思われた。
「…………。『親』が必要だな…」
どこからともなく急に人の声がVIPルームに届いてきた。
「(ガ、ガガ)…………。私たちが『親』を務めよう……」
恐らく黒幕という奴らだな。鏡の向こうで僕たちを監視している奴らに間違いないだろう。暫くしてディーラーの女性がコインとカップを持ってVIPルームへやってきた。僕は当然「不正を働いていないか確認させてほしい」と言った。よく調べたが、コインとカップは何の変哲も無いもので、おかしな点は見つからなかった。
ーー1回目のゲーム。
ディーラーは見事な手さばきで、コインをカップに入れて、テーブル上に収める。まずは様子見が鉄則なのだろう、少女ゼウスと黒光りの男はともに一枚のチップをテーブルに置いた。
「表」
「……裏」
黒光りの男の勝ちだった。
それから何度かゲームが重ねられていく。さすが地下カジノを牛耳っているだけはある。黒光りの男のチップは増す一方で、少女ゼウスのチップは減る一方だった。勝負所を弁えている者と、ギャンブルの素人の差は想像以上に大きいのかもしれない。自分がいつの間にか作っていた握り拳を開いて驚いた。冷や汗がべっとりしていた。
「チップの補充をお願いしたい」
「……ちょっと待て。…………この少女の歯を担保に出せる金額は、…そろそろが限度なんじゃないのか?」
「(ガ、ガガ)…………。チップの補充をする。しばし待たれよ……」
「な?!………すでに1億近く負けているんだぞ?!このカジノの1日分の売り上げに相当する額だ!」
「(ガ、ガガ)…………。問題、ない…」
黒光りの男は納得いかない様子で、テーブルを叩く。
新しいチップを待っている間、少女ゼウスがとある提案をした。
「そろそろワシもこの勝負に飽きてきた。ここいらで一発大きな賭けをしないか?」
「………ほう。なんだ?」
「ここに両面が表のコインがある。これの表か裏かを当てるゲームをしたい」
「……………」
両面表のコインをトスするという提案に黒光りの男は、完全に沈黙してしまった。無理もない。通常のギャンブルでは成立しない提案を少女ゼウスは堂々としてきたからだ。そして嘘でもない。死神は少女ゼウスの嘘に全くもって反応をしない。本当に両面とも表のコインという訳だ。
本気で少女ゼウスは無謀な賭けを黒光りの男に提案しているのだ。
「……お互い、表に賭けて勝負にならないだろう……が……」
「いや、ワシは貴様とは逆に賭けることにする。貴様が表と言えば裏に。貴様が裏と言えば表に賭ける」
何か狙いがあるのか、僕には理解が出来なかった。
「悪いが、スピーカーの君よ。ワシに貸せる金額すべてをチップに代えて持ってきてくれないか?」
「……読めたぞ……。お前は、……『嘘を吐く』と言った。つまり、………言葉で吐かれていない嘘は、……該当しないんじゃないのか?……なるほど、……俺も気が付かなかった。お前は、……何かイカサマをそのコインに黙ってしているんだな?ぐふふっ。沈黙か……。黙秘でかわそうという手段か……?」
新たにディーラーたちが持ってきた補充のチップはとんでもない量だった。車の付いた台を何台かに分けて運ばれてきたのだ。
「待て待て!担保で出せる金額じゃない!いくらある?!なん億?いや兆!?国家予算ほどの額じゃないのか?!こんな金額、普通にあり得んだろ!!」
「ディーラーとやら、次の勝負はこのコインを使用したい」
「(ガ、ガガ)…………。待て。…互いに同意を得なければ…、許可は出来ない…」
脂汗をひとしきりかいた後、黒光りの男はこう言った。
「良いだろう……。その提案……、…乗ってやろう……。お前は……挑んでいる目をしている…。」




