16回目のプロポーズ「通されたVIPルーム」(決)
「歯というのは、この『歯』のことか?」
黒光りの男は揉み手をしながら剣士フロリダの質問に答えた。
「……左様でございます。貴方様は『歯』がどれだけ重要な価値をお持ちか、…ご存知ないようでございますね。……私たちの世界では歯が一本あれば、…様々な情報を手に入れる事が可能なんですよ。……貴方様の性別、大体の身長や体重、何を主に好んで食べているか、……生活様式、貴方様の遠いご先祖様のこともぼんやりですが、……分かります。しかも取り出せる情報量は、…これから技術が進めば増える一方に違いありません。……ぐふふっ。貴方様方の情報はとても、『貴重』……その『歯』は金のなる木なんですよ……」
黒光りの男の笑みは酷く気味が悪かった。またこの男は、僕たちが焔のダンジョンの外から来た事を理解している風なのも気に掛かった。
「だから、……歯。歯を担保にお金、お貸ししますよ…………」
その提案に不安を強く抱かざるを得ないが、僕たちは足元を見られている手前、どうして良いか分からなかった。
そんな中、黒光りの男は矛先を一番向けてはいけない方向へと舵を切ってしまった。
「……特に貴方様!…………貴方様の歯は、とっても貴重だと思います………!」
黒光りの男は少女ゼウスに向かって言ったのだ。少女ゼウスは片方の髪をかき上げて、上目遣いで黒光りの男の言葉に反応する。
「……ほう。それはワシに勝負を挑んでいるのだと解釈して宜しいか?」
少女ゼウスはいつもと違って、好戦的な話し方だった。僕は黒光りの男との会話に割って入ろうとしたが、少女ゼウスは「いらん。自らに降り掛かった火の粉は自分で払うのが筋であろう」と突っぱねる。黒光りの男はニヤリと大きな笑みを浮かべた。
気持ち悪い。僕はこの男が嫌いだ。
「良かったです……。では、『VIPルーム』へお連れ致します…。ささっ……。どうぞ……」
僕たちは衝立の奥へと通されて、扉の奥の階下への階段を案内された。
「……この階段を下って暫くのところに、…『VIPルーム』はございます。あ、……喉は乾いておりませんか?どんな飲み物でもご用意出来ますよ。…あ、ご心配なさらず、……無料ですから」
絶対に出された飲み物に口を付けてはいけない事はよく分かった。
黒光りの男の後を追うように僕たちは階段を降りる。
× × × × × × × × ×
僕たちは黒光りの言う『VIPルーム』へ通された。鏡張りの奇妙な小さな部屋だった。剣士フロリダから「(人数までは把握出来ないが…、この鏡の向こう間違いなく監視されているぞ…)」と言葉を受け、僕は確信めいたものを感じた。これは、ヤバイ。絶対に、ヤバイ。完全に向こうのペースでやられるパターンじゃないのか。
少女ゼウスと黒光りの男が対面する形でテーブルの前にある椅子に腰掛ける。
「……さて、なんの勝負をしましょうか?」
「まずワシが言っておきたい事がある。ワシはここでやり取りしている『金』にそもそも興味がない。貴様はワシの『歯』が欲しいのなら、貴様から別のものも代わりとして賭けさせて貰って宜しいか?」
暫くの間、黒光りの男は黙った。
「……構いません。私はこの新宿で全てを手に入れた、…王です。愚民どもから、……ありとあらゆる富を搾取している……。どうぞ……何でも、賭けましょうか?『命』とも貴方様はおっしゃるのかな?……くくくっ、それも何度か、すでに私は賭けてますよ……」
「承った。ケイ、死神を呼んでくれ」
「わ、わかった」僕は少女ゼウスの希望通り、奇怪で『死神』を召喚した。死神は黒い邪気を纏いながら、骸骨の頭部に大きな鎌を構えた、いかにもな出で立ちをしていた。
「ワシが貴様に賭けさせるのは、『嘘を吐く』という行為だ」
「……は?」
「貴様はこれから『嘘を吐く』毎にベッド金額が増えていく。つまり勝負のチップに加算されていくのだ。あ、人間の吐ける嘘に上限があるのはご存知かな?嘘には限界があり、上限を超えると厄介な事が大抵起こる。嘘は永遠に吐き続けられないように元からなっているのだ。恐らく貴様がチップの限界、嘘の限界に達した際、恐ろしい事態に陥る。しかしそれも仕方がない。ワシらは必ず必要なものを手に入れさせてもらう」
黒光りの男の顔が見る見る青白くなっていく……。
「この死神は人の嘘を見抜く能力を持っている。いまから貴様とワシは嘘のない真剣勝負をするのだ。勝負の内容は簡単なものが良いな。ワシはルールというものが苦手なんだ。おっと、嘘の説明はするなよ。すでに死神は貴様を見張っているからな」
黒光りの男は、鏡に向かって叫んだ。
「こんな話聞いてないぞ!!」
「さあ、ギャンブルとやらを始めようか」




