ケントくんのお誘い
翌朝ぼんやり目覚めたときにはいつものようにアレクがおはよう、とにっこり笑っていた。でも庭をまわって書庫に立ち寄ったところで肩をがしっとつかまれて、怒ったようなアレクに腕をひっぱられたまま仕事部屋に連れてこられた。
初めて入ったけど、魔道具がたくさん並べてあって工房のみたいだ。
「それで?」
「はい?」
一通の郵便物に見覚えがある、うわぁ、それここにあったんだ。
「どういうこと?」
「あー、失くしたんだけどこんな所にあったんだね、びっくり」
「バカにしてるの?これあなたから私宛の手紙。喜んで読んだのに、どうなってるのか説明してくれる?」
「うーん、ちょっとした手違い」
「ミサト!どうすればいい?夫婦になって、穏やかに暮らしているって安心していたのは私だけ?」
「そんなことない、幸せだよ、でも不安がある。本当はわたしがいないはずの世界でしょう。闇魔法を使って記憶を失くしたらアレクは元どおりの生活で、わたしがN国で魔術師になっても関係ないかな?って考えて…」
「闇魔法での記憶喪失の苦痛を知ってる?突然頭の中に空白ができて、手にしていたはずのものを思い出せずに一生苦しむんだよ」
そんな、知らない、なんの苦痛もなく元に戻るわけじゃないんだ。
「またグレンの愛人扱いで、閑職に追いやられても笑っていればいいの?どんなふうに生きていたのかわかる?ミサトがどれだけ救ってくれているのかわからないんだね」
「ごめん、何も知らなくて」
部屋に戻って頭を冷やそうと思ったら、ケントくんが来ていた。
「手紙はかなり正確に送れるようになったから安心して。それから俺がいうことじゃないけど、どうしてあんなこと考えちゃったの?アレクシス様が哀れだ」
「そうだね、アレクはきれいで悩みなんてないようにみえてた。外見で判断しないで、気持ちをきかなきゃいけなかったのに」
「アレクシス様はね、ミサトの前ではあんなだしこの国では評価が低いけど、とても能力がある人なんだよ。このままこの国にいれば何もできないけど、N国ではいくらでも活躍できるんだ。王太子様が国王になったら、もっと居づらくなるはずだよ」
「グレン様とアレクは離れたほうがいいのかな」
「そうだね、アレクシス様は一生意味のない嫌がらせを受けて、何もできないと思うよ」
そう言ったケントくんの後ろには、応接室の扉の前でじっと話をきいているアレクがいた。
「そうだね、この国は力が全てで、力がない者は追放されるから。だからずっとグレンが心配だったけど、おかげで私は犠牲になってグレンは国王になれそうだ」
その後ケントくんとアレクは、朝まで話し合っていた。
朝になると、アレクは両親と話し合いを始めた。
これってもしかしてN国へ行くための?あの現代的ですてきな魔術師の国へ行くのかな。
ファンジュール家には幸い、騎士をしている次男がいてよび戻していた。
会ってみると顔が少し似ているけど、ごつい大男で可愛くはない。貴族出身の嫁と、かわいくて貴族らしい子供が二人いる。
「すまないが、N国の魔術師になりたいと思っている」
アレクがそういうと、次期伯爵夫妻となる弟夫婦がにっこり笑った。お父様とお母様は、なんだかほっとしているようにみえる。
そうか、伯爵家には貴族らしい嫁が合っていて、メイドさんたちを困らせることなんてないんだな。かわいらしいおいやめいと同居できるお母様たちはうれしそうだ。
わたしたち夫婦は問題ばかりで迷惑をかけているせいか、今まで両親との交流はなかった。それって普通じゃなかったんだね。弟夫婦とわたしたちでは、扱いがかなり違う。
数日後になると、早く出て行ってくれないか、という圧力がかかってきた。なんでこの国にいるんだろう?と思ってしまうほど違和感があって、最初からN国に行くのがあたりまえだったようになっている。




