魔術師ケント
「はじめまして、ファンジュール夫人、私はN国で大国①との外交を担当しているアンリと申します。こちらが補佐のケントです、よろしくお願いします」
N国がどういう国なのかわからないが、グレン様が紹介してくれたのだから大丈夫なのだろう。
「魔法大国だよ、異世界にもくわしいからなんでもきいてみて」
異世界にくわしい?なんとまあ、そんな国があることも、魔法大国なんてことにもわくわくしてしまう。
「それじゃ魔術師の特殊な話で、私たちはここまでといわれているから失礼するよ」
そういう約束なのか、グレン様は宰相様とともに部屋から出て行ってしまった。
「はじめまして、ミサトさん?大国①に来るのはN国としてもぎりぎりの選択だったけど、心配だから来ちゃいました。日本って国を知ってますか?」
びっくりした、黒髪のケントくん、いきなり当たりだよ、すごいね。
「待ってケント、この人はファンジュール伯爵家の人だから。すみませんミサトさん、まず私たちは大国①と関係なく、異世界人のあなたがなにかお困りではないかと心配して、親切心だけでここに来ています」
王子様のようなケントくんがアンリさんの補佐と説明されたけど、なんだか上司の方が困っている。
「あなたの夫、アレクシス様が王太子様と関係の深い方だときいています。N国の秘密を守っていただかなければ何も話すことはできませんが、大国①に秘密を話さないと約束できますか?」
「それでわたしが不利になることはありますか?」
「あなたには有利なことばかりですよ、親切心から来ていると申し上げました」
「ミサトさん、無理なら記憶を消すだけだから、とりあえず話をきいてくれるかな?」
「ケント!」
「いいから、何かあったらみんな私のせいにしてよ」
どっちが上司なんだ?この王子様のようなケントくんの威厳と迫力がすごい、高校生くらいにみえるんだけど。
「あなた、王族?」
「まさか!」
「ミサトさん、まずN国では王族と貴族は他国ほど力を持っておりません」
「私はだだの新米魔術師ですよ」
「ケント、またわかりにくくなるから黙ってて。彼は異世界にくわしい、特別な魔力のある魔術師です。きっとこの魔力量だとアレクシス様が嫌がると思うので、急に今日お会いすることになりました」
親切心だけでってかなり怪しいけど、嘘ばかりでもないようだ。
「それでミサトさん、本名は?どこに住んでいたの?ご家族は?あなたは召喚されたんだよね?」
「ケント!」
アンリさんがさえぎろうとする。
「ああ、いいですよ。わたしは早川美里、家族は両親と兄がいて、日本からアレクシスに召喚されて来ました」
「やっぱりそうか、わかった、ありがとう。何か質問はある?」
「わたしはいつ帰れるの?」
「今のこの世界の技術では帰れないかな」
そうか、やっぱり帰れないんだ。動くことができなくて、声も出ない、帰れないかぁ。
アレクシスがすごい勢いで現れたのはしばらくしてからだったけど、その間誰も動かず、声も出さなかった。
一言も話さないがアレクシスは来てからずっと、ケントくんとすごいにらみ合いをしている。
(私の母親も日本人だから、困ったことがあったらきいて。日本名で私は健人、母は由紀だよ、じゃあね)
頭の中に直接ケントくんの声がきこえた。わかったよ、と思ったら、にらみ合ったままアンリさんとケントくんが消えた。
「くそっ、転移か!あいつ何者なんだ?」
天使のようなアレクから、きたない言葉が。いつものアレクだ、元気そうじゃないか。
「ミサト、何?なにかされた?どうしたの」
私の目から涙がぽろぽろと落ちてくる。アレクが困っていて、こいつが悪いのに、顔をみたら元気そうでほっとして、もう何がいいのか悪いのかわからなくなって涙がとまらない。




