魔道具研究室
アレクシスが口をきかなくなって十日過ぎた。
ファンジュール伯爵家は広くて、本館は伯爵様と奥様の住まいになっている。応接間や食堂の他にもニ、三階に多くの部屋があるが、わたしたちが住んでいるのは渡り廊下でつながった別館になる。
アレクとは食事のときに顔を合わせるが、会話がない。
メイドの皆さんと勝手にお茶会をしてみたり、本を取り寄せてもらって読んだりしていたが、唯一の友人のアレクと仲直りしたくなった。
心からかわいいと思ってのことだった。ほめてはいても、けなしたつもりは全くない。
「アレク?」
隣の部屋をノックすると、ゆっくり扉が開いた。
「入って」
疲れたような顔をしたアレクが出てきた。やつれたようで影が濃いせいか、浮き世離れした天使のようだと思っていたが、年相応の男性にみえる。
「ごめんなさい、ほんの少しの思いちがいだから、話し合おう」
「わかった。いろいろ考えてみると、自分で思っていた以上に軽率だったよ。これからのことも考えてグレンと話し合ったんだけど、もうこの関係をやめることにしたんだ。ここでけじめをつけなきゃいけないことだから」
「ああ、そうなんだ」
「ユーコーにも迷惑かけたことは謝るよ。好きでこうなっていたわけじゃない、嫌だったんだずっと。グレンの命が狩られてしまうかもしれないからと、我慢していたんだ」
そうなのか、笑って流されていたわけじゃないんだね。
「ユーコーにいわれてやっと、自分がかなり無理しているのがわかった」
今さらやっとか!ちょっと遅すぎない?と思ったが黙っていた。
「ありがとう」
「ところでアレクシス様、大変申し上げにくいのですが」
「何なの、その口調やめてくれる?」
「実はわたくしユーコーではなく、ミサトと申します」
「なんだって!?」
嘘つきで信用ならない、と叫ばれたため、こんな所に勝手によんだのは誰だ、と答えて口汚いけんかをした。
にらみ合った猫のように険悪なわたしたちの様子をみて、まわりの皆さんが困っている。
両者一歩も引く気はない、ぜいぜいと息を荒げて今日は引き分けにした。なんでこう、いつもいつもわたしたちは。
それで翌日の朝からアレクに連れられて、王城の魔術関連施設が集まっている区域に来ている。別館の受け付けの脇にある、ちょっとした応接室に座って、受け付けの女性と向かい合った。
異世界人の女がくわしい調査のためによばれたのだ。
今までのことを説明しようと、最初にアレクシスの名前を出したところで、そのアレクシス様がどんなにすばらしいかということを小一時間ほど聞かされている。あまりの絶賛に、腹立たしいより別人ではないかと思い始めている。
「あの、ファンジュール家のアレクシス様です?」
「もちろんですわ、おほほほ」
と笑顔の受け付け嬢。それにしてもこれはいつまで続くのだろう。
基本的にアレクシスという人は、温厚で誰に対しても笑顔のまま、当たりさわりのない対応をするらしい。
冷静で優秀な頭脳をもち、いつも的確な判断で何でも卒なくこなすらしい。
声を荒げたり取り乱したりすることはなく、常に貴族らしい優雅な動作で、外見は天使のように美しく誰からも好かれる方。
悪いうわさがあっても、絵に描いたような美しい次期伯爵様で、結婚相手を選ぶのにご苦労なさるほどの人気があるという。
そのアレクは嫌がらせか、もう少し遅くなると連絡してきた。小一時間が過ぎ去り、さらに後三十分待つらしい。寝てていいかな。
しばらくうとうとして四十分は確実に過ぎた頃、ようやく準備が整ったという連絡がきた。
親切な受け付け嬢の案内で二階の魔道具研究室に着くと、アレクシス様がものすごく嫌な顔でにらんでいる。受け付け嬢はびっくりして立ち去ってしまった。昨日の続きか!
「嘘つき女のせいで大がかりな装置が必要になったよ、まったく、設置する手間と書類の手続きが大変なんだよ、聞いてるの?」
アレク、家の中だけにしてよ。王城でもその態度でいくのか?
まわりの皆さんがびっくりしているし、わたしは口汚い女だと思われたくない。
「アレクシス様、それはたいへん失礼いたしました」
と言いながらにらみ合った。
椅子に座ると、わたしに嘘発見器を取りつける作業が始まって、目の前の台上には大きな水晶玉?が置かれた。
「今度は嘘ついてもすぐにわかるからね」
「もうそんなことしないよ」
妖しい光が渦巻く水晶玉に手をのせて、質問に答えていく。
「じゃ、名前、年齢、出身地…」
家族構成、学歴、特技と、基本的な事を書記の人が書きとめている。普通の履歴書が出来上がるようだ。
満足そうにそれを受け取ったアレクシスが退出すると、ほっとため息がきこえてくる。あのイライラした人間と一緒じゃ大変だな。
「あの、お疲れ様でした、結果が来るまで気を楽にしてお待ちください」
「ありがとうございます、いつもあんなアレクシス様とご一緒では大変ですね」
「いいえ、いつも室長にはお世話になっております。今日はあまりみたことがない姿だったので、楽しんでみていました。きっと一切気を使わない関係なんでしょうね、うらやましいです」
ははは、少しは気を使え、と思ってしまう。
しばらくすると、戸籍のような書類を持ったアレクが帰ってきた。
「大変だ、グレンダール殿下がミサトをよんでいる。魔力量が多すぎて、光魔法の能力が尋常じゃないんだ」
どうなっちゃうんだろう、しかもあのグレンダール殿下に会うんだ?




