アレクシス
アレクシス視点です。
ユーリさんはあらゆる国で、N国有利に商売ができるように内乱を最小限におさえて主導権を握り、納得させた上で条約を結ぶ。
一人でこの世界のあらゆる困難を解決していく。
神か?そんな事するならユーリ国として世界を統一したらいかがなものか?私にそれをやれと?
どう考えても無理なのだが、ユーリさんは丁寧に説明してくれる。大国①にN国が解説に来たときのような口調で。
言われてできることとできないことってある。こんなに説明してもらっても実践できる気が全くしない、泣きたくなった。能力主義は能力のない者にきびしい。
「は?魔王ですか?」
伝説の?ではなくてユーリさんの知人であるという。さらに大国②の宰相、大国①からみてのライバル、ヒュー・ベルリハルトの妻になるという。あいつすごいな。
ヒューの方が私よりユーリさんに近いのか、とまたライバル心が。魔王が大国②にいるらしいという不確かな情報はあった。
だからうっかりミサトを召喚してしまったのだが、まさかヒューの妻にするとは、大国②に負けてしまいそうだ。グレンはどうしているのだろう。
ユーリさんは申し訳なさそうにヒューとグレンに会ってくれというが、その二人なら元々知り合いだしグレンの方が問題ないくらいだが、気をつかってもらっている。
愛人ではなく友人なのだといくら言っても誰もきいてくれないが、私がN国にいてグレンが文句をいうとは思えない。大国①での使い道がなく後宮に入れられそうだったのだから。
今のグレンの様子が気になる、殺されそうになっていなければいいが。私の後宮問題もよく理由をきいてみたい、暗殺者がからんでのことだとは思うが。
それにしてもミサトはまだ女子寮へ行こうとしている。
私はミサトがいなければ何もできないくらい依存しているのに、なぜ私に依存してくれないのだろう?文化の違いか。
金銭的に不自由させないし、特別な仕事をさせるつもりもない。そんなに頼りないかな?一応宰相補佐だし、大国①にいた時よりずっと役職は上なんだけど。
一番ききづらいのは、私では不満なのかということ。
他に好きな人でもいるのではないかと心配している。
元々他人の評価は低くても、グレンの影の参謀役ができるくらいには自信があった。自己評価は高い方だと思っていたけれど、ミサトの前ではすべてが崩れる。
そしてN国には顔の良すぎる騎士がいる。名前をきいたこともなかったが、クリストファーという、どこからみても完璧な騎士なのだ。
あれと比べられたら誰もが自信をなくす。ケントですら落ち込んでいた。
ミサトは彼が好きらしい、私は何なのだろう?
こんな強敵がいるなんて、N国はあなどれない。
講師としてミサトが行っている学院に彼が行く日は、私とケントの探知が学院内をかけめぐる。少しでもミサトと彼が接触するならすぐに結界を張れるように。
しかしミサトは遠くの方から大声で名前を叫ぶだけで近付かない。多くの女の子のとりまきの一人となる。そこにケントの恋人のエマちゃんもいるからケントがあせっているのだが。
なにかがちょっと違うな、とは思っていた。
ミサトが出ていく準備をしていると思っていた荷物の中身が子供の喜びそうな猫の人形で、それがいくつも出てきたときのようだ。
ミサトは子供のようにクリストファーの名を叫び喜んでいる。
これは一体何?そしてクリストファー様って?
「ミサト、クリストファー様って何?」
「クリストファー様は観賞用のすばらしい人物よ、彼以上の人はどこの世界にもいないわ、完璧なのよ」
クリストファーは展示物のようなものか?美術品扱いか?
「私は?」
「アレクはそうねー、黙って笑っていたら観賞できるわよ、がんばってね」
残念な感じがする。
「ミサト、愛しているよ」
「そうよ!そんな感じでがんばってね」
何を?
ミサトはまだ一度も好きとか愛しているを言ったことがない。ミサトは私を何だと思っているのだろう。
少しずつわかり合いたい、誤解をといていきたい、それなのに日々新しい何かを見つけては夢中になり、私と向き合う時間が少ない気がするのはなぜだろう。
ケントに相談しようかな。
後日、ある打ち合わせのため白の塔でクリストファー本人と会うことができた。本当に力のある騎士なのだろうとは思う。
思っていたより寡黙で、女の子をいつもはべらせているようにはみえない。
それなのにミサトの目がキラキラ輝いているのをみると、彼とはとても仲良くはできないと思った。
あんまり話もないし、しゃべらないから。
大国②のヒュー・ベルリハルトと魔王の結婚式に、ユーリさんとケイン殿下が出席することになり、その後ヒューとグレンに会いに行くことになった。
N国にいるという挨拶をするくらいで特に話はないと思っている。ヒューは私どころではないはずだ。グレンの様子をみてくればいいだろう、それは別にかまわない。
それとは別にミサトと魔王をどうしても会わせたい、とユーリさんがいってくる。嫌だ、ミサトの能力についてということだがそんなものを使わせたくない。
私のみていないところで、ミサトの重大な何かが決められるなんて耐えられない。
私は彼女の夫で嫌だといっているのに、どうしてユーリさんはわかってくれないのだろう?何を考えているのか全くわからない、いくら話しても理解できない。
ケントに相談してみたが、なぐさめられてしまった。
それからしばらくして、島にあるケントの家へ来るようにと伝言があり、週末ケントの家に着くとすぐ荷物を持たされて、
「ちょっと行ってきてほしい所があるんだ」
と、先日と違って笑顔のユーリさんに送り出された。
島の中を歩くのは初めてだが、よく今まで気づかなかったと思うくらいの城があった。円形の高い塔だ。
「中に入って行けばわかるよ」
とユーリさんがいっていたが、古城のようにみえても汚れていない、誰かが今も住んでいるようだ。
「こんにちは」
ドアは簡単に開く。しんとした一階奥にテーブルがあり、ソファには銀髪で青い瞳の美しい男の人がいた。
ちょっとクリストファーに近いが、もっと透き通るようでさらに厳しい顔をした人だ。だが、耳が長く尖っている。
この人は人ではないとはっきりわかるくらいの冷たい感じがする。そう、エルフだろう、多分、みるのは初めて。
「こんにちは、君がアレクだね?」
そういってこちらをみつめる青い瞳は、すべてを見透かしているのではないかというくらい深い色にみえる。
「私はイーリ、エルフで研究者だ、ここに住んでいる」
「初めまして、アレクです、ユーリさんからここへ行くようにといわれて来ました」
「知ってる、元貴族の君はエルフに嫌悪感があるの?」
「いいえ、実は初めてお会いするエルフがイーリさんなので伝説と会ってしまったというか、驚いています。
元々貴族の中でも少し変わり者だったので貴族風の考え方をしない方だと思っています。色々しいたげられてきたので…エルフに偏見は持っていません」
「そう、じゃあ、普通に話を進めさせてもらうよ。
ミサトの能力の事についてね、私が異世界人として知っているのは三人だけど、こちらの分類でははっきりしない特別な力を持つようだ。
ミサトの能力は浄化に近いけれどあまりない力でね、心の闇を光魔法で払うというものだよ。
実際使ってみたようだからわかるだろう?多くの人に作用する、つまり利用されやすい力なんだ。ミサトはこれから狙われるよ」
頭を強い力でたたかれた気がした。ミサトは狙われる、それが何を意味するのか大国①でグレンの近くにいたからよくわかる。命が狙われる、もしくは身体が。
ミサトはユーリさんの所へ打ち合わせに行っている。イーリの部屋は学者の研究室で、文献が壁いっぱいにぎっしり詰まっていた。
「じゃあ、君のことは私が引き受けよう、アレクは私とここで少し勉強しよう。
ミサトがいなければ生きていけないような顔をしていては、この先ますますミサトの負担になるよ、嫌われたくはないだろう」
「はい」
「これ、端から読んで理解してね。
古代語は覚えてもらって、わからないことがあったらきいて。弟子をとるのは何年ぶりだろうな、わりと厳しいからがんばってね。君も特殊魔法の一つや二つ使えるようになるから」
「……」
自分は大国①の中でだが、学業で他人より劣っていたことはあまりなかったはずだが、これは。
「ミサトのことなんか考えていられなくなるから。眠る時間も削られるかもね」
宝の山だ、しかし。
イーリは厳しいエルフだった。見た目は氷のように冷たいし、中身も冷たい。
古代語のマスターは現代語に近いところもあり、読んでいくうちに少しずつ慣れていった。
「発音は同じじゃないよ、少しなまっているようにきこえるけれど、あいまいではなく完璧に発音して。
違う魔法が発動するから」
と、なかなか合格しない。
昼間は宰相室でN国の仕事をしているから、本当に寝る間がなくなりそうだ。
冷たいところがそっくりなイーリと宰相様が交互に文句をいってくるからかなり疲れる。
さらにミサトは全く帰って来ないばかりか音信不通だ、一体どうなっているのだろう。
「はあ……」
「ずいぶんまいっているようだね」
そういって、みたこともない甘い香りのお酒をイーリが持ってきてくれた。最近夜はイーリの書斎に寝泊まりしているから、気づかってくれているようだ。
「なんだか疲れました」
「アレクはまじめだからね、ユーリやケントなら逃げ出しているところだよ」
(今日はこのお酒を飲んでよく眠るといいよ……)
昨日、イーリが持ってきたお酒を飲んですぐに眠ったらしい。
そして今、真っ白い天蓋付きのベッドで目が覚めた。みたことがないこの部屋は、多分イーリの寝室なんだろう。
寝心地がよくてよく眠れたけれど、イーリは?
書斎に戻り着替えて、キッチンに行くといつものように朝食を用意してくれていた。父親か母親のようだ。
「よく眠れた?たまにはきちんとベッドで眠ったほうがいいよ」
師匠のベッドをとり、朝食まで用意させてしまっているが案外居心地がいい。
「眠れました」
そう答えるとめずらしくイーリがにっこり笑った。
「君は魔力量がありすぎるくらいあって、性格もまじめで温厚で頭もいい。環境が悪かったせいで出せていない実力が早く出せるといいね。
自分がもう一回り大きい力のある人間だと思ったほうがいいよ。何かのトラウマで、小さく評価されることに慣れているようだからね」
「よくいわれます。価値のある人間だなんて自分ではどうしても思えないけれど」
「はー、もったいない、君ね、N国でもなければ家系で魔力が強いわけでもない。本当に偶然神の力を得たように生まれてきているよ。
君の生まれた土地、時間、偶然出会った君の両親、どれをとってもありえない確率で重なって、君にとんでもない魔力が授かっているんだよ。
魔術師として一流にしてあげるよ、その素質があるし、それを使う立場にある」
「がんばります」
「あー、それね、可愛らしく笑うのはいいんだけど、人の目には威厳のある魔術師にはみえないね。せめて姿くらい凡庸に生まれていたらよかったかもしれない。見た目の華やかさがうさんくさいんだよ」
「はあ」
「でも弟子が可愛らしくて文句をいう師もおかしいな。
それももちろん君のよいところでもあるわけだし。
とりあえず朝食をとって支度したらいい、もう出掛ける時間になってしまう」
イーリはだんだん母親化してきている。




